5.敵国の狙い
「隊長、手掛かり無しです」
「やはり、ここも、か」
報告を聞いてネロエラは地図にバツを付ける。
ジェイフと合流して早一ヶ月……北部の村を駆け回ったが、収穫はほとんどない。
カンパトーレの偵察員らしき人物を十数人捕縛したが、その数人は情報を持っていない事のほうが多く……撒き餌に食いつかされているような嫌な感覚がネロエラの中でもどかしく渦巻いている。
しかし、情報が無くともカンパトーレの偵察員が捕まるならば放置できない。
どれが本命かどうかなどマナリルの視点からはわからないのだ。
(一月前に奇襲した魔法使い二人がいた偵察隊を捕まえた以降、進展が無い。
偶然か? いや北部でカンパトーレが見つかっている間はアルム達も警戒して北部以外で動きにくい……私に雑兵を捕まえさせて動きを断続的に縛っている……?)
未だにカンパトーレの狙いが全く読めない。
他の地域からの情報も全くなく、偵察員を捕まえているのも北部で活動しているネロエラのみ。
……都合よく北部に縛られているような気がしてならない。
だがそうだったとして、他の地域で何かが起こっているわけでもない。
カンパトーレの動きがあまりに消極的すぎる。昔はもっと過激な手を打ってくる国だっただけにただ偵察員を北部に送り込んでいるだけの現状に困惑していた。
「どうしましょう。捜索範囲を広げますか!?」
「だから声を、だな……」
「失礼致しました!!」
「君なぁ……いやいい」
一か月もほぼ収穫無しでこのモチベーション。その点については美点かもしれない。
実際ジェイフのこの性格のおかげか、ネロエラの代わりに情報収集する役目として必要以上に役に立っている。元気で快活な姿が初対面の相手にもいい印象を与えるのだろう。
パトロールという設定で各地を回っているのもあって、悪い印象を抱かれて情報が全く手に入らないなんて事は無かった。
「いや、むしろ、捜索範囲を、狭めよう……僻地に近い、場所は一旦、外す」
「お言葉ですが僻地のほうが潜伏先としては優れているのではないでしょうか!?」
「かもしれない、が……僻地で、潜伏した所で、カンパトーレは、マナリルに何かできる、わけじゃない。それに、紛れるなら、大都市に近い、場所だ」
「カエシウス領ですね!!」
「そう、だが……少し違う」
客車の中にジェイフの声が響き渡る。
普通の馬車だったら丸聞こえだが、ネロエラの部隊で使っているのは王都で作られた高級品。防音にも優れている。……その分、声量がそのまま耳に直撃するのだが。
「カンパトーレも、馬鹿じゃ、ない……今のカエシウス領は戦力が、集中して、いて……何か起こしてもすぐに、終わりだ。ミスティ様が、動けなくても、他が強い、からな」
「自分でも名前を聞いた事のある魔法使いの面々が揃っていると聞きます!!」
「魔法使い、だけじゃない。カエシウス家は、使用人も、ほとんどが戦える。正面、から、ましてやスノラで何かを起こすのは、企みを、失敗させてくれと、言っているようなものだ」
ネロエラはジェイフに地図を見せながら説明する。
そしてベラルタの部分へと指差した。
「北部には、スノラ以上の大都市は、無い。狙うなら、やはり北部からのアクセスも、容易で、狙う価値のあるベラルタ、だと思う。北部に、偵察員を何人も、送り込んで、警戒させているのも……アルムをスノラに釘付けに、していると考えれば、可能性が一番、高い」
「確かに狙いがベラルタならマナリルの英雄アルム様は邪魔ですね……アルム様をベラルタに来させないために北部で動きを見せていると考えれば納得です」
「ああ、ミスティ様の、妊娠中は……いくら、アルムでも動けない。万が一が、あるからな……だから王都寄りの地域を、調べようと、思う」
「王領地付近のほうに何らかの実働部隊がいると!」
「現状での、推測だがな。外れている可能性も高いが……スノラに戦力が揃っている以上、私達が、警戒すべきは、こちらだと思う。私達、までスノラを気にしていたら、戦力過多だから、な」
ジェイフはうんうんと頷きながらメモ帳を取りだしてネロエラの言葉をメモする。
ネロエラにとっては何の根拠もないただの推測なだけに、少し気恥ずかしい。
しかしカンパトーレがアルムを警戒している、という点については間違いないという確信だけはある。十年前、アルムがいなければ大蛇という存在によってマナリルとカンパトーレの力関係は完全に逆転していたのだから。
「自分からすれば地図を見ても偵察員が内陸に寄っている事からしてスノラを狙っているようにしか見えないのですが……隊長には別のものが見えていらっしゃるのですね」
「私が、鋭い、とかじゃないぞ? 十年前の、当事者だから、言えるんだ」
「隊長の世代がカンパトーレが誘導した災害のような"自立した魔法"を破壊したという事件ですか。今名を聞くマナリルの魔法使いのほとんどが参加した迎撃戦だとか……そしてアルム様がマナリルの英雄と呼ばれるきっかけになったと聞き及んでおります」
大蛇に限らず、この世界に現れた魔法生命の事件のほとんどは後の伝承となってこの世界に復活させないよう、都市を破壊する規模の"自立した魔法"によるものだと書き換えられて後の世代に伝えられている。
かつて創始者達が魔法生命の存在を後世に伝承として残さなかったようにだ。
アルムは後に血統魔法から生まれる"自立した魔法"の存在そのものが魔法生命という存在を後世に伝えさせないための隠れ蓑でもあったのではないか、と語っている。
ジェイフが聞いた十年前の話も、書き換えられた後のものだろう。
事実、アルムは最大級の"自立した魔法"である【原初の巨神】を破壊しているのでこの話を疑うものなどいないのだ。
「ああ、カンパトーレは、何かをしでかす、なら……アルムとだけは、居合わせたくないはず、だから、な。まだミスティ様、のほうがましだと、思うくらいには」
「そ、そこまでですか……」
「当時、ほとんどの、カンパトーレの作戦は……アルムが台無しに、してるからな」
「なるほど、だから隊長には北部に散開させているカンパトーレの偵察員の存在がブラフに見えるわけですか……自分のような若輩ではそんな視点にはなりません。流石です」
「ああ、だが……それでも、アルム達は、動けない。妊娠している、ミスティ様を置いて、万が一、スノラで何かを起こされたら……致命的な事態に、なる。罠だと、わかっていても、動けない」
「隊長とエリュテマ達が捕まえている偵察員達の存在はさしずめアルム様をスノラに閉じ込める檻というわけですか」
ジェイフが言うとネロエラはこくりと頷く。
ミスティの妊娠中のみという限定的な期間ではあるが、アルムを縛るのにこれほど効果的なものはない。
偵察員十数人でアルムをスノラに閉じ込められるのなら安い代償だ。
しかしそうまでしてアルムを釘付けにしたいという事は……ネロエラはカンパトーレの目的はやはりあれなのかと嫌でも思い浮かべてしまう。
(狙いはやはり魔法生命関連……? また三年前のように人工魔法生命か……?
いや、あの時の人工魔法生命は本物の"現実への影響力"とは似ても似つかなかったという話だった……マナリルをどうこう出来るようなものでないとカンパトーレもわかっているはず……。これだけの人員を動かす意味は無い)
それでも、これだけの人員を送り込んでいるという事は何かはあるはず。
情報が足りない。いや、これだけ偵察員が多く送り込まれているのにむしろ少なすぎるくらいだ。
アルム達五人の動きをチェックしているとわかってから一か月……まだ何のアクションもない事そのものにネロエラは違和感を感じ始めていた。
地図に視線を落として、チェックをつけた場所に規則性も無い事を改めて確認してネロエラは呟く。
「まさか……時間稼ぎと、私達の対応の確認……なの、か?」
定期的に生贄のように偵察員を送り込み、一か月以上も時間をかけてマナリル側の動きを推測しやすいように固定させているのだとしたら。
だとすれば、互いに停滞しているこの状況にも納得がいく。
もう一歩、踏み込もうとすると情報という壁が立ちはだかった。
時間稼ぎは何のため?
魔法使い含めたこれだけの人数の偵察員を無駄に消費するほどのリターンとは?
これ以上の推測が出来ない不愉快さにネロエラは眉間に皺を寄せる。
恐らくは決定的な事態になるまでカンパトーレから新しい情報が手に入る事はないだろう。
ネロエラの推測が正しければ、それだけカンパトーレの今回の作戦に賭けている。
「狙いは……狙いはどこだ……?」