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ドアまで来ると、ハンマースは市長の前に出てドアを開けた。意外だったのは、そこに集まった連中の誰一人として好意的な様子ではないということだ。皆文句の一つでも言いたそうな顔をしている。眼光鋭く下から睨みつけている者もいれば、ふてくされて眠っている者もいた。両足を開いて大きく場所を確保している様子は動物の威嚇行動そのものだ。
部屋の一番後ろに市庁舎のものではなさそうなチョコレート色の机が一つ並んでいた。ああいう机が使われている店はインテリアでごまかして味がクソッたれだということは嫌というほど知っていた。それなのにいざメシを食う段になると一種の健忘症なのか、ふらふらと虫が誘いに乗るように、そういう机が並んでいる店へはいってしまう。そこで出されてメシを食いながら自分のマヌケさに愕然とするのだ。
ハンマースは集まった男たちの態度よりも、机の思い出でむかっ腹がくすぶった。メシだけはゆずれない。こだわりがあるわけじゃない。ただ普通でいいのだ。その普通のなんと難しいことか!
市長はゆっくりと笑顔で壇に上がった。「みなさん、よく集まってくれましたね。それでは、これから詳しい話をしたいと思います。途中で疑問や質問あるかと思いますが、どうか我慢して最後まで聞いていただきたい。私が話し終わった時には、みなさんの中にある疑問はきっと解決していると思います。」
今日の市長はやる気だな、とハンマースは思った。
「それでは詳しい話は彼がしてくれます」
そうかそうきたか、やはり油断はできないな。ハンマースは首をひねって壇に上がった。
「みなさん、ご存じのとおりだ。あの浮島に突如建てられていた正体不明の櫓。実はあれは櫓じゃないとかいう意見もあったが、それはひょっとしたら正解かもしれない。が、ひとまずあれは、あれを櫓と呼びます。そして、あの櫓がなくなった。撤収したのか取り壊したのか、誰も目撃していない。見る限り跡形もなくというやつだ。我々としては、今回の騒動をある意味、静観していた。だが、やはり、これは黙っているわけにはいきません」
「話が長げェよボケ」
「よし、表出ろバカタレ」
ハンマースは壇をひっぱたいて声の方へ降りていった。止める者とはやし立てる者がごっちゃになってもつれ合っている。部屋というフライパンの中で具が炒められているようだと市長は思った。机や椅子が倒されけたたましい音が興奮を掻き立ててはいたが、物が空を飛ばないだけマシだった。開始そうそうに蹴り飛ばされたチョコレート色の机は部屋の壁までふっとばされて起き上げでもらうのを待っていた。
「起こしてくれ! 誰か!早く!」それが机の叫び声だと分かったものがどれだけいただろう?
市長はただ一人腕組みをしながら平静をよそおっていたものの、予想とまったく違う展開に内心頭を抱えていた。今日のあいつはずいん短気だが――しかし、今の若い者に足りないのはあの熱さでもある。
「よし!みんな一回おとなしく席に戻ってくれ。とにかく話は最後まで聞いてもらわなきゃ? な?」
争いは長いようで短かったが、部屋の温度がすっかり上がってしまった。これすら聞いてもらえないならお先は真っ暗だ。男たちはふてくされながらも席に戻った。
「まずは来週、浮島に行く。なんてことはない、日帰り旅行みたいなもんだ。そこで本格的な調査になるかどうか分かるだろう。ただ、何が起こるか分からない、死んでも後悔しない奴だけ来てくれ。以上。何か聞きたいことはあるか?」市長は男たちの気が変わる前にいっきに要点を話した。来週と言ってしまったのは勢いだが、まぁいいだろう。
誰一人口を開く者はいなかった。
「威勢がいいわりにはもう逃げ腰になったかクソったれ」ハンマースは机をひっぱたいた。市長の横で彼はいつもより気が大きくなっていた。
「給料は出るんですか?」ゆがんだ口の端から笑い声が漏れた。さっきとは別の男だが、連中の顔はどれもにかよっていて、そろって笑うところはつまらない女のようだった。
「出るわけねぇだろ!そんなこと人にきかなきゃ分かんねぇバカに用はねぇよ」ハンマースは乱暴な言葉を使うのが楽しくなってきた。
「いまどき人やとっておいて一円も払わねぇバカがいるかよ! おめぇら頭おかしいだろ。おい帰ろうぜ!」多くは冷やかしと金目当てだったのだろう、つられてぞろぞろと部屋を出て行った。
一人、残っている男の顔にはまったく覇気がない。市長はその表情に昔の自分を見ているような気がした。
「市長、給料は出ますか?」貧相な男は手を挙げて同じ質問した。
「考えとく」
威勢がいい連中よりもこういう貧相な男に言われる方がまいってしまうものだ。それでも出すと確約しなかったのはファインプレーだとハンマースは思った。
「君、名前は」
「ユボットです」
「そうか、ユボット、わしは市長と呼んでくれればいい。この男はハンマースだ。いつもはこんな短気じゃないんだがな」
「よろしく、ユボット、まぁ、人員は随時追加募集ということでいいでしょう、なんとかなりますよ。」ハンマースは澄まして言った。
今日の自分は正直失敗だった。もっとうまくやれたはずだったのに。ハンマースはユボットを見る目に残念さがにじみ出てないか気をつけた。これ以上の失敗は避けたいところである。それにしても、ユボットは戦力にならなそうだった!「ユボット、何で君は今回の調査に参加しようと思ったんだ? 金じゃないんだろう?」
「いいや、まずは金ですよ!」
「そうか! あまり期待せんでくれよ。ところで今仕事はしてないのかい? この港にはくさるほど仕事があると思うがなぁ!」市長は横から自信たっぷりにいった。それが自分の手柄であるかのように。
「まぁそれです! ほどほどに働いて、ある程度たまったら休む。で、なくなったら働く、この港でならそうやって生きていけますから! 今は休んでいる時期なんで! 悪い言葉でいえば失業中、いい言葉でいえば充電中です! 同じところで一生働くなんて私には無理ですよ!」ユボットの両手はまじないでも始めたかのようによく動いた。
「楽は楽だぜ」ハンマースは勧めるふうでもなく、むしろ自分を納得させるように言った。ユボットは鼻で笑ったが、その笑いはハンマースに向けてではなく自分に向けてだった。しかしハンマースは気に入らなかった。
「今日はこんなところだな。どうだみんなで飲みにでも行こうや!」
「今口を開いたのは誰だ?」市長とハンマースは顔を見合わせた。ユボットが机を二人の前に持ってきても二人は不思議な顔をしていた。
「どうした?二人とも?机が口をきくのがそんなにめずらしいか?」
「なんだあんたか! どこのオシャレな机が迷い込んだのかとおもったぜ」市長は机を拳で軽く二回叩いた。
「久しぶりだな市長。そろそろやめるんだって?」
「あぁ。それにしても一人で歩いてきたんじゃないだろう? ユボットに連れてきてもらったのか。まさか調査団に参加するってんじゃないだろうな。」
「そのまさかよ。しっかりかついでくれ」
「冗談はやめてくれよ」ハンマースは両手で顔を覆ってから首を左右に振った。ユボットの身振りの大きさが伝染したみたいだった。ハンマースは噂に聞いていた例の机を初めて見たのだ。三人は自然と机の上に手をのせて顔を合わせて笑っていた。




