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星空のビーチコーミング  作者: 上高田志郎
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 歴史上のどんな夜にでも、目を覚ましているものはいるものだ。ところが、この夜ばかりはこの星空の下ですべてのものが寝息をたてている夜だった。


 沈黙は球体の形をしている。

 大小さまざまの大きさ

 沈黙は犬や猫や羊のようにその場にたたずんだりふらふらしたり寝返りをうっている

 夜になるとはっきり分かるが、

 やつらは昼間でも

 そこらじゅうをただよっている

 この完璧な夜の闇を瞬き一つで音もなく破った男がいた。男は暗闇の中で大小さまざまの球体が自分に集まってくるのが不思議だった。球体に悪意があるかどうかは分からない。しかし、はっきりと意思を感じたのだ。逃げながら、あの櫓によじ登る。櫓は崩れ落ちていく…

 己の叫びで目が覚めたような気がしたが、どうもそうではないらしい。夢の中であえいでいたのだ。


 いつものにぎやかな店は普段にも増して盛況だった。そこらじゅうで声がぶつかって、隣に座っている者の声すらまともに聞き取れない。それでまた大声を張り上げる。夕暮れは港を平等に染め上げてあらゆるものを黒い影に変えていた。誰かがあの島に橋をかけようと言った。笑い声は絶えることなく、次から次へと周りを巻き込んでいた。

「ひどい悪夢だ」常連の男は失業中の悲惨さを体中から匂わせながら机にこぼした。もっともこの男が失業するのは珍しいことではなかった。隅の席からにぎやかな方を呆れて見守っていた。

「そんなものは悪夢じゃない」机はすかさず言う。「悪夢というのは、夜、眠ることを恐れてベッドの前で怖くて立ちすくむことだ。夜を前に憂鬱になることだ。ほんとうの悪夢なんてそんなものじゃないよ! 夜を憎むことになるんだぞ!」

「だからそうなんだ! まさしくそれなんだよ!」この港で、この店で机と会話を交わすのはよく見た風景だ。誰も気にかけない。口をきく机はこの店の隅に置かれた一つだけ。どれくらい昔からあるのかは定かではない。彼はこの港の生き字引だ。三代目の店長がここで仕事をするようになるずっと前から、この居酒屋が開店した当初からずっとここが机の居場所だ。

「じゃ、いいことを教えてやろう。悪夢を見ても、それを悪夢だと思わないことだ。もっとひどいことが必ずあるはずだと思うんだ!どんな夢だって、よくも悪くも自分次第だよ。幸か不幸かなんてそいつ次第さ」

「そんなのあんまりだよ!」

「気のせいだと思うしかない」

「ところがこれが気のせいじゃないんだよ!」男は確信を持って答えた。

「夢に意味なんてひとつもないぞ。あったとしてもたいしたことじゃない。水をいっぱい飲んだらしょんべんが近い夢とか水に関係する夢を見るだろう? 馬券が気になってたら競馬の夢を見るだろうし」

「じゃぁ、俺の夢はなにがきっかけで? あの櫓には何かあるよ。」

「らちがあかんな。夢に期待をかけすぎるのはよくないぞ。夜にみる夢でも、自分の理想としての夢でもだ。どちらもろくなもんじゃない。夢ばかり気にして夢ばかり見て、ついに現実見ることなく歳を重ねてしまった男を知ってる。みれたもんじゃないあんなの」

 夕焼けはあっという間に終わりが近づいている。遠くの空に残された最後の明かりが一本の線になるところだ。まるで人生のように、老年の前の最後の輝きのように…机はしんみりとした気持ちになった。

「でも夢を見続けることができたのならそれはそれで幸せなんじゃないか?」男は以外と食い下がった。

「どいつもこいつもそういうけどな、夢は絶対覚めるんだ! 覚めない夢なんてない。どうしても覚めない夢が見たかったら死ぬしかないんだぞ」

「死んだらずっと夢がみられるっての?」

「そりゃそうさ」

 男は納得がいったような、いかないような顔で水を飲んでそれきり何も話さなかった。机も黙っていた。それまでにぎわっていた店で一瞬すべての音が止んだ。

「悪魔が通った」男が小さく笑った。

「言った、言った、昔はよく言ったもんだ」机の声は明るくなった。

「俺はもう二十六になる、どうしたもんか」ため息ひとつ、男はこぶしで机を二回叩いて店を後にした。机は何も言えなかった。その日はその後、誰も座りにこなかった。そんな日もあるのだ。特別めずらしいことではない。

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