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星空のビーチコーミング  作者: 上高田志郎
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 ハンマースの朝はドアを叩く音から始まった。よっぽどもったいぶらしてやろうかと思ったが、大人げないのでやめた。それでも着替えをちゃんと済ましてから開けることにした。ドアを開けると、そこには市長とユボットが立っていた。二人のこんな顔を見るのは初めてだとハンマースは思った。

「どうしたんです二人とも、らしくないですな。そんな慌てて」

「準備はできてるか?」市長はハンマースの言葉を無視して言った。

「このアスパラ倒れちまうらしい」ユボットの声もいらだっていた。

 ハンマースは最初二人が何を言っているかよくわからなかったが、急いで机をかかえて二人の後に続いて外に出た。緑の街は昨日に比べてだいぶ人が少ない気がした。

「五分ぐらいドア叩いてたんだぜ」ユボットが呆れて言った。

「倒れるってどういうこと?」ハンマースは訳が分からなかった。「歩きながら話そう」市長の足取りは早くなった。その時、飛行機の轟音が鳴り響いて、アスパラ全体が揺れた。

「次が最後の便かもしれない。連中、また戻ってくるなんて言ってたが、あやしくなってきた。絶対に乗り込むぞ」ユボットは走ってくるバスに手を振って止めてもらった。

「あんたらで最後か? なんだ市長じゃないか! なにやってるんだこんなとこで!」運転手は港の男のようだった。

「ホテルはわしたちで最後だったと思うよ」市長が言った。

「自動運転なんかじゃなくてよかっただろ。港が大騒ぎしてると思ったら次はこっちだ!どうせくたばるなら港がよかったよ!」

「気が早いぜ」ユボットは笑って吐き捨てた。運転手も弱気を振り払うように冗談を言っていた。車内の映像は昨日の夜の時点での蟹を映していた。暗闇に無数の目が光っていた。こんな時でも美しいと思わせるのだから相当だ。続けて今日の早朝の映像に切り替わると、アスパラの根本は緑色の肉体が腐ったように赤茶けていた。映像が拡大されると蟹が隙間なくうごめいている。

「アブラムシがたかってるみたいだ。食ってるのか?」ハンマースはようやく緊急の意味を理解した。

「食ってるのかどうかわからんが、ハサミが大活躍してるんじゃないか?」市長の冗談にハンマースはまじまじと顔を見合わせた。こんなにじっくり市長の顔をみたのはいつ以来だろう?

「ひょっとして倒れるのか?倒れるってこのことか?」ハンマースはまだ信じられなかった。

「連中はそのつもりだ!」ユボットも怒鳴り返した。

「もうとっくに飛び立ってるところじゃないか?」運転手が口をはさんだ。

「上に立つ者はそうでなきゃならん」と市長は満足げにつぶやいてみせた。

 バスから飛行機が見えてきた。陽の光が差し込んで発射口の広大な四角い穴から青空がのぞいていた。

「降りるぞ!」運転手は乱暴に車体を止めて一番最初に駆け下りた。「ありがとう!助かった」大声であいさつをかわすと、首を一瞬ひねってから運転手は飛行機めがけて走って行った。どうやら救命ボートに乗れない人間をオールでぶん殴るという状況でもないらしい。アスパラへの本格移住もまだだったのが幸いだ。三人はほっと一息ついて、駆け足で飛行機へ向かった。横づけの階段で待っていたのは案内係だった。

「乗せてくれるんだろ?」市長が親しみをこめて言った。

「机の処分が先です。事態は昨日より悪くなっている。あなたたちもそう思っているんじゃないですか?」ひょっとしたらこの男は俺たちが思っているより大物だったのかもしれないとユボットは思った。

「だって根拠がないじゃないか、気分の問題だろ?」ハンマースは思いがけず出た泣き声に恥ずかしくなった。劣勢をひっくり返すことはできそうにない。三人は飛行機に乗るためにここで机を処分するだろうという暗黙の了解を交換した。これは最後の形作りだ。後、数秒でやむなく机を処分して、案内係りにしぶしぶ乗車を許されて、座席に座り、シートベルトを締めて、窓から倒れかけのアスパラを見て、大量の蟹を見て、空と港を見るのだろう。三人は言葉をいっさい使わず同じ想像をしていた。

「たのむ、ハンマース、死にたくない」はっきりと机の声がした。ほかでもない机の声が、抱えているハンマースの体に響いた。「ユボット、市長、殺さないでくれ」決して湿っぽい哀願するような調子ではなかった。いつもの冷静な机の声だった。

「当たり前だ、殺すかよ」ハンマースは腹の底から大声を出した。

「市長、飛行機に乗ってください。早く助けに来て下さいよ。あの蟹でひと儲けしなきゃ嘘です。一生遊んで暮らせる。ユボットは市長の体を押した。「乗っちまったらこっちのもんだ」

「ちょっと待った」静止しようとした案内係の横っ面を一発ひっぱたいて言った。「もう上品カマしてる時間は終わりだ。つべこべ言ってんじゃねえ、早くしないと手遅れになるぞ!」ユボットにひっぱたかれた案内係は信じられないといった顔をしていた。「そうだ、とっとと行け!俺たちゃ乗せてくれとは言わんよ。また会える日を楽しみにしてる」ハンマースは皮肉じゃなく言った。もう一回ぐらい連中を負かしてやりたい気分だった。案内係りは言葉を忘れたような表情で飛行機に乗り込んだ。

「やれそうか?」市長が言った。

「もちろんです」ハンマースは力強く返事をし、ユボットは市長の背中を押した。飛行機の扉が閉まった。市長は一度も振りかえらなかった。

「ユボット!あんたいいアイデアがあるんだろ?」

「さすがだ!俺のことをよく分かってる。とにかくあのバスを動かそう。あんた運転は?」

「たぶんだいじょうぶだ。どうせ誰もいないんだ、好きにやってやるさ」

 二人はバスに乗ってもときた道を走り出した。港にもどったら車の運転も悪くないと思えるほどハンドルを握るのは楽しかった。机は黙ったままだったが、ハンマースはもう二度と口をきかなくても動いてくれなくてもいいと思っていた。

「昨日寝ないで調べてたんだ。こんなところ絶対緊急避難用のなにか用意してるんじゃないかって。連中、やっぱり用意してたよ。アレさえあればなんとかなりそうだ」

「さすがだ! これだからあんたのことが嫌いになれない」二人は声を上げて笑いながら何度も吠えた。「机!何か言っておきたいことがあるか?」ユボットが大声を張り上げたが机は黙ったままだった。「寝てるんだな」ユボットは笑っていた。後ろで飛行機の爆音が再び始まった。あまりの音に今にも機体が爆発するのではないかと思わせるほどだ。凄まじい唸りと地響き、音は刻々と変化をしながら遠くに去って行った。無事に飛び立ったのだ。

「次はこっちの番だ、バス降りるぜ!」緑の地面ははっきりかたむきはじめていた。「急ごう!」そういうユボットは走り出してすぐに立ち止まり何度も首を振って迷っていた。

「どうした? 何を迷ってる?」

「どのルートを選ぶかだ、もし、下に降りるのが間に合えば、切られて倒れない根本まで移動できればそれはそれでありだ」

「だけどもうかたむきはじめてるぜ」

「そうだ。やっぱり最初の計画通りいこう!」

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