35
図書館が近づいてくると、人の足跡が目立ってきた。ユボットは安心しながらも驚いていた。入口は黒くなった雪が解けて水が浮いている。傘たては串刺しにされていた。
「どうして今日に限ってこんなに人が集まってんだ?」ユボットは職員を捕まえていった。
「あなたと同じ理由なんじゃないですか」そういって皮肉な笑いを頬に浮かべながら立ち去っていった職員のメガネが一瞬白く曇った。
笑い声が外の通路にまで響いてくる。ドアを開けるとこもっていた熱気が体を吹き抜けた。まるで温泉の脱衣所だ。
「こんな雪の日に何しに来たんだアンタ」初めて見る顔がユボットに訊いた。
「本を読みにさ」ユボットの返事は最高に気のきいたジョークのように迎えられた。そこにいる全員が大爆笑した。「いいぞ、さすがだ。やっぱりおまえは期待を裏切らない」今度はいつも酒場でみかける顔だったが、酒臭くなかった。誰も酔っていないみたいだ。どういうことだろう、雪に酔うわけでもないし。ユボットは周りの興奮に居心地の悪さを感じながらたくみに騒ぎをかわして隅に背中をあずけた。誰一人本など読みに来ていない。隣にいつもの司書がやってきた。
「実を言うとただやってるかどうか見に来ただけなんだ。今日はすごいな。なんかのイベント?」
「いいえ、なんにもないですよ。ただ騒いでるだけです。」司書はこともなげに言った。
「それにしたってな」
ユボットは何か秘密を隠されているような気がして納得がいかなかった。仲間外れにされた少年のような悲しくて悔しい気持ちが何十年ぶりに沸き起こって、無理だと分かっていても言ってみた。「ほんとは何かあるんだろ?」
「いいえ、なんにも」司書の笑顔は神経を逆なでするものだったが、それが筋違いなのもよく分かっていた。成長の証である。「私からしたら、今日のバカ騒ぎも、あのアスパラも、あのおかしなレースも櫓を立てたのも全部同じですよ。何の目的があるのか何のためにやってるのかちっとも分かりませんし、分かりたいとも思わない。でも教えてくれたらうれしいかも。あなたの方が詳しそうだ。あなたは有名人だからな」
「そんなにか! だけど俺もよくわからんまま騒いでるんだ。情けないことに。気にいらないか?」
「いいえ。もしわかっていたら、あんなふうに騒げないのかも。あのアスパラの緑はきれいですね。あれを使って本を作りたいもんです。いい記念になる」
「カバーか? まさかページも?」ユボットは驚いたが悪くないと思った。あの鮮やかな野菜独特の緑から白のグラデーションがそのままページになるのだ。
「あの港の真っ青な本。あれ、今行方不明です」
「ほんとか! この港に本を盗む奴がいるとは思えない。そもそも本を読む奴がいないはずだ。きっと返し忘れてるだけだろう。あんたどっかで机をみかけなかったか? さっき足跡みたいなのを見たんだけど、その先は雪がすごくて進めなかったよ」
「今頃どこで何をしてるんですかね。寂しいものですよ」
ユボットは司書が机を気にかけていることが嬉しかった。図書館には途切れることなく人が集まってきて、そのたびに大声が響いた。ユボットはまた雪が降り出す前に変えることにした。
「傘もってってください」
「ありがとう。返しにくるよ」
「気がむいた時でいいんですよ。誰かが忘れて行った傘ですから。山ほどあるんです」司書が心底うんざりしているのが伝わってユボットは困ってしまった。
翌日から勢いよく雪は融けはじめた。港が前よりきれいに輝いて見えたのは雪が汚れを洗い流したからだろう。そんなことがあるのかと港の人間は誰もが感心していた。




