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アスパラにへびがからみついたようならせん状の道路は実に快適でなめらかだった。ジェットコースターのような眺めをゆるやかなスピードで車は上がっていって、市長とユボットは上機嫌だった。人類が初めて見る景色である。ハンマースも異論はなかったが、あいにく高さは想像以上で何より野蛮だった。安全が確立されたわけではない場所に自分の身を置くということは、不安というより拒絶を示したいところだ。いずれこの道路はベルトコンベアーのように物資の移動用に使うのだとか。連中はアスパラでとことん遊ぶつもりらしい。車は各階に決められた台数しか置かない。限りあるスペースを車の置き場所にするのはもったいないとのこと。二、三台置けば充分ではないか、と三人を運んだ担当者は言った。三人とも素直に納得の声を上げた。
「もうあきちまったな」本音か強がりか分からないが、市長は笑っていた。確かに、田舎の自然に感動するのも最初だけで、車窓から何時間も変わり映えのない、同じ風景を眺めるということもある。恐怖という感情が美しさをさらに際立たせることもあるのだろうかと、ハンマースは必死になってアスパラの鮮やかな緑の断面を見、鉄のように堅そうな海面を凝視してみた。ユボットも市長も、これが普通のドライブだと思っているらしい。世の中には、こういうタイプの男が常にどこにでも一定数いるものだ。無表情だったり。時に微笑みを浮かべたり、内心何を考えているのかわからない連中が。
「窓を閉めてくれないか?」ハンマースは言った。
「怖いのか?」ユボットは言った。窓から手を出していた。
「あぁ、私はあんたとは違う。普通怖いぜ、こんなところ。高さを抜きにしてもだ。」
「高さを抜きにしてもか? そりゃ悪いことしたな」ユボットはバカにするでもなく、ふてくされるでもなく窓を閉めた。
車はアスパラの側面から中に入った。担当者は三人を下ろしてあいさつを済ませると、充分にスペースの取れた場所で切り返しをして下って行った。
「だいじょぶか、ハンマース? 俺は顔色が悪いっていうのはどんな色か知らなかった。人生でちょいちょい耳にしてきたが、実際そんな色ってあるのかって。ようやく分かった。あんた顔色わるいぜ」
「そうか、どんな色だ?」
「顔の色がとにかく悪いって感じの色だ」
ハンマースはよっぽど普段のユボットの顔の色について言ってやろうかと思ったが、その気力もなかった。「ハンマース、例えば、そうだな、土の色というか地面の色というか、みんなにふんづけられて汚れまくってる便所のタイルみたいな色だ」ユボットは珍しく親切に真剣に話しを続けていて、ハンマースは蟲を追い払うように手を振った。
「さぁ入ろう」大きな木製のドアを市長とユボットが二人で開くと、大きさの割にはとても軽やかにドアが開いた。次の案内係の男がヘルメットをかぶって待っていた。通路の先には同じ色のドアが見えた。「ずいぶん厳重だな」ドアを閉めても通路は明るかった。照明ではない。太陽光が通路をまんべんなく貫いているのだ。この分厚さで光を通すものだろかとハンマースは不思議に思った。アスパラガスのグリーンのグラデーションは、空がもし緑色だったらと思わせるものだった。自然の色と自然の光とはこんなにも美しいものなのだ。中心に向かって緑は薄くなり、大気に溶けて一つになるようだった。
「今度のドアは押すみたいだな」ユボットがドアを開くのに少し手こずっていた。最後と思えるドアは一人で開けるには体重を乗せるぐらいだった。「頭がいいやつらの仕事とは思えんな」手を貸した市長も不安げな様子になった。「連中、たいして頭がよくないぞ」ユボットの言葉に案内係りの男も声を出して笑った。「いろいろと試行錯誤中でして、人のみの通路だとどれぐらいの通路がいいのか、資材を運び入れるとしたらどれくらいの大きさがいいのか、天井、幅、ドアの材質、開閉のパターン、中心部まで何層にするかなど。まぁ、そうおっしゃる気持ちもわかります。しかし、この工事に参加できるのは楽しいですよ
「そりゃそうだろうな」ハンマースにとって問題は高さだけであった。
通路はまだまだ続いていた。三人はアスパラをなでながら歩いていた。工事の音がだんだんと近づいてきた。最後のガラスの両開きのドアを開けて三人の視界に映ったものは、かつての島の大地、あの日のレースと同じような、どこまでもひろびろとした見渡す限りの緑の大地だった。太陽の光は今までも自分たちをずっと貫いていたのだということ、そのことを改めて、確認を迫られるような瞬間だった。
「こんなに中ほじくってつぶれないのか!」ハンマースがくってかかった。
「広くみえますが、実際のアスパラの直径からしたらたいしたことありませんよ」案内係は予想通りの反応をしてくれたと言わんばかりである。
「たいしたことあるだろう、これは!」市長も興奮していた。
「耐久性、充分に検討して工事してますから。今では普通に生えていた時よりも丈夫になってます」男の返答は圧巻のパフォーマンスというやつだった。何を言われても自信を持って返答できるのだろう。「驚いたな」ユボットでさえ言葉を失っていた。「とにかくもともとじょうぶなんですよ。それでいて加工しやすいし水も通ってるし、空気もきれいだ」案内係は、手柄は自分のものではないと謙虚に示した。
「おまけにまだ成長中ときてる」市長が水を向けた。
「その通りです。ですから、はっきり言って、まだまだ基礎工事の段階なんですよ。エレベータを建設するか、内部に螺旋のスロープを作るか、考えるのが楽しみでしょうがないですね。しかもすぐに形になっていきますから」
「エレベーターはやめた方がいいな」ハンマースは一矢報いるようなつもりで口をはさんだ。「私もそう思います」案内係りの男はこともなげに言った。
「問題はにおいぐらいか?」ユボットが言った。
「それはなれてもらうしかありません。課題といえば課題ですが、このレベルのプロジェクトからみれば、障害というより笑い話ですね。これだけの、それこそ地球の歴史で一大転換点なプロジェクトで課題が匂いだけ、しかも有害ではない。奇跡です。はっきり言って奇跡です」男はさすがに興奮してきようだった。三人は男ほど興奮していなかったが、奇跡だとは思っていたのでおだやかにうなずいた。「ほんとに奇跡だな。」市長は満面の笑みを浮かべた。三人のいるフロアでも作業員が楽しそうに仕事を続けていた。「彼らはもうここに住んでるの?」「ええ、簡単な仮住まいですが、ゆくゆくはもっと本格的な住居を、地上と変わらない、それどころかはるかに進化した住居を建設したい。できると思いますね。アイデアはどんどん出してください。我々が気付かないところからのアイデアが欲しいぐらいです」
「病院が必要だな」男の興奮についていけなくなってきたハンマースが言った。
「もちろんです。町の機能として必要最低限なものは各フロアに作りますよ」
「そんなに電気にたよらなくてもいいのかもしれないな、ここで生活するぶんには」ユボットは真剣に移住を考えだしたみたいだった。
「そうですね、でもアスパラの側面で太陽光発電できますし」
「あっ」つと三人は同時に叫んで案内係りと一緒に笑った。
「必死になって高いビルたてることはなかったんだな」ハンマースはビルだけでなく、なにか大きな歴史をあわれむような気分になった。
「いや、これは本当に例外的な例外的なパターンですから。ただ、最新の科学の発展を考えると、この特徴的なアスパラの、まさに特徴的な部分をピンポイントで突きとめることができたら、この地球にもう一本アスパラを生やすことも可能性としてあるのではないかと思っています。」案内係りは興奮に口がついてこない様子だったが、聞いている三人も信じられなかった。
「そんなことができるのか!」市長は驚きのあまり固まってしまった。「もう一本生やしたところで大して意味ないだろ、見てるぶんには楽しいけどよ」ユボットは冷静だった。案内係りもこれには答えられなかった。ハンマースもユボットの言うとおりだと思った。
「この高さがどこまで続くのか分かりませんが、このアスパラからロケットを飛ばすことを考えています。距離が稼げるのはとても大きい。宇宙開発という視点からも相当魅力的です」
「いわゆる最上階、平面を作ってそこを滑走路にするのか?」ハンマースもこの話には顔をしかめた。いっきにうさんくさくなってきた。
「その案もあるかと思いますが、フロアを斜めに傾斜を作って、坂道ですね…」
三人は深く重たいため息をついた。「耐久性はどうなのよ耐久性は、さすがにだめだろ、危ないよ」まるで話にならないと手を振った三人は、やはり連中とは分かり合えない一線があるのを肌身で感じた。案内係りからすると、三人の反応は想定内らしかった。きっと今まで何度もこのやりとりをやったのだろう。三人はすでに連中からしたら時代遅れの老人と変わりないのだ。彼らはこれからもやりたいようにやるのだ。このアスパラでやれそうなこと、思いついたことをひたすら試してみるのだろう。それがどんな結果を生み出すのか、三人に分かる筈がない。連中の思った通りに事が運ぶのだろうか。アスパラはとっくにのんきな三人に代表されるような、港のものではなくなっていた。それがはっきりわかったことが収穫だったのである。帰り道は傾き始めた太陽の光を体いっぱいに感じながら坂道をゆっくり走らせた。どいつもこいつも運転が上手である。感心した市長が褒めてみたが、遠くない将来自動運転になるだろうと言われてしまった。ハンマースはもっと海面に近づいた夕日を見たかったものだと思った。夜空に変わるほんのひとときの厳粛さを、あるいは朝焼け、いつだって肌寒さを感じるあの生まれたての空気の透明さを。ハンマースは自分の興味がアスパラの内部のことよりも、そこから眺める風景だということに気づいた。高いところの恐怖よりも美しさの方が勝ったのだ。ユボットはアスパラの中でどんな商売をするのが一番いいか考えていた。何よりもスピードが一番だ。結局、旨いメシさえ作ればなんとかなりそうな気がした。市長はすでにいびきをかいていた。




