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月のように真っ白な新しい橋は立ち入り禁止の柵が立っていたが、二人は構わずまたいではいって行った。橋の真ん中で先に来ていたユボットが二人を待っていた。工事現場の強い照明はついたままで、まるで映画の撮影のようである。三人は影をしたがえて歩み寄った。「どれくらい先に来てた?」ハンマースは近づきながら言った。「あんまり先まで行くと危ないぞ」市長が遅れてついてきた。
「ここまでできてるんだったら早く開通させればいいのにな。もっていぶってやがる。海というか、川に近いのか。そんなに深くない。連中、仕事が早いな。俺たちとは大違いだ」ユボットは機嫌がよさそうだった。
「いいや、たいしたことない。わしらの作った橋だってなかなかのものだったぞ」
「もうちょっと、手すりというか、欄干? 高くしてほしいな。私はいつも橋を渡る時、なにか試されてるような気がするのさ、そんなことは絶対するわけないってわかってるのだけど」
「ハンマース、あんたの神経は相変わらずだ」ユボットの笑顔は顔にいっぱいシワができるたぐいのものだ。今日はご機嫌だと周りの誰もがわかる笑顔だ。「分かるよ。俺にもそういう時期があった。あるいは若さのあかしなのかも」
「私と歳かわらんだろ」
「そう。俺もその問題を抱えたことがある。どうしても納得がいかないから一日毎日一時間何度も橋を往復したりのぞきこんだりしたんだ。一年は続けたよ」ユボットの笑顔が不気味に見えたのはいつものひきつけのような笑い声が始まったからだ。
「ユボット、あんたさすがだな。尊敬するぜ」ハンマースは絶対この男のようにはならないと決めた。
「今あんたが何を考えてるかわかるよ」ユボットは笑いながら小刻みに体を上下に揺らした。
「顔に出てたか?」ハンマースは平然と言った。
「ああ、ひでぇ男だ。傷ついたぜ」ユボットの体はさらに激しく揺れた。誰かがスイッチを「強」にひねったみたいだった。
「机は見つからないのか?」市長が横からたずねた。
「今のところは。ただ誰かといっしょってことはない。」ユボットは捨てたタバコを踏みつぶした。その行為は連中の仕事への憎しみでもなんでもない、ただの行儀の悪いヤニ食いのものだった。
「なんでそう思うんだ? 私たちとだっていっしょにいたじゃないか」ハンマースは机が連中と一緒にいる可能性を考えてみた。それは今初めて思いついたことだったが。
「俺たちだからいっしょにいたんだ。」ユボットは力強く言った。「絶対にそうだ、間違いないよ」
会話はそこで途切れて、三人は橋の上からアスパラを見ていた。アスパラはハンマースの故郷のビルのようにすでに灯りが付き始めていた。穴をあけたように無数の窓が取り付けられるのだろうか? 螺旋じょうに小さな星のような灯りが等間隔でアスパラに巻き付いている。夜通し工事が行われているのだろうか。そのわりにはまったく音がしない。
三人は腰を下ろした。よごれなんかまったく気にしなくていい、できたての、誰も踏んでいない雪のような橋だった。「この橋もどんどんくたびれていくんだろうな。」地面をなでながら市長は言った。自分たちの仕事ではないが、敬意と感動は目に見えることなく、振る雪のようにつもっていた。歴史が始まる瞬間に立ち会うということがこれほど尊いものだとは思わなかった。ユボットでさえ黙っていた。あきらめを満足と呼んで、ただ平和に暮らしていければいいのかもしれない、なるようにしかならんのだというのが、ここ数日でハンマースが出した結論だった。どこかの小さな店の店長がやるように、毎日店を閉めて、レジを勘定するように気持ちの整理をつけていく。
「俺たちもいかなきゃなりませんね。ここまで来たらとことん見届けなきゃ!」ユボットは膝を力強くたたいて、橋をなんどもひっぱたいた。普段の様子からは想像できない、フェアな、スポーツ的な態度だった。
「そうだな、もうガンガンやろうぜ!」市長が立ち上がって二人を見た。
「私たちなら特等席ですよ。それぐらいの貢献はしたでしょう」ハンマースもその気になった。心のどこかでこの展開を捨てきっていなかったのだ。
三人が笑って動くたびに影は大きく揺れた。何倍も大きく動いているような気がした。もともと影とはそういうものである。ただ、月の光はこんなにも明るいものだったろうか? 三人は同じことを思っていたが誰も口にしなかった。




