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夏の本当の暑さ、というのは、夏のさなかであってもほんの数日しかない。それを過ぎると、暑さも体にこたえなくなる。ほんとうの暑さをなつかしむぐらいの余裕が体の方にできあがるのだ。しかし、年によっては、このほんとうの暑さというやつが長く続くこともある。そんな年が四、五年続いてようやく港の住人たちも気付いたのだ。どうやら秋はなくなりつつある。十月でも暑かった。十月で残暑とは恐れ入る。
そして冬がやってきた。この寒さには身に覚えがある。そして冬の寒さはまだまだこれからなのだということを誰もが知っていた。これは最初の一歩に過ぎないのだ。まだまだ底がある。どこまで深いかは分からない。
港の住人が奇妙な音を聞いたのは、ちょうど次のレースが開催される一週間前のことだった。多くの人が朝方だったと言ったが、夜通し起きていた者は、空が一番暗いころすでになり始めていたと言う。それでも、誰一人外に出て音の出どころを確認したりはしなかった。そういえば、前にもこんなことが、似たようなことがあったような気もする。その時も結局なにごともなかったからだ。今度もたいしたことはないだろう。あるいは夢のなかのできごとと区別つかない者もいただろう。気温が下がって、誰もが布団の中から無理やり出ようなどと思わない時間帯である。
明るくなって、カーテンを開け、服を着替えて外に出ると島の様子は一変していた。
島の上には緑色の大きなホールケーキがのっかっているようだった。緑色のクソにしてはきれいな形をしているし、あんな大きなクソをする鳥やクジラがいるとは思えない。きれいな円柱は、いつかあの島を覆った雲が降らせた雨と同じぐらいの大きさだろうか? 問題は高さよりほとんど島をふさいでしまった広さにある。自然が気まぐれで積み木をのせたとして、空から降ってきたのか? あれだけのものが?
港の連中はあきれて、おだやかに笑っていた。どちらかというとめでたいことなのだろう。本来なら役所の連中が気合いをいれて出てくるところだが、この港の場合は市長を見ればお察しであった。市長は港の人間といっしょにポンポン船に揺られて島へと向かった。笑い声が絶えなかったのは言うまでもない。
船が島に近づいていくと、緑色の円柱が人工的なものでないことは明らかだった。なんとも青臭い、特徴的な匂いがした。この匂いは初めてではない、覚えがある。「よかったじゃないか!」「これは知ってる!」「これはあれだ!間違いない!」
「ありゃいったいなんだ? あんたなんか知ってるかい?」市長は船長の背中に向かって大声で怒鳴りつけた。実は市長はまだよく分かっていなかった。
「それが分からんのですよ! 私も降りてないもんで!」船長は首だけこちらに向けて大声で怒鳴り返した。とぼけているのか、本当に分かっていないのか。
「島から降りてくる連中はなんと言ってる?」
「それが誰一人として降りてこんのです!港では島に上陸したがってる連中がひっきりなしにむらがってますし、私も上がりたいところですが、しょうがない。これが仕事だ!」
「いや、あんたみたいなのがいるからこの港は成り立ってるんですよ! おかしなことがあるたんびに仕事ほったらかして大騒ぎしてたらどうにもならん!」
どの口が言ってるのかという笑いが船の中で湧き上がったころ、ユボットはすでに島に上陸していた。人の群れはとぎれず、まさに陸続とやってくる。港の連中こんなにいたっけ? 今までどこに隠れていたんだろう? 動ける船が気でも触れたようにこの島を目指し、人を下ろしては大急ぎで引き返していく。このままでは人が入りきらないのではないか。数日のうちに港の連中だけでなく、よその連中も押しかけてくるだろう。
訪れた者はみな喜んでこの緑色の円柱をなでながら歩いた。誰もがこの円柱が、この物体がなんなのか分かっていた。分からないのは、これが一晩でなぜ? ということだ。




