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星空のビーチコーミング  作者: 上高田志郎
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 ゲートと呼べるような立派なものはなくスタートラインを示す白帯を持った二人が立っていた。「これなら遠慮するこたぁねぇや、机を置いても誰もきにしないだろ」ユボットは人垣の中、机を頭の上にかかげて走っていた。市長とハンマースは必死に後を追った。ちょうど三人がレースでもしているようだった。そしてほんとうのレースは今にも始まろうとしていた。スターターの男は港の人間らしく、特別着飾ることもなく、ふだんのしわくちゃのデニムのシャツを腕まくりしていた。おたまとフライパンを持って勇者のように風を受けて立つと、歓声が湧き上がって、手拍子が始まった。男も色気が出てきたようで、観客を煽っていた。

「ユボット!早く!早く!」市長を振り切ったハンマースがユボットの背中をどやしつけた。ユボットはインコースを取ろうと進路を切り替えてまごついていた。

「ユボット!どこでもいい!急げ!出遅れるぞ!」ハンマースの後ろから市長が叫んだ。スターターの男がおたまでフライパンをぶんなぐると馬たちはいっせいにスタートした。市長は、来年は何がなんでも自分があの役をやるべきだと思った。レースは毎月やったっていいのだ、成功は間違いないのだから。根もとから折れたおたまが空中で撃たれた鳥のように空をきるのを見届けた後、奇妙なざわつきが起こった。それは降り始めた雨のように、あっという間にどしゃぶりとなったのだ。

 かわいた固い荒野よりも、こんな青々とした見事な芝生なら馬も走りがいがあるだろう、そして机も。市長はつまづいて地面に顔をつけながら思った。毎回競馬をしなくてもこの芝生を利用してゴルフでも始めたらずいぶん金があつまるだろうし、みんなから喜ばれるだろうと。実に自分は、驚くほどアイデアマンである。市長は自分の才覚を誰よりも自分自身が愛していたので、とことん幸せな気分にひたることができた。

 ジョッキーたちは、スタート後の歓声に落馬かと首をひねったり股の間から後ろを確認した。ゆるやかな上り坂の第一コーナーを右に曲がっていった。走り出した机は観衆の前を軽やかに走りぬけ、最後方ながらもカーブに入っていった。ユボットの背中にハンマースと市長が飛びついた。「でかした!」「勝ちだ!もうこれで勝ったも同じだ」二人は馬を叩くようにしてユボットの体を何度も叩いた。

「机だ!机が走ってる!」

「なんだ?ショーかなんかか?」

「見ろ!見ろって!ほら!あそこ!机が走ってる!」

「犬じゃないのか?机が走るわけないだろ」

 後ろの方の連中は何がなんだがよくわかっていなかった。港の外の連中ならなおさらだ。「机が走ったって不思議じゃないんだ。うちの机は口をきくからな」港の連中が自慢げに話してみても、外から来た連中はこいつら頭がおかしいという顔で相手にしていなかった。   

 ここにきて会場の混雑はもう自分一人の力で身動きができるようなものではなかった。とめどない怒声、三人はコース中央の丘に登りながらその様子を見ていた。人の固まりはあらゆる方向から力を加えられて流氷のようにゆっくりと動いていた。ハンマースは感動も恐怖もなかった、ただこちらにいれてよかったと思った。

 レースは第二コーナーもまわって長い直線に入った。何頭かの馬はかかっていた。ジョッキーのこぶしは固く握られていた。何頭かの馬は口を割って空に向かってあえいでいた。

「やや縦長の展開になっています。先頭は葦毛の馬体、7番ヨルノエクリプクス。続いて5番マスカットタタンその隣にロコメキン、さらにその外ゼルエックス、その後ろ固まって4頭、ここまでが先頭グループです…」実況の声は机をつかまえていないようだ。

「ペースが遅いのか?」市長が言った。「後ろからじゃまにあわんぞ」

「走ってるだけで勝ちですよ市長。この歓声! もう着なんて関係ないです」ハンマースは自分の興奮を抑えるように言った。腕を組んでレースを睨んでいる。出入りの激しいレースになっていて、馬の順番が入れ替わるたびに怒号と悲鳴が起こる。それでも先頭集団は持ったままで最後の下りのコーナーを回ってきた。波が押し寄せてくるように馬たちが塊になって回ってくるのが見えて、この世界が壊れてしまうような大歓声が島を揺らした。こんな興奮は毎日あったっていいぐらいだ、ここにいる全員の顔がそう言っていると市長は思った。机は第二集団、後ろから四頭目まで上げてきていた。観衆の目が一斉に机をとらえて、とどろく絶叫は死人が出てもおかしくなかった。

「各馬いっせいに動いて、最後のコーナー下り坂を回って直線、いっせいに手が動いた!」

「外を回ってきてるな、距離ロスはどうだ?」市長は誰に問うでもなく言った。

「ほとんど問題ないでしょう。ここまでずっと最内をまわってきたはずだ」ハンマースは冷静に返した。

「それよりゴール前でみましょう。この角度じゃわかりづらい。今のうちに移動しなきゃ」

 ユボットは二人をうながして歩き始めた。慌てて丘を駆け下りたが、市長の足にあわせておりる余裕はなかった。改めて芝の深さを感じたハンマースはレースが無事に終ることを願った。

「危ないよ!だめだ!だめだ!コース横切っちゃ!」

 怒鳴られながらも三人はゴール前の絶好のポジションに戻ってきた。最後のコーナーを曲がるとだらだらとした上り坂の長い直線になっている。馬たちの足音にまじって鞭で馬をたたく音がまるで生き物を叩いているとは思えないのだ。馬と馬の間に不自然な開きができて、三人はその間に机が走っていると理解した。前は五頭が横一線の追い比べだった。

「最後の直線、横一線5馬が並んでおいくらべ、ロコメキンが前に出るか、ゼルエックス食い下がる、再内ヨルノエクリプクス、マスカットタタンも食い下がる、その後ろから机がやってきた!机が来ている机が来ている!」

「来い来い!もってこい!」市長が叫んだ。

「だめだ前が空かない」ハンマースが力なく言った。

「あけ、あけ!こじ開けろ!」ユボットがどなった。

 机は五頭の横に外に進路をとった。最後の直線でのはっきりしたロスに三人はそろって言葉を失った。大外に、はたからみても斜めに走っているのがわかる。後ろの馬の進路は妨害していない。問題はここからさせるかだ。しかし、外に持ち出してからの机の伸びは地面を掻きこみながら飛んでいるようだった。

「机かわした!机かわした!大外一気!一馬身二馬身三馬身!机一着机一着!机一着!」

「やりやがった!やりやがった!」三人ともすごい顔をしていた。初めて聞く雄叫び。次々とゴールを駆け抜けていく馬たちの足音が遠くになっていった。三人は柵をまたいで吠えながらコースに入り、デコボコの芝生を喜びで叩きまくった。馬たちはどんどん遠ざかっていく。三人につられて、他の観客たちもどんどん柵をまたいだりくぐったりしてコースに入ってきた。奇跡の業にでも触れるかのように、観客たちは地面に顔を近づけていた。港の連中にいたっては、金でも落ちていないかといった表情だったかもしれないが。それぐらい、人々は真剣に芝生をみつめていたのだ。

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