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星空のビーチコーミング  作者: 上高田志郎
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「まさにそのとおりさ」ユボットは四つの脚を広げて机を立たせた。見た目にはまったく違ったところはなかった。そしてあいもかわらず、どこにあっても不思議ではない普通の机だった。

「しばらくだね。元気にしてたか」市長は歩み寄って穏やかに声をかけながら机をなでた。

「市長、しばらく。そっちは元気がないみたいだ。島のことで悩んでいるんだろ、違うか?」机は最後に話したときとまったく変わらぬ声だった。陽気で快活、人気テレビ番組の司会者のようにスキがない。机の声を聞いていると、あの夜から今日までの月日が存在していないかのようだ。

「実際、不思議なもんだ。こんなことはなんともないと心のなかで無理やり納得させようとしてみるが――よそから来た連中にちょっかいを出されるというのが気に入らない。自分ではもうちょっと心が広い方だとは思っていたんだが。もっとしっかり手入れをしてやってりゃよかったよ、もうちょっと昔の代からな。この島は俺たちがおもっているより上等らしい」市長はおどけて笑ってみせたが寂しそうだった。

「こっから逆転ですよ」上目使いで市長を見たユボットの瞳は力強い猛禽類のようでもあり、率直に言って気狂いの目つきだった。

「なにか策でもあるのか?」ハンマースはユボットにあてがあるとは思っていなかった。ユボットは梟のように首を動かしてハンマースを睨んだ。悪意があるというよりは、笑いがこらえきれないらしい。真面目な顔で話しをするのが絶望的にヘタクソなのだ。

「今日のレースに机を出走させる」

「走ってくれるのか?」市長の大声にも、よそ者のお偉い連中は振り返りもしなかった。次から次へと重要な客へのあいさつで忙しいらしい。

「走ったとして、それでどうする」ハンマースは機嫌悪く続けた。「それでどうにかなるのか?」

「あっちのお偉いさんにふっかけよう、もしこのレース、机が勝ったら、この島は俺たち港の人間のもんだとさ。まぁ、金も動いてるだろうから、連中が口出すのはかまわん。むしろ金に関しては大いに期待するところだ。ともかく、ただ、俺たちは一方的に利益をむさぼろうなんてことはしない。今どきダサい。そんな商売もうはやらんってことをああいうバカどもに教えてやる必要がある。ちなみに俺は商売をしたことはないが、それぐらいは分かる」

「あちらが乗るかね?」市長は指でおでこをかいた後爪をはじいた。そういう市長がいかにも気が乗らなそうだった。

「それを乗らせるのが市長の役目でしょう」ユボットは実に簡単に言った。

「ハンマース、何かいい案があるか?」市長はハンマースを見た。今日はこの男、元気がないなと思っていたのだ。

「もし負けたら。この港の自治権を未来永劫連中にくれてやりましょう」

「それだな。負けたところでわしも長くない、そんな口約束なんざ港の人間誰一人しったこっちゃないだろう。だが、逆もしかりだ。わしらが勝ったところで、あいつらはそんな約束は屁みたいなもんだろう。わしがあいつらだってそうするさ」

「それは間違いないでしょう。私だってきっとそうしますよ」ハンマースこともなげに言った。

「全然だめじゃねぇか」吐き捨てるように市長が言ってもハンマースはまったく気にしていなかった。それがどうしたというところである。

「さぁ、そこだ! 難しいところだが、ひとつはっきりしてるとこがある。まずひとつ、実は勝ちははっきりしてる」ユボットは手を合わせて呪文でも唱えんばかりに小刻みに揺れている。

「そんなに自信があるのかあんた? 八百長の手はずでも整ってるのかい?」

「ハンマース! 八百長なしでも圧勝だよ。冗談はよせ。一人でしっかり勝ってくる。ヤネなんていらん。カラ馬ならぬカラ机さ。おれがあんな急仕上げの馬どもに後れをとるわけがないだろ。」机は自分のセリフに満足らしかった。

「だが、脚が折れたらどうする?」ハンマースは自分一人だけが冷静であると信じているらしかった。

「そんときはそんときだ」市長は二人の間に割って入った。

「さっきの話しだが、俺の考えが間違いなければ、連中は手を引くと思う。勝った負けたより、机が人間と同じように口をきく、机が動物のように動く、この事実に耐えられるはずがない。ハンマース、あんたどう思う。実際あんたは生まれも育ちも港ってわけじゃない。ヨソ者としての意見をききたい。あんた、机が初めて口をきいたときどう思った?」

 ユボットの態度にはごまかしがきかない決意のようなものが感じられた。ハンマースは冗談でかわせないことをすぐに悟った。「正直信じられないよ。実を言うと今でもまだ信じていない。あまりにも当たり前に何事もなく過ごしているけれど、タブーかと思って、突っ込もうとも思わない。ここで疑問を感じてしまったら港の人間になれない気がしてたから」

「そうか」と言った市長は少し失望していた。しかしハンマースはしょっちゅう失望している市長を見てきたので、今回の失望がたいしたことないのはよく分かった

「みんな少し頭がおかしいか、腹話術のようなものなのか、伝統的な風習というか、私自身そういうのが好きな方なので、つっこむのもやぼかなと」ハンマースは言い訳のように言葉を重ねていったが、内容はいつわりのない本音だった。本音を打ち明けた方が許してもらえそうな気がしたのだ。

「傷ついたな」机が言った。

「わしもだ」市長が言った。

「それは気のせいでしょう」ユボットが笑った。。

 机は突進前の牛のように脚で地面をひっかいた。三人は机を囲んで見下ろしていたが、何も言葉が出てこなかった。

 観客が小走りで動き始めた。上陸した馬たちが輪乗りを始めたのだ。みんな期待にふくらんだ笑顔で集まっていった。

「とにかく交渉に行こう。」ユボットは慌てて机の脚をたたんで脇に抱えた。机は黙っておとなしくされるがままになったいたので、市長とハンマースは顔を合わせて声を出さずに笑った。

「机怒ってるかな?」ハンマースは歩きながら子供のような気持ちに戻ってつぶやいた。「ユボット、さっき脚でさ、見てただろ?」

「笑いこらえるのが大変だったぜ」ユボットは言いながら噴き出して、市長も噴き出して、結局ハンマースも一緒に笑った。

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