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船は祭りに向かう観光客と地元の人間を乗せてゆっくりと島を目指していた。ゆっくりと船の先を島に向けて旋回する様子は知らない人間からしたらずいぶんもったいぶってみえる。象だってもうすこし早く体の向きをかえるだろう。
ハンマースはしっかり手すりをつかんで海面を見ていた。聞こえてくる会話はすべて異国の言葉で何を言っているのか分からない。乗客の期待は表情にも表れていて、それはそれで悪くない。自分の心の中にあるわずかな憂鬱は、この船旅が振り払ってくれればいいが。船は遅いようで早かった。乗客の体にも水面の抵抗を伝えてきて、そのたびに楽しげな声が響いた。
「体を乗り出さないようにお気を付け下さい!」
無機質に録音された音声ではなくて、のどに虫が巣食っているようなオヤジの声が船内に響いた。言葉は分からなくても、たぶんニュアンスは伝わっているはずだ。
今では港の船乗りなら誰でもあの島に船を付けることができた。あっという間に二か所。さらに続けて二か所建設中である。これできりよく東西南北だ。
ハンマースの心は今もあの日、島の秘密を発見したあの夜に置いてきたままだった。最初に漏らしたのは市長かユボットかはっきりしない。二人とも外で飲むのはしょっちゅうだから、きっとそこらへんから漏れたのだろうと思っている。ハンマースは外で飲むのは一年に一回もない。しょせんは小さな港であって、権力のピラミッドの前では無力なのだ。本気を出されたらひとたまりもない。最近は市長もハンマースも病気にでもなったかのように元気がなかった。
浮島は港のものではなくなってしまったのだ。島にはカタログそのままの美しいリビングやキッチン完備のマンションが建設中である。惜しいと思うのはハンマース達だけではないが、もともと島はほったらかしだったのだから、あきらめるのも早かった。。
船はあの日見つけた場所とは違う場所に止まった。ちゃんとした船着き場ができている。すぐに、もっと立派で大きな船がこの島につけられることになるだろう。
机はどうしているだろうか。この状況を逆転する可能性がある一手は机にしかないとハンマースはふんでいた。根拠はなにひとつなかったけれど。
島の内部をくりぬいた階段は自然を活かしながらも美術館のように快適だった。手すりをつかみながら照明を見ていると子供の頃の冒険心がよみがえってくる。こんなことでは騙されないと、色めき立つ観光客の中にあっても、どこか悪いところを探してやろうという気になった。
「すげぇ立派な階段だぜ!」聞き覚えのある声が洞窟のような階段に響き渡った。ハンマースはもしやと思って振り向くと、観光客相手におかまいなしで話しかける市長がいた。
「市長!何やってるんですか?同じ船に乗ってたの?」
「ほんとか!さっきの船、あっちの港、五分発のやつだ」
「じゃぁ、私と同じ船だったんですね。気付かなかったな。お互い休みですることないですね」
「やっぱり一度は見ておかないとな」
「市長は初めて?」
「いや、実は前になんどか」
「ほんとに!そうでしたか」
「実は五回目ぐらいだ」
「私も三度目ですよ」
二人は笑いながら階段を上り、出口から差し込んでくる白い光を見上げた。地上の風が吹き込んできた。観光客たちは知らない言葉で雄叫びを上げてばらばらに散って行った。雇われている港の人間は特に感動することもなくゆっくりとその後を歩いて行った。どんどん雇用が生まれているが、すでに港の人間だけでは足りなくなっている。太陽の光と波の音、おだやかな島の外周にはすでに柵が設置されていた。
「やることが早いな。俺たちとは大違いだ」ハンマースのぼやきに市長は笑った。
「これならいい競馬場になるな一周三千メートルだとさ」市長は看板を叩いた。
「ほんとに馬、走らせるらしいですよ。ま、わたしは数字に弱いから一周どれくらいかなんて気にしませんでしたが。役所の人間が数字に弱いようではだめですね。わたしのような人間が務まるぐらいなんだから、連中からみたら駒落ちで対局するようなもんなんでしょう」
「気にすることはないさ。数字なんてのは数字に強いやつがやるべきことであって、強いやつがやればいいだけのことさ。適材適所ってやつよ」
「市長のアイデアも捨てたもんじゃないですね。連中と同じことを考えるとは。市長がすごいのか、連中がイカれてるのかどっちだろう?」
二人は笑ってあたりを見回した。この前来た時よりも整備されている。大地にはえている雑草も野蛮に生い茂るということもなく実に礼儀正しい。大きな岩や石も転がってはいなかった。もっとも、海に落としてしまえば話が早いのかもしれない。
島からは港に引き返す船が見えた。柵は二重になっていて、手前の柵の向こうには転落防止のより強固なフェンスが建てられていた。二人はベンチに腰をかけた。
「さて、これからどうする?」市長は背を丸めて両手を合わせて言った。ハンマースは市長がそれなりの年齢だということを初めて知らされたような気がした。
「この島の奪還ですね。それ以外ありえないでしょう」
「しかしどうやって?」いつもより真剣な市長の問い合わせは悪くないところではあるが、ハンマースは具体的には何一つ考えが浮かばなかった。その後ろめたさが強い言葉の表れだった。「やはりユボットと机を召集しましょう。あれでなかなかたよりになる」我ながら思ってもみないことを言ったと思ったが、悪くはなかった。アイデアは追い詰められてから出るというのは本当だ。戦力はかき集めてなんぼである。




