15
港の人間が島に近づいているという噂は本当だった。やはり上陸はできずにぐるっと周回して帰ってくるとのこと。
「万が一、上陸で先を越されるのはまずいな。わしらがが先に上陸しないと。これ以上港の人間に好きかってされるわけにはいかない。観光客を船に詰め込んで金をかせいでいる奴もいる。無法地帯だ。いくらなんでも好き勝手しすぎだろう」
「ひとまず上陸禁止なんておふれでも出してみますか」ハンマースは言ったそばから己の間抜けさにがっかりしていた。「生態系がどうのこうのとか?」
「いまさらきかんだろうな。港の人間どもは気が荒いし。ユボットに連絡してくれ、こっちも大急ぎだ」
ハンマースは了解した後、少し考えた。ユボットは電話を持っていないのだ。だが、あのろくでなしならそこらを歩いていればぶつかるだろう。
いつもの店に行けば会えると簡単に考えていたハンマースはユボットがしばらく顔を見せていないと机から知らされて驚いた。
「最近は全然顔なんて見ないぜ。あいつは思い込むとめんどくさいタイプだからな。下手なことしてなきゃいいが」机はユボットをそれなりに気にかけているようだ。付き合いの長さがうかがえた。
「そうか。それならしかたがない。ところで最近ここいらの連中が島を目指してるってのはどうだ? なんか情報ないかな? 市長があせってるんだ、市長があせるとろくなことがない」自分はまったくのんきにいきたいのに他人のあせりにあてられるなんてやってられない、ハンマースは他人に急かされるのがこの世で一番嫌いだった。
「ひとつには―今、波がおだやかだからじゃないか? 聞いた話だと湖みたいらしいぜ」
「誰かが上陸するのも時間の問題か」ハンマースは頭の後ろを両手で抱えて首を廻した。肩と首がこってしょうがないのだ。ハンマースは他人よりほんのちょっと首が長かった。
「好きにさせといたら? どうせ上がったって何にもないんだろ? 櫓は取り壊されて跡形もなし、絶景ったってすぐあきるさ、どうせそこまで絶景じゃない。それより祭りはどうなった?」
「祭りのことはノーコメントだ。ノープランだよ! いつも通りでいいと思うんだがなぁ! 次から次へと解決できないことばかりだ。まるで役所で働いているみたいだよ!」
ハンマースはつまらない冗談を言ってフルーツジュースが陽に当たるのをいっとき見つめていた。全てのことがどうでもよくなってきた。ほんとにそうできたらどんなにいいだろう! しかし、ほかにやりたいことがあるわけでもなし、この仕事をやるよりしょうがないのだ。自分がとてもかわいそうに思えてきた。誰かにきちんと憐れんでもらいたいところである。
「今、俺が何考えてたか分かる?」少しの沈黙の後、ハンマースは机に訊いた。
「分かるわけないだろ」机はどうでもよさそうに返事をした。
「ひょっとしたら分かるかと。あんたは特別だからな」
「あの島のことじゃないのか?」少し間を開けてから興味がなさそうに机が言った。
「いや、違うんだよ」
机の上に置かれたグラスは水滴がびっしりついていた。こんなことを毎日のように考えていたんではダメになる。そんな日々が何年続いてしまったことか。ハンマースはもはや自分に抵抗する力が残っていないという事実が心底身に染みた。これが歳を取るということなのだ。今までのはただの年よりの振りだったのだ。果たして自分に足りなかったのはなんだったんだろう?




