13
ユボットは図書館通いを始めることにした。このところの蒸し暑さで朝までに何度も目を覚ます。こんな港でも観光客が来る季節がやってきたのだ。海の匂いよりも山の匂いの方が強く感じるこの季節、町にはひととおり不便しない程度に施設はそろっている。そういえば今年はセミの鳴き声がまったく聞こえなかった。
昼間は人通りがほとんどない。すべての家が空き家でこの世界に自分一人しかいない錯覚がいよいよ濃くなってくる瞬間、それはまぶしく手をかざして歩く雲一つない真夏にふさわしいことなのか。そんな時、計ったように駆けていく日焼けした子供は夏の象徴だった。現実に引き戻されたようで、それすらもまた幻想のようにあつらえすぎだった。
いつもは興味のない野良猫がよぎると愛想を振りまいてしまう。
図書館は窓が全部開け放たれていて、白いカーテンが時おり波のように揺れていた。木の床の上を歩くと軋む音が気になった。図書館に来たのは初めてである。
係の人間を窓口の鐘で呼んでもすぐには出てこない。いつもこうなのか、たまたまなのか、初めて来たユボットには判断がつかなかった。
――このまままったく手がかりがつかないまま終わってしまうのだろうか。
ユボットは最近まったく悪夢を見なくなった、それどころか、夢さえも。今はあの悪夢すら懐かしい。夢を見なくなった原因に思い当りはない。しかし、必ず見ているはずだ。ただ、その夢がまぶたの壁に閉ざされていて、ほんのわずかな感光でも消滅してしまうたぐいなのだろう。現実を解くカギは夢にある。現実が夢のようならなおさらだ。このことに気づいているのは自分だけだとユボットは思っていた。市長とハンマースは悪夢を見るようなタマじゃないからだ。
「呼びましたか?」普段着の男が奥からあわてるでもなく優雅にやってきた。
「もちろん呼んださ。ずいぶん待たせたな」
「なに、人がいませんので、それに急ぎの用って訳でもないんでしょう? ご用はなんです?」司書はこれっぽちも動揺していなかった。慣れたものである。
「資料を探してるんだ。この港、この町の。あの浮島のことなんかが詳しくのってるならなおいい」
「あるにはありますが、そんな期待しているようなたいそうなものじゃないんですよ」
司書はそう言ってユボットの前を歩き始めた。二人の靴の音が涼しげに響いた。
「こちらが郷土資料と呼ばれるものになっております」
角のもっとも日が当たらない場所に、全身青の本が装飾品のようにおごそかに置かれている。
「なんだ、すげえ立派な本だな。貴重な本なの?」
「そりゃもう、中身はスッカスカ。」司書は悪事に誘うような笑みをみせた。
ユボットは笑って本を手に取ってみたが、気軽に片手で持てるようなものではない。石版というか石垣にでもなりそうな分厚さだ。そこらへんにいる人間の頭を殴れば凶器になるだろう。
「貸し出しは?」
「あいにくしておりません」
「そうだろうな。こんなの持ち歩いたら大昔の奴隷に間違えられちまう」
「ごゆっくり」司書はユボットを一人にしてくれた。




