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何もないな」市長が残念そうに言った。
「今日はひとまず帰りましょう。そっちから回ればちょうど一周ですし。次は晴れてるといいですね。天気が悪いと気分もいまいちあがりませんよ」
ハンマースの言葉にユボットも笑顔で同意を示した。
この島を何かにたとえようと思ったらなんにでも例えることができるだろう。大きいということは、自然というものはこんなにも魅力的なものだと市長は感慨に耽った。「さあ、帰ろう」市長の言葉にハンマースとユボットは階段を降りて操縦席を後にした。
「そういや机はどうしてる? 寝てるのかな? 今日はまだあいつの声を聞いてなかった。ユボット。机は?」きらびやかなソファに腰を掛けてハンマースは言った。「店の人はだいじょうぶだったのか? いくらなんでも乱暴だろう。机が一つなくなってたらあっちだって困るだろう」
「いや、すっかり忘れてた! あんまり船が豪華だったもんで!」ユボットは机の脚を広げて立たせてから船の机にぴったり並べた。「まぁ、なんてったって俺のものじゃないし。今日だってかってにもってきたんだ」
「ずいぶん早かったな。ビビッて上陸できなかったのか? 情けない奴らだ」机は威勢よく声を上げた。
「その足を開いたり閉じたりで電源の変わりにでもなってるのか?」ハンマースは机を叩きながら言った。「それがまったく手がかりなしさ。上陸なんてとんでもない。挑んだら波に吹っ飛ばされるぜ。ペンタクって老人がボケてるってことはないし、嘘もついてないだろう。港に戻ったらもっと詳しい話を聞きに行こうと思う」
「しかし嘘をついてるとは思えんなぁ。だいたい嘘をついてなんになる?」ユボットは腕組みをして目を閉じた。「まさかとは思うけど、あの島に住みついてるやつはいないよな?」
「もう何があっても驚かんぞ」ハンマースはつぶやきながら我慢ができず市長のもとへ向かった。
「市長、あの島誰か所有してるとかってことはないですよね?」
「わからん。聞いたこともない。ないと思うが、だが、可能性としてはゼロじゃない。とにかく帰ってじっくり調べる必要がありそうだな。」
船が港に着くと三人は今後のことを歩きながら話した。一時間弱の冒険ではあったが、三人の心に興奮と倦怠と敗北を植え付けていた。興奮の原因はやり残したことがあると感じていたからだ。絶対に叶わないという相手じゃないはずだ。
「おつかれさま、今日はこれでいったんあがろう。状況は変わるかもしれん。わしらも動いていこう。ただあっちの動きが予想しづらいな」
「しかし、何かあってからではちと遅いですよ」ハンマースは不満げに言った。少し船に酔ってもいたのだ。
「定期的に行くのはどうかな。一週間に一回とか、それなら観測にもなっていいと思う。二人とも本業もあるだろうが、これならそんなに負担にならないんじゃないか? 俺が一番自由の身だから、俺が一番この件では働かなきゃな。このまま何も成果がないなんてごめんだ」
ユボットは一番元気よく声を出していた。ハンマースはどれだけユボットが景気よく話しても彼が指揮を取るような事態にはならないと踏んでいた。当分は彼の元気にまかせるだけまかせてみようという気になっていた。
「ユボット、それにしても机を持ってきた意味はあったのか? まさか毎回持ってくるんじゃないだろうな、かなりてまだろ。重いし」市長はからかって机を拳で二回ノックした。
「すっかり忘れてたんで!」少しも悪びれずにユボットは言った。「俺は机を返しに行きますよ。また連絡してください!」
不思議なことには不思議で対抗といったところか。ハンマースは机とユボットには期待していなかったが、まったく戦力にならないとは言えないと思った。
空は変わらず濃い灰色で、風は生あたたかくなっていた。まさかこの歳になって雲がはためく姿に心を駆り立てられようとは思っていなかった。ハンマースは今すぐにでも走ってペンタクの居所へ行きたかったが、二人の見てる前ではやりすぎのような気がした。二人の姿が見えなくなってからハンマースはペンタクを探しに向かった。今日中に会って話をしたいところではあるが、難しいかもしれない。知り合いでも捕まえてことづてで市庁舎に来てもらおう。
舗装されていない駐車場には丸太をつんだトラックが何台も停車していた。その中から降りてきた一人にハンマースは声をかけた。礼を失わない程度に自分の上品さを崩すことにした。
「ペンタクはいるかい?」
「とっくに辞めたよ! 誰だあんた?」
「辞めたっていつ?」
「一週間ぐらい前か? 知らなかったのかい?」
「ああ。初めて聞いたよ」ハンマースは自分の思惑通りに男から話が聞けたことは満足だったが、ペンタクの情報は想定外だった。男が気軽に話していることからも、深刻なトラブルは何一つなさそうだ。「ここは長かったんだろう?」
「長いさ! もうあの人がいなきゃ廻らんってぐらいだとおもっとったが、意外と大丈夫なもんだな。もっと目が回るかと思ってたよ」男は裏表のない笑顔を見せながら、聞かれたことには何でも話しそうだった。
「なんで辞めたんだい? ずいぶん突然だな! 前からそんな話があったのか?」ハンマースはくだけた感じで喋ろうとすると不思議と自分が市長に似通ってくることを認めないわけにはいかなかった。
「さあな。俺も分からん。ひょっとしたら誰も知らんかもしれん。」
「社長なら知ってるかな?」
「社長ってあんた、そんなたいそうなもんいるのかね、こんなところに?」自虐の笑いを見せながら、男はここにきて初めてからかうようなこちらの懐をさぐるような雰囲気になった。もしかしたらこの男が社長なのかもしれないとハンマースは感じた。「あんたはペンタクの上司みたいなもんじゃないのか?」
「まさか!ペンタクの方がずっとベテランさ。俺にしても、ペンタクにしても、腰が落ち着くようで落ち着かないのかもな。こういう仕事をしてると、どこでも食ってけるって思っちまうもんだよ。どんなに歳を取っても、まだ若かったころの自分が完全に消え去らない。」
「すごいな。俺とは大違いだ」男が汗をぬぐうのを目を細めて見つめながらハンマースは言った。
ハンマースは自分とはまったく気質が逆の男が歩んできた人生に少々圧倒された。もともと力仕事が苦手なぶん、こういった手合いには男としての本能で引け目を感じて分が悪い。男を通じてもっとペンタクという男の実態に近づけないものだろうか?
「あの人に家族はいなかったのかな?」
「そんな話しはいっさいしなかったな。お互いそういう話をさけてたのかもしれない。違う町にいるのかもしれない――もし本当にそんなことがあったら信じられないが――それぐらい、ほんとのところ、お互いのことは何も分からないよ。今回でつくづくそう思った。今までも何度かそう思ってるんだけどな。また思い出したよ」
「もうこの港にはいないんだな。部屋はカラだろうか」
「いないと思うね。ペンタクのうちに行ったことなんてないよ。俺の家に来たこともないし――。おかしいだろう? 独身どうしの男がさ。」
「おかしくはないさ。誰かほかに詳しい話を聞ける人はいないかな? 俺は市庁舎の人間なんだが、ただ、ペンタクがあの島に上陸した話をもっと聞きたくてね。市としてはちょっとあの島に用があるもんで」
「そんな話しもしてたっけな。ほんとかどうか分からんが」
「ペンタクははったりが多かった?」
「いや、そういうごたごたはなかった。ただ年寄りなんてあてにならんさ。突然ラッパを吹きたくなったのかもしれんよ」
そう言って笑う男にも、そんな衝動につき動かされそうな瞬間があるのだろう。
荒っぽい運転で砂利を飛ばしながらトラックが帰ってきた。ハンマースは会話が終わりに近づいていることが分かった。「またなんかあったら来ます」ささいな情報でも欲しかったが、再びここに来るイメージは湧かない。「ああ。こっちは問題ないよ」そう言いながら男は帰ってきた運転手に手を振った。タイヤが砂利を噛む激しい音が吹き抜けて行った。
白い煙に顔をしかめながらハンマースはその場を離れた。後ろでトラックのドアを閉める音が勢いよくした。自らの甘さに腹を立てたところでいいニュースがやってくるものではない。すでにペンタクの足跡は途絶えてしまっていたのである。




