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星空のビーチコーミング  作者: 上高田志郎
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 7月は下旬になっても雨が続いていた。風も強く、夏の盛りが近づいているのに冬が戻ってきたような気候である。しかしそれも毎年のことだった。来たるべき本番に向けての最後の悪あがきみたいなもので。

 ハンマースは両手をポケットにつっこんで海を眺めていた。ただ見つめているだけで後悔の念が波のように何度も何度も迫ってくる。それが台風でもきそうな空と真冬のような冷たい風のせいなのかは分からない。

「風が強すぎるんだよなぁここは」ハンマースは体を冷やすぐらいなら暑くても着込むほうが好きだった。

 春のベージュのコートの下に薄い青のシャツと濃い紺のニットを着て動きやすい灰色のスラックスをはいて準備万端といったところである。集合時間よりも早くついて後の二人と机を待っている。

 あたりを見回しても港には誰一人いなかった。ここの漁師たちの休むときはとことん休むという姿勢は嫌いじゃない。カバンの中には手袋やカメラが入っている。他の二人は手袋を準備してくるだろうか…、どんなかっこでくるだろうか…。旗がはためく音は助けを求めているかのようにしつこくうるさかった。じきに弱くなるさと思いながらハンマースは座るところを探した。

 一隻の真っ白いクルーザーが港に向かってやってきた。あのまぶしさは間違いなくおろしたてだろう。

「おい! おい! ハンマース!」クルーザーから市長が手をふった。

 いつ以来か思い出せないぐらい久しぶりに名前を呼ばれてハンマースは驚いていた。それでちょっと不機嫌になった。

「市長、そんな大声で呼ばなくてもわかりますよ。どうしたんですか、それ?」

「これ! どうよ! すげえだろ!」市長はすっかりバカンス気分だった。セーターを腰で巻いて短パンにグラサンをかけての登場だ。

「市長、今日寒くないですか?」

「いや、暑いぐらいだよ。俺の体調が悪いのかな。熱はないと思うんだが」

 ハンマースはこの会話にも覚えがありすぎて、こういう時の市長の体調はまったく問題ないことは知っていた。

「こんなすごいものをお持ちだとは」

「なになに。これは市役所のものだよ。」市長の言葉にハンマースはますます次の市長になりたい気持ちが強くなったが、今のタイミングでいろいろ言うとあさましく思われそうでやめておいた。

「こういうのは乗ったことないんですが、風や波には強いんですかね。この大きさにしちゃ上が高い気もしますが…」

「クルーザーなんてみんなこんなもんさ。倒れたら…そんときゃそんときだ」

 ハンマースはクルーザーの外観が階段ピラミッドを思い出し、それは海の上に浮かぶものとしてはふつりあいに感じた。しかし雲のように真っ白いボディは素手でなでまわしたくなるのだった。

「いい白さですね」

「そうだろ? あいつはまだこないかな。はやく乗りたいだろ?」

 ハンマースもすっかり笑顔でユボットを待っていた。まさか机をかついではこないだろう。風も弱くなってきて、空の雲がはがされていく様子がはっきり分かる。

 ユボットは机をかついではこなかったが、脇に抱えて歩いてきた。浮浪者が戦利品のゴミを抱えてきたようなみてくれだ。風にたなびくマントが上等なものならまた違うのだろうが。ついさっき車にでも轢かれたようなボロボロのジーンズは、後もう一回轢かれたらファッションとして見えなくもない。不思議なことに、ユボットは貧相な外見からはかけ離れた生命力を醸し出していた。ハンマースは想像の中でユボットをもう二回車で轢いてみたが、彼はまったく応えていなかった。上半身は横断歩道のような縞の長そでを着ていて、そんなものを売ってる店があるとは信じられない。単純に縞の幅が太すぎるのだ。

「ユボット! ほんとに机を連れてきたのか! いつから足が折りたためるようになったんだ?」サングラスを外しながら市長が言った。

「市長! とっくの昔ですよ! これなら持ち運びも便利なんで!」ユボットはわざわざサングラスをポケットから出してかけると満足げに首をかしげた。これでサングラスは二名である。

「すごいシャツ着てるな」ハンマースは手の甲でユボットを軽くたたいた。

「あんたこそハンマース。暑くないのかい?  なんなら、俺の着ているシャツを売ってる場所教えてやろうか」

 三人はお互いに軽く握手を交わしてクルーザーに乗り込んだ。海面は激しく揺れていて地上とは違うことを思い知らされた。三人は港の人間でありながら海の仕事とは無縁で船にも馴染みがないのだ。「運転なんて車と変わらん。」市長の言葉に安心したわけではないが、実際ハンマースもその程度にしか思っていなかった。

「ちょっとした一軒家だな。一生かかってもこんな暮らしはできないぜ。一生ここで住みたいぐらいだ。市長!家賃はいくらです? あぁ、夢みたいだ!」ユボットは遠慮なくソファに寝転がった。

 船内はすべてがきらびやかで、実際光り輝いていた。照明が反射して宣伝写真のようにまばゆい。広さをたっぷりとっていて、家具はどれも手つかず。ユボットの興奮は分からないでもないが、一生揺れ続けるのは考え物だとハンマースは冷静さを取り戻した。

「それじゃ、いよいよいくぞ」市長の声に二人は背中からのぞきこんだ。エンジンのかかる音で少年の気持ちに戻ってユボットが叫ぶと二人もそれに続いた。体につたわる抵抗は意外に生々しく、ハンドルを握っている市長ならなおさらだろう。

 島は目の前に見えていたが、すぐには近づけなかった。波のせいなのか思ったより時間がかかる。自然の雄大さに触れると今回の船旅を少し甘くみていたかもしれないと反省した。三人とも声を失って島を見上げていた。

「これはちょっと手ごわいですか? 思っていたよりもずっと大きい。しかしこんなに大きいはずはないんだが」ハンマースは言った後で自分はひどいことを喋っていると思った。

「今日は実際に見れただけでも大収穫だ。こんなに揺れるとは思わんかった。」市長は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「ぐるっと一周してみましょう。ペンタクの言ってることが本当なら、どこかに一か所、人が登れる場所があるはずです」二人のしぼんだ雰囲気を察することもなくユボットが言った。

「ペンタクってのは、島に上がったっていう老人か。しかし船はどうする?」市長が振り返った。

「おそらく船もつなげるかと」ユボットは自信に満ち溢れて言葉つきまで変わっていた。

 そこまで言われては市長も同意するしかなかった。反対したらハンドルを取り上げられそうな予感がしたからだ。

 風切り音は吠えるようで、波が岩に砕け散る音を聞いていると心が掻き立てられた。その音は永遠に止むことがないという事実に気持ちの悪さを初めて感じたのだ。水平線の向こう、何もないゼロの風景に海鳥を探して首を振った。見渡す限り何もない。あまりの広大さに快感よりも不安の方が強くなっていく。船はゆっくりと旋回を始めた。

「ペンタクってのは何の目的で島に上陸したんだろう? 怪しくないか?」ハンマースは不満げに言った。

「そういや、何で行ったのか聞いてなかったかもな」ユボットは不安げにつぶやいたが、その声は風と波とエンジンの音にかき消されたようだった。

「ユボット、どうやってペンタクにたどり着いたんだ? まさか島に行った理由を聞かなかったなんて、そんなバカな話はないだろう。よく思い出してみてくれ」

 ユボットが黙っているのでハンマースも黙っていた。まさか、理由を聞かなたかったとは言えない雰囲気である。船は島の裏側にまわった。これは港からは真後ろで完全に見えない場所だ。可能性があるならここしかないと三人は思っていた。

 波は岩にぶつかり崖を登ろうとする生き物のようにさえ見えてくる。しかし、生き物なら永遠に岩にぶつかって死ぬことの繰り返しをするとは思えない。こういう光景を飽きずに眺めていることができる三人だった。船が揺れるにまかせて、三人は無言で海面を見続けていた。

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