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†天使の水†

作者: 白猫Shironeko



(あぁ……もう動けないや……もう少しでテーブルに……最後の角砂糖……手が届くのに……)




「私にも息子が1人いますけれど、自分のお腹を痛めて産んだ子をね?……何があったのかわかりませんが……同じ母親としてやり切れない憤りを感じます。全く理解が出来ません……」





(あ……テレビ点けっぱなし……独りだから……夜が寂しかったから……お母さんが帰ってきたら……怒られちゃうかな……)





「大人になってない奴が育児なんてしちゃ駄目だよ! 彼氏と旅行だ? なんだそれ!呆れて何も言えないね」





(え……3歳の子が……可哀想に……どうして連れてもらえなかったんだろう……ボクはお手紙読んだから……食べ物も…………あれ……画面の文字が……ぼやけて見える……視力……下がったのかな……)








ーーーー3日後ーーーー



ガチャ……パタパタパタ


「……!?……………」




(あっ……お母さん?……お帰りなさい……ボクね…お仕置き頑張ったよ……鎖につながれていても……泣かなかったよ………)






シュー……シュー……





(……お母さん?……何か作ってるの?)





シュー……シュー……






(なんだかボク……眠たくなってきちゃったよ……ごめんなさい……起きたら……)






シュー……シューシュー……





(お母さん……ボク……今度こそ……いい子に………お母さん………)





シューシューシュー……









「おいっ……おいっ!」



「………?」




「いつまで寝てんだ新人、ほら起きろっ!」




目が醒めると、ボクはとても古い外国のお城のような建物の中、温かい大きな石の上に横たわっていた。




「あの……ここは?」




「そんなことは考えなくてもいい。お前は与えられた役割を果たせばそれでいいんだ」



白いシーツのような布を体に巻いた人は、命令するような口調で、荒々しくボクの体を起こした。



「あの……役目って何ですか?……ボクが何かするんですか?……」




「まだ寝ぼけてんのか?左手に持ってるモノを、《ヒト》に渡してくるのがお前の役目。いくら我々が寝たら《内容》を忘れるようになっているからとは言え、大切なお役目まで忘れてはならない」




「左手?……」



すると左手の中に、水の入ったガラスのコップが急に現れてボクはとても驚いた。




「さぁ、急げ。ハクの時が近付いている。早く持っていくのだ」




「持っていくって、どこにですか?」




「あの明かりが行き先を案内してくれる、さぁ、急げ!」



その白い布を体に巻いた人が指を指すと、オレンジ色の明かりが、部屋から見える暗い廊下に次々と灯っていった。



ボクは全く訳がわからなかったが、とりあえずコップを持って向かうことにした。



廊下の中はヒヤッと冷たく、そして何故だか悲しくなる空気が充満していた。



次々に灯る明かりに注意していると、その中から数名の人の声が時々聴こえてくるのだが、ボクはそれに興味を示すことなく前に進んだ。



しばらく歩くと、先の方にとても大きな明かりがボッと灯るのが見えた。



(きっとアソコだ……)



ソコがこのコップを渡す部屋だと思った時、後ろの方から大きな声が聴こえてきて、ボクは立ち止まり後ろを振り返った。



「念の為に、中に入った時の注意事項をもう一度話してやる」



息をきらしたよう駆けてきた声の主は、ボクを起こした人だった。




「いいか。先ず、部屋の中では大きな声を出さぬように。《内容》を聴き、状況を見て揺れ動いたとしても、心を外に出してはならない。我々が声を出すと混乱を招くことになりやすいからだ」




「はい………」




「それからもう一つ。ソレを渡す時、絶対に《ヒト》の顔を見てはならない。もし《ヒト》がお前の顔を見ようとした時には、直ぐに目を瞑って心を塞げ。これはとても大切なことなんだ。わかったか?」




「はい…………」




イマイチ理由が飲み込めなかったが、そうした方がいいのだろうとボクは思い返事をした。



すると大きな明かりがオレンジ色から黒みがかった赤い色に変化し、いつの間にか、念を押しにきてくれた人はボクの目の前から姿を消していた。



(とにかく、このコップを渡せば役目は終わる…何も聴かないで何も見なければそれでいいんだ……)




赤黒い明かりが縦長に高く伸びると、重たそうな扉がゆっくりと口を開け、ボクを中へ招き入れた。






(何だここは…………!?)


天井から吊り下げられ、音が出る度に膨らんだりしぼんだりしている巨大な拡声器。



段違いの席に静かに座っている、白い仮面を被った黒マントの聴衆たち。



そして部屋の中央には、床の上を滑るようにクルクルと回る、白く大きなコーヒーカップ。



その摩訶不思議な光景にボクは一瞬困惑したが、(いや、今は役目を果たすことが大事…)

と思い直し、呼吸を整ええて、歩を少しずつ進めながら中の様子を伺うことにした。




プップププー!!




突然、天井にある巨大な拡声器から大きなラッパ音が流れた。


すると今まで微動だにしなかった白仮面の聴衆たちが、一斉にギギギと首を廻す運動しながら、少しづつ口を開き始めた。



…アリ…カナ…アリカモ…アリアリ…アリアリ




…ナシ…カナ…ナシカモ…ナシナシ…ナシナシ




その声は、首の回転が速くなるのと比例し、大きく高く速くなっていった。




…アリカナアリカモアリアリアリアリ!!



…ナシカナナシカモナシナシナシナシ!!




ボクはコーヒーカップの中に座っているモノのことについて、彼らはアリナシを考えているのだろうと思った。



でも拡声器からの声を注意して聴いてなかったので、アリナシの判断はボクには出来なかった。




プップププープププ

プップププー!!




ファンファーレのようなラッパ音が拡声器から流れると、黒マントに白仮面の聴衆たちは一斉に立ち上がった。



そして両腕を前に出し、何かを掴むような指の動きをすると、その手の中に大きな白いパンフレットのようなモノが瞬時に現れた。




…ゴジュンビヨウイ!!



子どもらしき声が聴こえたので天井を見上げると、巨大な拡声器はいつの間にか消えていて、代わりに白い布を纏い金の冠を頭に乗せた《小さきモノ》がフワリと宙に浮いていた。




(あれは……天使?)




ボクはそう思いながら見ていると、その《小さきモノ》は指揮棒を出し、聴衆一人一人の顔を見るように部屋の中を飛び回り始め、何周かした後、また中央の位置に戻った。



(何か歌うのかな……)






すると《小さきモノ》は、いつの間にか何メートルにも伸びた指揮棒をゆっくりと振り下げた。




ヒトニナルノカ

ナラヌノカ


オモテガウラデ

ウラガオモテデ

(オモテガウラデウラガオモテデ)


アルアルアルアル

ナシナシナシナシ

(アルアルアルアルナシナシナシナシ)


ノマセケツトリ

ハンダンスルノハ……


ホンノチョットノ〜

ピュア〜ココロ〜




素晴らしい混声合唱が終わると、聴衆たちはガクフを置き一斉に天井を見上げた。




ハイっ!!




すると聴衆の一名が大きな声を出して宙に浮いた。そして中央床に止まっている、大きな白いコーヒーカップまで勢いよく飛んで近付き、天井にいる《小さきモノ》の向かって右側に並んで止まった。




ハイっ


ハイっ


ハイっ




次々と聴衆らが手をあげて同じ動作をして、天井に向かって並んでいった



…ケッシュウ!!




小さきモノが指揮棒を上にあげると、左右に分かれて並んだ白仮面の彼らは、輪になって手を繋ぎグルグルと回転し始めた。


そして、その2つの輪の回転はだんだんと、最後には目に見えぬぐらいの速さになった。




…ケツハイカホド!!




《小さきモノ》が指揮棒を下に振ると、左右分かれた渦は一瞬にして巨大な白と黒の玉となって変化した。


そしてボクには、白玉の方が黒玉より若干大きく見えた。




…ケツ…ハクヲノマス!!



ハクヲノマス!!






《小さきモノ》がそう命令すると、それらのカケラは一瞬のうちに黒い仮面となり、それぞれに《ホンネ》を言いながら、パラパラと床に落ちて行った。




…あの時避妊してればよかったのよ



…元ダンナのDVのせいにすれば?



…やっぱり彼氏の方にいっちゃうよね



…鎖は悪趣味だよな



…もっと頭使ってヤレバ


…泣いて同情買うもよし


…若いからやり直しがきくわよ



…って言うか子ども嫌いだし




黒い仮面が全て床に落ちると、《小さきモノ》は両手を下へ向けた。

すると落ちた仮面が、また一斉に宙に浮いた。




…キヨラカナルモノヘ!



《小さきモノ》が天を仰ぐように顔と両手をゆっくりと挙げると、宙に浮いた仮面は黒いカラスに姿を変えて、一斉に天井へ向けて体をぶつけて行った。




…サア、キヨラカナルモノヘ!




もう一度《小さきモノ》が高らかに叫ぶと、天井にぶつかって弾けたカラス達は、徐々にに色とりどりの紙吹雪きとなって、部屋中をヒラヒラと悲しげに降り始めた。




(わぁ……キレイだなぁ)




鮮やかに乱舞する紙吹雪が、一枚また一枚とボクの左手の中にあるコップの中へ迷い落ちて、ぐるぐると廻っている。



ボクは紙吹雪の部屋に佇み、あることを考え始めていた。



本当の《役目》は違うのかもしれないということを……。



…ハクを中へ!!




天井からの紙吹雪きが全て舞い落ちて静かになった時、《小さきモノ》がボクに向かって高らかに叫んだ。




(とうとう来たか……)




ボクはようやく役目が果たせるのだと思い、緊張しながら階段を降りた。


しかし、床の上はボクの背丈以上の紙吹雪きがギュウギュウに敷き詰められていて、とても中へ進める状況にはなかった。



…中へどうぞ!!




《小さきモノ》が指揮棒で舞台を指すと、中央の部分だけ紙吹雪きの竜巻が起こり、コーヒーカップが姿を表した。




(中へと言われたってどうすれば……飛んでいくわけにもいかないし…)


ボクがそう思ってコップを見つめると、中の水が少しづつ左右に揺れ始めた。




…さぁ、中へ!




水の揺れがだんだんと高くなるのを見ていると、とても気持ちよい感触がボクの中に湧いて上がってきた。




(溶けたゼリーのような柔らかい波……この中で泳げたら気持ちいいだろうなぁ)




…中へ、中へ!!




《小さきモノ》が両手を上にあげると、コップの中の水は、音もさせずに天井の方までニョロリと伸びていった。




…さぁ、ハクを中へ!!


すると天井にいっぱい伸びた水は、膜を貼るように降りてきてスッポリとボクを包んだ。




(なんて気持ちがいいんだ……熱くもなく冷たくもない……)




トロリとした水の中で、ユラユラと体を浮かしながら、ボクはようやく気付こうとしていた。



この水がハクなのではなく、《ボクがハク》なのだと言うことを……。











…つまり、ヒステリーになった原因は男性だと?



「はい。生活費までギャンブルに使い込み、気に食わないことがあると家の中で暴れたり、お前とはヤル気はしないと他の女性の家に入り浸って、なかなか帰ってこないような男性との生活に心が荒むのは当然。

そんな中の子育ては、さぞ大変だったろうと思います」




気がつくとボクは、教室の中で席についていた。隣にはクラスメートには感じられない年上の女性が座っていて、何か感想らしきものを述べている。




…君はどう思う?



先生はポインターで指してボクに訊いてきたが、眠っていたようで答えようがなく、黙っているしかなかった。




…そうですか……それでは次の場面を見てみることにしましょう



先生がポインターでスクリーンを叩くと、画像が割れるように空中に飛び散り、また集まって一つの画像になった。




…これは《ヒト》が《シツケ》と言って、《小さきモノ》が3歳の時に一日中鍵をかけた部屋に閉じ込めている画ですが……じゃあ今度は君、君から素直に思うことを言ってみなさい




「あ……はい。ボクも小さい時、親に叱られて、物置小屋に数時間入れられて反省させられたことがありました」




…ではもし君がその物置小屋に、ずっと入れられているとしたら、何日間我慢出来るでしょうか?



「えっ?あの……たぶん1日も我慢出来ないと思います」




…では、隣の君はどうでしょうか?




「……シツケだと思って、出してくれるまで我慢すると思います」




……何日間もですか?




「はい……何日もです」




ゴンゴン……ゴン…ゴン




(あっ……まただ……)



その時ボクは、有り得ない回答者のことよりも、時折どこからか聴こえてくる何かをツツクような音がとても気になっていた。





…そうですか……では最後に動く画面を見てもらうと思います




そう言うと先生は、何メートルも伸びたポインターでスクリーンを三回叩いた。







…ボク……ボク、役目のトキです




(えっ………!?)



ボクが驚いてスクリーンを見ると、そこはあの聴衆席がある広い会議室が撮されていた。




…そうです、此処は……


先生が長いポインターでスクリーンを破ると、《小さきモノ》と大きな白い玉がボクの目の前に浮かんでいた。




ふと下を見ると、紙吹雪きに囲まれた白いコーヒーカップが見える。ボクはあの聴衆たちのように宙に浮いていると言うのか?!




「あの……ボクは……」



…大丈夫。状態を気にする必要はありません。君は君として思いを述べるだけでいい。但し隣にいる黒い鳥がいくら騒ぎ立てても決して見ないように……




《小さきモノ》がそう注意すると、どこかをツツク音が部屋中にこだまし、布団を叩く音よりも大きな羽ばたく音がボクの隣にやって来て止まった。


あまりにも大きい羽の音に巨大な鳥がいるのだろうと、絶対に見ないよう心に誓った。






…それでは始めましょう。本当の君で話してください。



《小さきモノ》はそう言うと、両手を広げて大きな白い玉に抱きついた。




…世の刹那を覚えよ!!



《小さきモノ》はそう叫ぶと、中へ吸収されるように消えていった。そして大きな白玉は餅がのびるようにの前後左右にぐいぐいと伸びていき、やがて部屋いっぱいの大きなスクリーンへと形を変えた。







「あぁ……もう動けないや……もう少しでテーブルに……最後の角砂糖……手が届くのに……」




(…これは………!!)





「あ……テレビ点けっぱなし……独りだから……夜が寂しかったから……お母さんが帰ってきたら……怒られちゃうかな……」






スクリーンに映し出したのは、ボクが今日観た夢のものだった。




(そうだったのか……)


ボクは隣の鳥がヒステリーを起こしたように騒ぎ立てるのを耳にしながら、《本当のボク》と闘うことを覚悟して、スクリーンを静かに見みつめた。









「私にも息子が1人いますけれど、自分のお腹を痛めて産んだ子をね?……同じ母親としてやり切れない憤りを感じます。全く理解が出来ません……」




「大人になってない奴が育児なんてしちゃ駄目だよ! 彼氏に捨てられたくないから?? なんだそれ!呆れて何も言えないね」




ピピーッピピーッ!




「あっと、中継が入ったようです。裁判所前の鳥越さん?何か進展はありましたでしょうか?」




「はいっ!今、主文が後回しにされたもようです。!主文後回しです!被告はしっかりと前を見て裁判長の話を静かに聴いているようです」




「テロップが今出ましたね。主文後回しと言うことは北野さん……」




「そうですね……極刑と言うことなのでしょう。今回は計画的な犯行の上、人間とは思えない稀にみるものでしたから……」







確かにボクはシツケとしょうして竹刀で叩いたことが何度かあった。



感情に任せて叩いたこともあったが、君が悪いことをしたからだと言い切ってたんだ。


怒るのではなく、叱れなかったボクも親失格なんだよ。



家のことは母さんに任せっきりで、仕事にかまけて君が何を悩み何を望んでいたなどと考えてあげれる時間を作ろうともしなかった。

シグナルに気付いてあげれることが出来なかった。



あと一年、いや半年早く君を見つけていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。



なんと世の中は刹那なのであろうか……。

如何なる理由にせよ、人が人を殺めることはしてはいけないのに、法を使い刑と言う名のもとに殺めを行使決定するのも、また人であるなんて……。


あの夢はあの子が見せたのか、君が見せたのかはわからない。



しかし、長年の家出で死亡届けを出した事に絶望し、いろいろな名前に自分を変えながら生きてきて………今日こうして、《罰するモノ》と《罰せられるモノ》としてだが、親子の対面を果たすことがようやく出来たんだ


あのコップの水は………天使からの慈悲の涙だったのかもしれないな……









主文……被告は親としての自覚と役割を喪失し、生命の尊厳を踏みにじる極めて許し難い残虐な行為を犯しました。



確定的殺意を有し、実子である三男、次男、そして長男を、次々にあえて放置をして、深刻かつ重大な結果に至らしめたものであります。



弁明に際しても、不合理な理屈に終始し、非人間的な行為を正当化する態度は………




†天使の水†


( 終わり )



主文……被告は親としての自覚と役割を喪失し、生命の尊厳を踏みにじる極めて許し難い残虐な行為を犯しました。



確定的殺意を有し、実子である三男、次男、そして長男を、次々にあえて放置をして、深刻かつ重大な結果に至らしめたものであります。



弁明に際しても、不合理な理屈に終始し、非人間的な行為を正当化する態度は………




†天使の水†


( 終わり )



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