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オモテ男子とウラ彼女  作者: 葉之和 駆刃
第一章 異世界
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第七話 『違和感』

 ヒカルは初めてメイド服を着た。それもそのはず。元の世界では、良たちとメイド喫茶に行ったことはあったが、自分がメイド服を着る日が来るとは思ってもみなかった。少し、いやかなり恥ずかしかったが、真理子には似合っていると言われた。

 ヒカルは、少々気味が悪かった。異世界に足を踏み入れたことに対し、未だに心の整理が出来ていないというのに、更にこのような事態になり、頭が本当におかしくなりそうだ。このような姿、絶対に知り合いには見られたくない。ヒカルは、そう強く思った。


 ここの従業員は、真理子の他にも数人いて、どれも学生から応募したようだった。良は、真理子にこの店のことについて質問したりしている。ヒカルは心が男だと気づかれないように、昨日の夜は映画などを見て、女性の振る舞いや言葉遣いなどを勉強した。本音を言うと、このようなことは気が進まないが、親の仕送りだけに頼るとなると、どうしても生活がギリギリになる。それ故、仕方がないと思うことにした。


 開店までには、まだ時間がある。とはいうものの、特にすることはない。ヒカルはその間に、真理子に色々と質問してみた。まず、店長についてだ。真理子に、店長は貴女かと尋ねると、真理子は違うと答えた。

 ここの店長は男性で、週に一度だけ店に顔を出しに来るのだという。店長が毎日出勤して来ないのはどうかと思ったが、それにはちゃんとした理由があるようだ。ここのメイド喫茶はある会社によって運営され、そこの社員が掛け持ちで店長をしている。それ故に、会社の仕事が手一杯の時は、店員だけで店を営業しているのだという。更に、何故この店に来たのかと尋ねたところ、真理子は黙っていた。


 やがて十数分が経過し、店の開店時刻となった。


「じゃあ、今日からよろしくね」


 真理子は、そう言うとシャッターを開ける。

 ここは、非常にわかりにくい路地の真ん中にあるため、客なんか滅多に入らないのではないかと思っていたが、実際はそうでもなかった。開店から約五分後、男性客が二名、扉を開け入ってきた。いかにも、アキバ帰りといった格好で、手には紙袋をいくつか持っている。きっと深夜に出かけて、早朝のイベントにでも参加して帰ってきたのだろう。真理子が二人を迎え、


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 と挨拶し、頭を下げる。他の店員たちも、同じことを言って頭を下げた。ヒカルが客として来ていた頃、このようなことを言われても戸惑うのは最初だけだった。二度目以降は、リア充になったように気持ち良かったのを覚えている。しかし、店員の立場になってみてみると、それは異様な光景に見えた。

 二人は、アイスコーヒー、抹茶ラテをオーダーした。飲み物を入れるのも、すべてメイドたちの仕事だ。真理子は、飲み物を客に運ぶようヒカルに指示を出した。他の飲食店と同様、スピードが命であり、一秒でも遅れては客に迷惑をかけてしまう。


 ヒカルはテーブルに注文通りの品を持っていくと、一人の男が言った。


「君、可愛いね。新入り?」


 ヒカルは、それを無視した。すると、真理子に注意される。普通のカフェとは違う点を挙げるとすると、ここは接客も大切だということだ。商品を持っていった際、必ずやらなければならないことは、客に笑顔を振りまくこと。つまり、また来てもらえるようにするには、場の雰囲気を和ませる必要がある。


(そんなこと言ったって俺、面白くもないのに笑えないし)


 そう思ったが、ヒカルは文句を言う気にもなれず、


「わかりました」


 とだけ言うと、軽く受け流した。その時に、同じ従業員たちから冷たい視線を感じた。それでもヒカルは、この場を乗りきって見せようと、次の指示が来るまで隅で待機した。


 最初の客が帰っていくと同時に、次々と人が現れる。昼前までに、十組ほど来店してきた。時間が経つにつれ、忙しくなる気がした。良は、真理子からフロートの入れ方を教わっている。

 ヒカルはといえば、テーブル拭きや床のモップがけ、いわゆる雑用ばかりが回ってくる。それでも、仕事が回ってくるだけ有り難いと思うことにした。周りから見れば、笑わないヒカルは使いづらいのだろう。ただし、与えられた仕事は特に着実に熟していった。


 店は夜の十時までだが、流石に閉店間際になると客足はパタリと止み、店の前を通る人もいなくなった。良は、やりきったというような顔で寛いでいた。店が閉まった後、真理子は紙に何かを書きこんでいる。


「何ですか、それ」


 ヒカルが尋ねると、真理子は答えた。


「成績表」


 そうだ、ここは順位によってもらえる金額が違うのだ。より頑張った者が多くもらえて、あまり頑張らなかった者は少ししかもらえない。何故そんなシステムにしたのかは聞いていないが、あまりにも不公平ではないかとヒカルは思った。そう言っても多分、聞いてくれずに適当に流されるだろうと思い、ここは言わないことにした。


 ヒカルが更衣室で着替えていると、良が来て言った。


「なぁ、これからどっか飲みに行かね?」


 前から思っていたことだが、良が何故こんなにあっけらかんとしているのか、ヒカルには不思議でならない。


「なんでお前、そんなに平気なんだ?」

「なんで……、って?」


 良もまた、不思議そうな目でヒカルを見つめ返してくる。性別が変わっているのだから、普通の人間ならば少なくとも数週間は戸惑いを隠せないだろう。それなのに、何故そんなに平気でいられるのか理解できなかった。良にとっては、単なる遊びなのかもしれない。しかしヒカルは、黒岩に言われた通り、異性の気持ちになって考えることで、元の世界に戻った後、異性と付き合えることが出来ると信じていた。いや、信じるしかなかったのだ。


「ごめん、また今度な」


 ヒカルは良の差を異を断ると、良を残して部屋を出た。裏口から帰ろうとすると、そこで真理子に遭遇した。真理子は、


「今日はお疲れさま。気をつけてね」


 と、優しく言った。ヒカルが浮かない顔をしていると、何かあったのかときいてきた。しかしルール上、本当は男だということを隠しておかなければならない。そこでヒカルは、ある嘘をついた。


「友達とうまくいってないんです」

「友達って、一緒に入ってきた子?」

「え? あ、はい。まぁ……」

「でも、仲良さそうに見えたけど。もしかして、今日のこと?」


 真理子も、ヒカルにだけ雑用ばかりさせていたことを自覚していたのか、そう申し訳なさそうに言う。


「いえ。ちょっとしたことなので、気にしないでください」

「そう……、でも何かあったら相談してね」

「はい」


 真理子に優しくされ、少し元気を取り戻したヒカルは店を出た。自分が真理子と話している間、良はあの部屋で何を考えていたのだろう。ヒカルは夜の道を歩きながら、あの時のことを思い出していた。



 家に着くと、ネットで今日の店のことを調べてみた。今までは知らなかったが、口コミなどでは評判がよく、わざわざ探しに来る人もいるのだという。道理でわかりにくい場所にあるにも拘わらず、客が頻繁に訪れたわけだと、その時に感心した。昔は今よりもっと客が来ていたというのだから、あの狭い店に入りきるのだろうかとも思った。どう考えても十席ほどしかなく、入ったとしても四、五十人くらいだろう。


 バイトをやって、少しは女性らしい雰囲気を味わえたことに喜びを覚えた。そしてふと、良の顔が頭に浮かぶ。本当に良は何故、この世界に来たのだろう。

 ヒカルは立ち上がり、タンスの引き出しを開け、そこから一枚の紙を取り出す。そこには、女の自分が高校生の時に立てた目標が書かれていた。その一番最後の行には、「彼氏が欲しい」と書かれ、更にその横にバツがつけられている。顔が良いだけでは、人は寄ってこないのかと、その時に初めて気づかされた。


 ヒカルは、そっと部屋の窓を開けた。都会のキラキラした明かりが、ヒカルの瞳に映し出される。今頃、街ではリア充たちが行き交っているのだろうか。それを思うと、悲しくなるだけだった。いつかは自分も、そう思い続けているだけでは、決して報われないのだ。向こうの世界で幸せを手にするためには、女性の気持ちを理解し、それを参考に異性との付き合い方を学ぶことが最も着実な近道だ。それまでは、何が何でも元の世界に帰るわけにはいかなかった。

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