第五十一話 『合コン』
数日が経ち、ついにこの日が来た。
手帳を開くと、今日の日付のところに「合コン」と書いてある。ヒカルにとって、人生初となる合コンだ。行くとは言ったものの、出かける前からかなり緊張している。何しろ、初めてのことなのだ。良の話では、飲食店に集まって楽しく会話するというだけらしいが、本当にそれだけだろうか。ヒカルは、今から不安を抑えられなかった。
そわそわしているヒカルを、ヒカリは不思議そうに見つめている。
「どうしたの?」
「あ、いや、べつに……」
ヒカルは、慌てて誤魔化した。無論、ヒカリには合コンの話などしていない。ヒカリはいつも通り、バイトに行く支度をしていた。
そんなヒカリに鍵を渡しながら、
「あ、今日俺遅くなるから、晩飯先に食っててくれ。昨日の残り、冷蔵庫に入れてあるから」
と、ヒカルは告げるが、彼女は首を傾げている。
「何かあるの?」
不安そうに言うヒカリを見て、ヒカルは何と説明しようか、内心すごく焦ってしまった。
「あ、大した用じゃないんだけど、大学のやつから飲み会に誘われてさ……」
ヒカルは、なるべく自然な理由にしようと考えた。しかし、ヒカリは「私も行きたい」というような視線を送ってくる。これは、失敗だったかもしれない。
「いや、でも、楽しくないぞ? 第一、男ばっかりだしな」
ヒカルが言うと、ヒカリの表情は更に曇っていく。考えてみれば、ヒカルがいない間、彼女はまた一人ぼっちになってしまうのだ。そう思うと、ヒカルは急に心苦しくなった。どうにかして、彼女を笑顔にしたい。
「じゃあ……、こうしよう。今度、二人でどっか食べにいこう。そうだな、じゃあ明後日の誕生日に」
明後日は、二人の誕生日だ。ヒカリも納得したように、笑顔で頷いてくれた。ヒカルも安心し、出る支度を始めた。合コンともあれば、適当な服は着て行けない。
ヒカルは、クローゼットから箱を取り出した。以前、実家から母親が送ってきてくれたものだ。その中に、今まであまり着ていなかった服が結構あった。シワも少なく、上等な生地でできた洋服。ヒカルは、これまで存在すら忘れていた。ヒカルはそれに袖を通すと、鏡を見てみた。やはり、普段着よりもしっかりして見える。
その後、鞄に財布や携帯などを入れ、ヒカリに一言声をかけてから部屋の戸を開けた。秋も深まり、昼間なのに少し肌寒く感じられた。駅まで歩いていき、そこで良と合流する約束をしている。まだ時間には余裕があるが、ヒカルは駅に向けて足を進めた。
駅に着くと、真っ先に良が声をかけてきた。
「よう、早いな~。もしかして、楽しみだったとか?」
早速、良が冷やかしてくる。緊張しているが、ヒカルはこの日を楽しみにしていたのだ。やはり初めてということもあり、顔にはあまり出さないものの、自分でも相当テンションが上がっていることを悟る。二人は、電車に乗った。集合場所の飲食店は、二つ先の駅を降りてすぐのところにあるのだ。
「いやぁ、これで俺もついにリア充デビューかぁ」
良が、車内のポスターを見ながら呟く。近くにいる人にも聞き取れるレベルの音量だったため、ヒカルは顔から火が出そうになる。右肘で良の左腕をつつき、合図を送った。良も、それを受けて理解したようだ。
ところで、今日の合コンではどのような子が来るのだろう。
「それよりさ、お前、気になる子とかいんの?」
気になったヒカルは、小声で良に話しかける。
「あぁ。すげー可愛んだぜ。この間行った時も、俺の話真剣に聞いてくれてさ~」
活き活きと話す良を見て、ヒカルはこの男は本当に良なのだろうかと疑ってしまった。リア充駆逐隊の隊長的存在であり、リア充を見かける度にちょっかいを出していたあの時の良とは、まるで別人だと思った。人間というのは、ここまで変わるものなのかと、感心すらした。ともあれ、ヒカルにとっても、やっと運が向いてきたといった感じだ。
これまでは「リア充駆逐隊」という肩書きがあったから、思うように恋愛も出来なかった。あのサークルに所属しているというだけで、「一生恋が出来ないやつ」というレッテルを貼られてしまっていた。それは、ヒカルにとってもかなり重いものだった。そんな日常から、早く抜け出したかったのだ。
ヒカルは直接的には関わらなかったが、良たちのとってきた行動は、かなり卑劣なものだった。楽しそうにするカップルを罵るだけなら、まだ良かった。ヒカルが見てきた中で一番酷かったのが、まずターゲットとするカップルを決め、女子の方の鞄の中にこっそり蛙を忍ばせておく。次に、彼氏が彼女の鞄に蛙を入れるところを目撃したという、嘘の噂を学内に流す。そして、蛙を発見した彼女は彼氏に絶好宣言をするというものだ。結果、その二人は別れてしまった。その様子を、陰で喜んで見ていたのが、ヒカルを除くリア充駆逐隊のメンバーだった。その中心に、いつも良がいたのだ。
何故そこまでするのか、ヒカルには意味不明だった。だから、良がこんなに恋愛に対して前向きでいることが、ヒカルは未だに信じられなかった。
「どうした?」
黙っているヒカルのことが気になったのか、突然良が話しかけてくる。ヒカルは驚き、思わず言ってしまった。
「良……。お前、変わったよな」
それを聞いた良は、キョトンとしながらヒカルを見つめている。
「……そうか?」
良は、自分では気付いていないようだ。この分だと、あの頃のことは全く反省していないだろう。それでも良が変わってくれたことが、ヒカルは嬉しかった。これでようやく、気兼ねなく恋活が出来るようになったからだ。
ふと、今日のスケジュールを確認しようと、ヒカルは鞄に手を突っ込んで手帳を探した。しかし、いくら探しても見つからない。ここで、ハッと思い出した。出かける直前、手帳を開いて机の上に置き忘れてしまったのだ。それでも、今日の予定は頭に入っているので特に問題はない。しばらくするとアナウンスが流れ、電車が停車した。そこで二人は降車し、待ち合わせ場所に向かった。
店に着くと、中では数人の女性が楽しそうに談笑していた。良は、その群れに近づいていき、
「お待たせ」
と、声をかける。
「もう、遅い~」
「何してたの~」
女性たちは、そう口々に言った。しかし良は、何食わぬ顔で群れの中の一席に腰を落とした。それを見て、ヒカルはとても気まずくなってしまった。完全に、輪の中に入るタイミングを逃してしまった。そんなヒカルを無視して、良は勝手に女性たちと仲よく会話を始めている。
もう帰ろうかという考えが脳裏を過ぎった時、良がヒカルのことを呼んだ。ヒカルは、仕方なく良の側へ寄った。
「紹介するよ。俺の友達のヒカルだ」
全員に良が軽くヒカルを紹介すると、ヒカルも羞恥を堪えて隣の席に腰を下ろす。本気で帰りたかった。
次に、女性たちが順番に自己紹介していく。そのタイプは様々で、金髪のギャルもいれば、黒髪ストレートでおとなしそうな人もいる。良は、この全員とネットを通じて友達になったのだろうか。どのような経緯で知り合ったかまでは聞いていないが。たいしたものだとヒカルは思った。
その後は、良が率先して話題を振っていた。良は、コミュニケーション能力は高い方だ。上手くやれば、好きになってくれる女性も多いはずだ。リア充駆逐隊など結成せずとも、その気になればいつでも恋愛出来たのだ。そんなことを考えながら、ヒカルは良たちの話を聞いていた。
すると、女性の一人がヒカルに話しかけてきた。
「ねぇ、ヒカル君は大学では何やってるの?」
突然話しかけられ、ヒカルはドキンとした。鼓動が、自分の耳にも伝わってくる。相手の女性は英子といい、金髪でパーマをかけ、耳には色々な色のピアスをしている。ヒカルにとっては、一番苦手な相手だ。
「えぇっと……、その……」
「何もしてないの?」
「はい……」
「サークルとかは?」
「入ってないです」
英子は「ふ~ん」というような顔をした後、こんな質問をしてきた。
「じゃあ、家では何してるの?」
「ゲームとか……」
それを聞いた瞬間、
「えっ、もしかしてオタク?」
と、英子は身を乗り出し気味にきいてきた。ヒカルは何と答えたら良いかわからず、少したじろいだ。英子の目は、何故か興味津々の色が窺える。もしや、オタクに興味があるのだろうか。
「どんなゲームするの?」
いきなり急接近され、ヒカルは居たたまれなくなった。
「ヒカルは色んなゲーム持ってるんだぜ。かなりやり込んでるからな」
また、良が余計なことを言った。すると英子だけでなく、他の女性たちもヒカルに興味を示し始める。
「そうなの?」
「それって、私の知ってるやつ?」
この女性たちも、見た目によらずオタクなのか。良の友達なのだから、きっとそうなのだろうとヒカルは何故か納得した。
それから色々な質問に対して適当に答えつつ、ヒカルは場を凌いでいった。やがて、話は全く別の方向に進み、その後は良が中心となって話を進めていた。ようやく、ヒカルの心にも余裕が出来た。
ヒカルは、良の話を聞きながらジュースを飲んでいた。そこに、誰かの気配を感じた。気になって横を見ると、隣に一人の女子が座っている。ヒカルから見て、自分よりも年下のようだ。彼女は、じっとヒカルのことを見つめてくる。ヒカルはたまらず、
「何?」
と尋ねると、その女子は言った。
「お話……、いいですか?」
しばらく、ヒカルは緊張して何も答えられなかった。




