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謎は謎のままに  作者: 村崎羯諦
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加賀なつみのケース⑤

 何も起こらないまま、問題の放課後がやってきた。加賀なつみからの呼び出しまで少しだけ時間が残っているが、まだ告白を阻害した原因について何も判明していない以上、どのような行動を取ればいいのかは不確定だ。


「とりあえず、町岡の行動に身を任せてみるかな……」


 しかし、俺が独り言をつぶやいたその時、自分が持つ携帯の着信音が聞こえてきた。俺は教室の外に出ながら携帯をとると、その相手は平島だった。平島はいたく興奮しているのか、俺が電話に出た瞬間から早口でまくし立ててきた。俺はとりあえず落ち着けと平島をなだめながら、何が起こったのかを尋ねる。


「生物部の部室が、なんかもう、めちゃくちゃにされてて……! とりあえずここに来てください!」


 平島に言われるがまま俺は急いで生物部の部室に向かった。生物部は第二科学室を部室として使用していて、人通りの少ない、校舎別館の一階に位置していた。俺が第二科学室にたどり着くと、その入り口には平島が立っていて、俺の姿を確認するなり慌ててこちらに駆け寄ってきた。

 そのまま平島は俺の腕をつかみ、第二科学室の中へと俺を引き入れる。そして、その教室の中はまさに見るに堪えないありさまだった。


「なんだ……これは」


 俺の目に飛び込んできたのは、窓台の上で粉々に砕かれていたガラスケースだった。その破片は縦に長い窓台の全面に散らばっており、もともとそこに並べれらているはずのガラスケースは一つ残らず粉砕されているようだった。ガラスの破片は水に濡れ、窓から差し込む西日によって細やかな光を放っており、その光景は一瞬見とれてしまうほどに幻想的だった。しかし、俺はそのガラス片の上、そして窓台の下に散在していたある物体を見て思わず顔をしかめてしまった。ガラス破片の近くには、おそらくガラスケースの中で平和に飼育されていた魚やらの生物が無残に死骸の周りにはもあちこちに横たわっていたのだ。

 多くの生物がガラスケースから放り出されながらも、弱弱しく身体をぴくぴくと動かしていた。しかし、中には全く身体を動かさずにいる生き物もいて、さらにはそれ以上に残酷な姿となり果てたものもいた。俺はそのうちの一つにそっと歩み寄る。そいつはおそらく観賞用の魚か何かで、黒い窓台に原型がわからないほどペッシャンコの状態で押しつぶされていた。その周りには粘度の強そうな赤い血が広がっており、それが今回行われた行為の残虐性を明瞭に表していた。


「終礼がなってすぐに、走ってこの部室にやってきたんです。あ、もちろん私がじゃなくて、田中真由美がですよ。そしたら、もうすでにこんな悲惨な状況になってて……」


 俺は平島の話に耳を傾けながら、散らばったガラス片をじっと注意深く観察する。そしてさらに、その下の窓台につけられていた傷に目を凝らした。


「ガラスの破片が一つ一つ大きい。それに……窓台にちょっとしたへこみがあるな。推測だけど……犯人は何か固い棒かなにかでガラスケースをたたき割っていったんだろうな。ご丁寧に一つ残らず」

「だ、だけど、一体なんで?」


 俺はへこみの部分を注意深く観察しながら答える。


「さあ」

「さ、さあってママタビくん……。そんな人ごとみたいに……」


 俺を非難するような口調でつぶやいた平島に向き直り、俺は肩をすくませて言った。


「実際、他人事に過ぎないしな。今の俺たちにとって、誰が何の理由でこんなことをしたのかなんてどうだっていいんだ。それよりずっと大切なことがあるだろ?」

「た、大切なことって?」

「おそらく、この事件のせいで加賀なつみが告白をできなかったということだ」


 俺の言葉に平島があっと小さく声を漏らした。


「加賀なつみは今日の六時過ぎ、この別館二階にある第二音楽室に町岡聡を呼び出している。そしておそらく、時間をつぶすためかその前にこの部室に来たんだろうな。そして、この惨状を目の当たりにする」

「確かに、部員である加賀さんにとっては一大事件ですからね。告白云々言ってる場合じゃないですよ。そして、この対応に追われている間に約束の時間に遅れてしまったと……。でも、それならまた別日に告白すればいいじゃないですかねぇ」


 俺は首を横に振りながら言った。


「いや、もしかしたら今日がラストチャンスだったのかもしれない。色々理由は考えられるな。約束をすっぽかしてしまったことでもう一度告白する勇気がなくなったとか。あるいは、町岡に彼女がいることを知ってしまったりとか……」

「まあ、そうですね。加賀さんは今日という日に告白できなかったことを後悔している様子ですし、理由は特定できないにせよ、とにかく今日の放課後に告白させてあげないと」


 平島の言葉に俺はうなづき、何気なしにそこら辺を歩き、惨状をもう一度確認してみる。

 砕かれたガラスケースはおよそ十個ほど。ガラスの破片はどれにも緑色のこけはついておらず、生物部が日頃から丁寧に掃除を行っていたことが見て取れる。事情があってやったとはいえ、そのようなガラスケースをこれほどまでに豪快に破壊してしまう思い切りの良さに俺は一周回って感嘆してしまう。

 さらに続けて俺は窓から科学室の外を見てみた。窓からは大きな木が何本も植え込まれているのが見え、さらにその向こうには校内と校外との境界を示す高さ二メートルほどの壁があった。たとえカーテンが全開の状態で犯行が行われたとしても、こちらの方から目撃されてしまう恐れはなかったはずだ。


「とにかく、私はどうにかして加賀さんにこの惨状を知られないようにしてみます」


 独り言のようにつぶやいた平島に俺はちらりと視線を送る。


「そういえば、田中真由美と加賀なつみは同じクラスじゃなかったか? それなのにどうしてお前だけ終礼後すぐにここに来たんだ? 一緒に来ればいいのに」

「それは……正直わかりません。私はただ田中真由美の行動に身を任せただけですから。忘れ物か何かを取りに来ただけなのかもしれなませんね。……でも、本当よかったです。もし、加賀さんと一緒に来てたら、告白させてあげることが難しくなってしまったでしょうし」

「確かにな。まあ、理由はともあれラッキーって感じか」


 平島は俺の相槌にうなづき、さらに言葉を続けた。


「とにかく、今の私の役割は加賀さんにこの部室が荒らされたということを告白まで隠し通すことですね。でも、もうすぐここに来そうですし、どうやって引き留めれば……」

「こんなんはどうだ? 俺がいち早くこの部室に立ち寄って、約束の時間を早めるようにお前に伝言を渡したってことにするのは」


 俺の提案を吟味した後、平島は小さくうなづく。


「いいですね。私が部室の外か、本館との渡り廊下で加賀さんを捕まえれば、そのまま科学室を経由せずに第二音楽室に向かわせることができますし……。よし、じゃあそんな感じでやってみます」


 俺は今からすぐに第二音楽室に行くと平島に告げ、第二科学室の外へ出た。そして、昨日のうちに調べておいた音楽室の場所を思い出しながら、階段を登り二階に向かった。しかし、階段を登り切り、二階の廊下にたどり着いたその瞬間、偶然目の前を歩いていた男子と鉢合わせる形となった。そして、その男は俺を見るなり驚きの表情を浮かべ、叫んだ。


「ま、町岡! なんでお前がここにいるんだよ」


 胸元にローマ字で藤田、と大きく書かれたサッカー部のユニフォームを着たその男は、そのまま俺の方に近寄り、疑わし気な目で俺の顔をじっと見つめる。うっすらと額に汗を浮かべ、よほど驚いているのか顔はうっすらと赤みがかっていた。


「な、なんだよ。俺がどこにいようと俺の勝手だろ」


 俺は昨日一日で覚えた町岡の話し方で返事をした。だからこの藤田が俺の言動を不審に思うことはないはずだ。しかし、それでも納得がいかないようで、依然として藤田は俺をじっと見つめ続ける。

 俺は今、流れに逆らい自分の意志で行動している。つまり、町岡を演じきれていない。このまま会話を続けてぼろが出てしまうことを恐れた俺はその追求を逃れるように、「それじゃ」とだけ告げて藤田と別れようと試みた。しかし、その時聞こえるか聞こえないかの音量で藤田はぼそっとつぶやいた。


「お前、今から第二音楽室に行くんじゃないだろうな?」


 その言葉に俺は身体を強張らせる。そして、藤田の目をまじまじと見つめた。


「なんで、お前が知ってんだよ」

「お前の彼女さんから聞いたんだよ……」


 藤田は歯切れ悪く答える。なんで沙希が、と独り言のようにつぶやく俺を藤田はきっとにらみ返し、進行を邪魔するかのようにそのまま廊下のど真ん中に仁王立ちした。


「と、とにかく。彼女もいるんだから、町岡は言っちゃ駄目だって。ほら、本館の方へ戻ろうぜ」

「別にお前には関係ないだろ。それに告白されたとしても、ちゃんと断るって決めてるし」

「な、何言ってんだよ。お前、昨日中川に行かないようにって念を押されたんだろ?」

「なんで、そこまでお前が知ってんだよ……」


 藤田はまるで聞く耳を持たないまま必死に俺の行く手を阻もうとする。俺はそれを見て今日一番の大きなため息をついた。


「仕方ないな……」


 俺はそうつぶやくと周囲に誰もいないことを確認しながら、ゆっくりと藤田に近づいた。藤田も俺の行動予想外だったのか、少しだけ気おくれしたような気配を見せる。そして俺は十分に近づいたところで左手を藤田の右肩に乗せた。何が何だかわからず、困惑の表情で俺を見つめる藤田に少しだけ微笑みかけた後、俺は藤田のあごを横から思いっきりぶん殴った。インパクトと同時に藤田の身体は左方向へ倒れ込み、そのまま動かなくなった。

 俺はずきずきと痛む右手をさすりながら、あたりを見渡す。どうやら誰にも見られずに済んだらしい。俺はすぐさま動かなくなった藤田を引きづり、一番近い部屋へと連れ込んだ。部屋の隅に藤田を寝かしつけたのち、俺は念のため藤田の目を強引に開け、瞳孔を確認してみた。死んではいないようだ。まあ少なくとも、加賀なつみの告白が終わるまで起きることはないだろう。

 所詮目の前に転がっている藤田もまたフィクションに過ぎないわけだが、行動やリアクションは現実世界にいる藤田と全く同じものなのだ。結局この世界をおさらばした後にはすべてが消えてなくなるとはいえ、やはり人を理不尽に殴り、気絶させてしまうことには罪悪感を感じてしまう。

 しかし、今は感傷に浸っている暇はない。俺はその教室を出て、待ち合わせ場所である第二音楽室へと向かった。

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