加賀なつみのケース④
「町岡君って彼女持ちだったんですね。それを知らず加賀さんはラブレターを出してしまったと……」
平島の言葉に俺は気だるげにうなづく。
昼休み。俺と平島は今、誰からも見られることのない校舎の片隅で隣り合って座っている。しかし平島と言っても、今の平島は田中真由美の姿をしていた。
田中真由美は加賀なつみと同様、地味でどこか大人し気な雰囲気をしている。髪はミディアムで、きちんとした手入れをしていないのか、遠くからでも枝毛が目立って見える。容姿もこれといって特筆することもなく、彼女のことを可愛いと呼ぶ人は少ないだろうという印象だった。
平島は自分のぼさぼさの髪を憂鬱な表情で触りながら言葉を続ける。
「ということは、加賀さんの告白が成功しなかった理由って、町岡君が第二音楽室に来てくれなかったからですか?」
「いや、それは違うだろう」
眉をひそめる平島に俺は説明する。
「事務所で話を聞いた時、加賀なつみは何らかの事情があって告白ができなかったって言っていただろ? あの口ぶりじゃ、その原因は町岡ではなく加賀の方にあったって感じがする。それにだ。昨日一日町岡を演じてみて思ったんだが、町岡は実際に第二音楽室に行っていたような気がするんだ。なんか、そういう男のような気がする。昨日ラブレターをもらった時もまんざらではなかった感じだったし、今朝に至っては、親から注意されるほどに長い時間をかけて髪の毛をセットしていたしな」
最低の男ですね、と平島は呆れた口調で答えた。俺は同意するようにうなづいた後、平島に加賀なつみと田中真由美の接点についてわかったかどうかを尋ねた。
「はい、私なりに色々頑張った甲斐もあって、色々と情報が集まりました」
平島はその質問を待ってましたと言わんばかりの口調で喋り始めた。
加賀なつみと田中真由美は同じクラスであるだけでなく、同じ生物部に所属しているらしい。その上、共通の趣味を持つ加賀と田中真由美は部活動外でもよく行動を共にしていて、押しも押されぬ親友関係なのだと平島は述べた。
「実際、昨日も加賀さんと部室でおしゃべりしたり、その後一緒に下校したりしました。それと、会話の中身から察するに、田中さんが今回の告白を後押ししたようですね。下校中の話題もそれでもちきりでしたし」
「なるほどねぇ。ま、雰囲気が似た者同士だし、意気投合するんだろ。それで、加賀が告白できなくなる原因についてはなにかわかったか」
平島は首を横に振る。何でも昨日の時点では、決意を一層固めていたらしく、よほどの心境の変化が起こらない限りはきちんと告白を遂げる気まんまんだったらしい。
「やっぱり、放課後かその直前に何かが起きると考えた方がいいかもな。そういうわけだし、そろそろクラスに戻るか」
そう言って俺が歩き出そうとしたとき、平島が慌てて俺に質問を投げかけた。
「あの、マタタビくん。この昼休みで私は田中真由美の流れに逆らった行動を取っちゃったんですけど、大丈夫ですかね? 実はさっき、担任からお手伝いを頼まれたんですけど、それを断ってここに来たんです。因果律が実際とは大きく変わっていたりとかしてませんよね」
平島の不安げな様子に俺は腕を組みながら答えた。
「まあ、昼休みをつぶすくらいならそれほど心配ないだろ。少しくらい流れが乱されても、可能な限り元の流れに修正されるシステムになってる。もちろん昼休み中の田中真由美に何かとんでもないイベントが本来起きていて、それを見逃したらとしたら話は別だけどな。まあ、そん時はそん時だ。とにかく」
俺は一旦咳ばらいをしてから言葉を継いだ。
「最悪イベントを見逃したとしても、元の流れに自分から戻れば、あとは再びその流れにのることができる。つまり、お前が午後の授業が始まるとき田中真由美の席に座ってさえいれば、そこからまた本来の流れに戻れるってことだ。心配し過ぎることはない。所詮はフィクションなんだ。もっと肩の力を抜いとけよ」
「は、はい」
俺の言葉で少しは緊張が解けたのか、平島は先ほどよりは柔らかな表情で返事をした。そのまま俺たちは念のため時間をずらして、各々の教室へ戻った。