加賀なつみのケース③
終礼のチャイムが鳴り響く。俺はそのまま流れに身を任せ、他の生徒同様自分の荷物をまとめながら立ち上がった。そして隣の畑に気怠く別れの挨拶を交わし、教室の外へ出る。
俺がそのまま廊下を歩いていき、玄関前の下駄箱に到着する。自分の靴箱の前に立ち、いざロッカーを開けようとしたその時、俺は横からばっと腕をつかまれた。俺はわずかにびくっと体を震わせた後、腕をつかんだ主の方へ顔を向ける。
「やっほー、聡。あはは、びっくりした?」
そこでは可愛らしい女子高生が嬉しそうに、目を細めながら微笑んでいた。
「なんだよ、沙希か。あんま驚かせんな。……というか、周りにばれるのが嫌だからあんまり学校ではくっつかないって言ってたのはどこのどいつだよ」
俺がそう言うと、沙希と呼ばれた少女は大きな目を細めながら、腕をつかむ力を強めた。わざとなのか、それとも偶然なのか、俺の腕が彼女の胸にあたる。
沙希はウェーブがかかった茶髪をしており、顔にはうっすらと化粧をしていた。顔立ちは女子高校生にしては少しばかり大人びた印象で、ちょっとした香水をつけているのか、先ほどからほんのりとした甘い香りが漂ってくる。
「いいじゃん、あんま周りに知り合いはいないしさ。それとも私と付き合ってんのがそんなに嫌なの?」
そんなわけない、と俺は沙希にぶっきらぼうに答えながら靴箱の取っ手に手をかける。
「……はあ、そういうこととはねぇ」
「何が?」
俺は思わず口走ったその言葉をなかったことにするかのように、沙希の問いを無視して中の靴に手をかけた。しかし俺が靴を取り出したその時、俺は靴箱の中に何か見慣れぬものが入っていることに気が付く。俺はとりあえず靴を下に置き、それを取り出てみる。
手に取ったものは女の子らしい、淡い色で彩られた封筒だった。
「なんだこれ?」
俺はそのまま封筒の中身を取り出した。横に立っていた沙希も興味津々な様子で手元を覗いてくる。しかし、俺は封筒が反射的に沙希の死角になるように身体を動かし、内容を見られないようにしてから中身を確認した。中に入っていたのは一通の手紙だった。俺は沙希に聞こえない程度の音量でその内容を読み上げる。
「なになに……。明日の五時半、第二音楽室の前でお待ちしてます。二年C組加賀なつみ」
俺はその手紙を持ったまま身体を固めてしまう。すると、そのすきをつき、沙希が俊敏に俺からその手紙を奪い取った。何するんだよ、と抗議する俺を無視したままその内容をじっと目で追う。そして、先ほどまでの楽しそうな表情を一変させ、そのまま俺をきっと睨み付けた。
俺は高揚のせいでその表情に気が付かないのか、すぐさま沙希の手から手紙を奪い返し、再び手紙の内容を確認する。
「これって、もしかして……」
「ラブレターじゃない?」
ぞっとするような冷めた口調で沙希が俺の言葉を遮った。俺はそこでやっと沙希の方に顔を向け、沙希の強張った表情をまじまじと見つめた。
「……いや、ただお待ちしてますって書いてあるだけだし……」
「何言ってんの? 文面とか入れられてた場所から考えても、ラブレターじゃないわけがないじゃん。まあ、今時ラブレターなんて古臭い真似するやつがいるなんてお笑いだけど」
沙希は語気を強めながらそう言い放った。そして、そのまま俺の方に近づき、ラブレターを乱暴に俺の手から取り上げる。それと同時に沙希は俺の腕をがっしりとつかみ、俺の顔をじっと見つめた。沙希は俺より頭一つ分背が低く、俺は否応なしに上目遣いで見つめられる形となった。お互いに何も言わないまま、気まずい沈黙が流れたのち、沙希はそっと俺にささやいた。
「もちろん……行かないよね」
それは質問ではなく、確認だった。俺は恐る恐る、ゆっくりと首を縦に振る。しかし、それでも沙希の機嫌は直らなかったようで、表情は氷のように固まったままだった。俺は沙希に拘束されたまま由香に転がっていた靴を履き、二人腕を組んだまま、靴箱を後にした。