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謎は謎のままに  作者: 村崎羯諦
20/25

湯浅真紀のケース⑬

 俺の後ろにいた平島が驚きのあまり声を裏返して言った。俺は神谷に対し、詳しく話すように促す。

 神谷がマネージャーから密かに聞いた話によるとこういうことらしい。その日の夕方、サッカー部の部活が終わり、濱方が一人ボトルを水道で洗っていた時。ふと彼女が顔を上げ、別館の屋上に顔を向けると、そこに一人の女子高校生の顔が見えたのだという。洗い場からは角度、そして階段室によって屋上全体を見通すことはできないのだが、偶然にも屋上の右隅に立った人間の上半身だけが見えたらしいのだ。

 そして、どうしてこんな時間にあんな場所にいるのだろうと濱方が思ったその瞬間、屋上に立っていた人物は自分から、つまり屋上に背を向けた状態で身を投げだしたのだ。濱方は自分が見た光景があまりにあっけなく、そして自分の日常からかけ離れていたため、最初はその事実を信じることができなかった。信じようとしなかったということが正しいかもしれない。ともあれ、濱方は自分を騙すようにすぐさま洗い場を走り去り、あれは見間違いだと自分に言い聞かせながら一人真っ青になりながら家に帰ったらしい。恐ろしさのあまり、飛び降りがあった場所を調べに行くことはもちろんできず、その翌日になり、中川沙希の死体が発見されてからようやく、自分の見た光景が本当だったということを理解したらしい。

 濱方は友達に連れられ、事件の捜査にあたっていた警察に自分が目撃したことを話した。濱方の目撃当時の時間は暗く、洗い場からの距離も遠かったため、屋上にいた人物が中川沙希だということまでは確信できず、また、その人物が飛び降りたのは洗い場とは反対方向であったため、濱方が見たのは飛び降りる瞬間だけで、その落下や地面への着地までは見ていない。しかし、濱方が木の枝が折れる音をかすかに聞いていたこと、そしてその他状況証拠により、濱方が見た人物は中川沙希だということが間違いないとされた。


「濱方はこのことでえらい落ち込んでるんだ。見ないふりをしちゃったんだから、その罪悪感で相当参っちゃてるらしい。だから……このことは誰にも言っちゃいけないってくぎを刺されてたんだよ」

「こんなに早く中川沙希が自殺だって断定されたのは、濱方の目撃証言があったからなのか?」


 俺の問いに、神谷がゆっくりとうなづいた。


「そ、それだとしたら、中川さんは誰かに突き落とされたというわけじゃないんですか?」

「まあ、そうだろうな。もちろん後ろから押されたっていう捻くれた考えもできないわけでもないが、それでも藤田がこの中川沙希事件とは直接の関係がないことは確実だ」


 俺の言葉に湯浅真紀が顔を上げる。


「それってどういう……?」

「湯浅が藤田と別館と本館の渡り廊下で出会ったのは、サッカー部の練習が終わる前だっただろ」


 平島が小さな声であっと声を漏らす。

 藤田が別館から出てきた時、まだサッカー部の練習は終わってなかった。そして、濱方の証言によれば、中川沙希が屋上から飛び降りたのは部活の練習が終わった後なのだ。

 藤田は今まで張りつめていた緊張が解けたのか、よろよろとその場に座り込んだ。横にいる田中真由美は藤田を気遣うように肩に手を乗せ、優しく彼をいたわり続けている。

 しかし、湯浅真紀はなおも行き場のない怒りをくすぶらせており、きっと藤田を睨み付けた。


「仮に濱方さんの証言が正しかったとしてもさ……私と渡り廊下であった後にもう一回戻ったってこともありえるじゃん。それに、沙希の飛び降りと何の関係もないのなら、なんでずっと別館にいた理由を答えようとしないの?」


 湯浅は声を荒げながら藤田にまくしたてたが、それでもその口調は先ほどよりもずっと弱弱しかった。自分が言っていることが言いかがりであることに気付きながらも、それでもその事実に納得したくないという様子だった。

 藤田はなおも黙ったままだ。平島が困惑気に俺を見つめている。藤田が中川沙希が殺したわけではないということはわかったものの、依頼人である湯浅真紀はまだ納得しきれていない。俺は肩をすくませながら、藤田に近づいた。


「藤田、もうそろそろ白状したらどうなんだよ。人殺しにされるよりはずっとましだと思うぞ」


 藤田はおずおずと俺の顔を覗き込んだ、その表情にはまだ躊躇いと怯えがこべりついていて、自分から真相を話す余裕がないということが痛いほどわかった。

 俺は藤田とじっと見つめあった後、横にいた田中真由美の方へ顔を向けた。


「田中さん、そういえばその右手の包帯ってどうしたの?」

「え? これですか……?」


 田中真由美は目を見開いて俺に問い返した。あまりに突然の問いに驚いたのか、田中はただ右手の包帯を左手でさするだけで、困ったように言葉を詰まらせるだけだった。


「それって、荒らされた部室を片付ける時の怪我だよね、真由美ちゃん!」


 俺の後ろから田中の親友役を演じている平島が助け舟を出した。田中真由美は奥歯に葉が挟まったような口調で平島の言う通りだとつぶやく。

 俺は藤田に視線を戻す。藤田は湯浅に殺人犯だと問い詰められていた時よりもずっと青ざめた顔で顔をうつむけていおり、さらに首筋にはうっすらと汗が浮かんでいた。


「その反応を見るに、当たりのようだな」

「なんだよ当たりって?」


 俺の言葉に神谷が反応する。俺は神谷にではなく、目の前にいる藤田に向かった言い放つ。


「理由はわからないけどさぁ。お前が生物部をめちゃめちゃに荒らした犯人なんだろ? だから、あの日の放課後、部活をさぼってまで別館にいたんだ」

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