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謎は謎のままに  作者: 村崎羯諦
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湯浅真紀のケース⑪

 甲高い、ヒステリックな声が教室中に響き渡った。そう叫びながら藤田につかみかかろうとする湯浅を、すぐ隣に立っていた加賀なつみ、つまりは平島は懸命に押しとどめた。教室に残っていたC組の生徒は不安そうな様子でこちらをちらちらとうかがっているだけ。さらに、その中の数人は顔をうつむけたまま素知らぬ顔で教室を出ていくありさまだった。

 その時、俺の視界の隅に田中真由美の姿が映った。田中は平島たちとそれほど離れていない席に、顔をうつむかせたままの状態で座っていた。ノートのようなものを広げ、包帯が巻かれた右手でシャープペンシルを握り締めていたが、その手を動かす気配は無く、ただ湯浅たちの会話をひっそりと盗み聞きしているということがわかった。

 湯浅真紀と藤田正吾は互いに黙ったまま互いを牽制しあっている。教室の中に張りつめた空気が漂う中、俺の後ろにいた神谷が俺の背中を手でつついてきた。


「おい、やばいって畑。部活に遅れちまうって。また湯浅が騒いでんだろ? 友達無くしたっていう湯浅の気持ちもわかるけどさ、関わらない方がいいって」


 俺は神谷の方を振り向き、小声でつぶやいた。


「わりぃ、神谷。ちょっと先に部活行っててくんね。後からすぐに行くわ」

「は? お前何言ってんの?」

「俺もさ、少しだけ藤田に聞きたいことがあるんだよ」


 神谷は俺の言葉に顔をしかめながらも、あんまり遅れんなよと言い残して、一人廊下を歩いて行った。俺は神谷の背中を見送った後、そのまま教室の中に入り、扉を閉めた。俺が教室に入ると、藤田と平島が安堵の表情を浮かべたのがわかった。すでに平島は加賀なつみの流れを断ち、自分の意志で動いているようだ。


「あのさ、畑。俺がさぼったってのもさ、中川が自殺した日じゃなかったよな」


 藤田は救いを求めるように俺にそう語り掛ける。湯浅真紀の迫力がただならぬものとは言え、これ以上嘘を突き通そうとする藤田に対し俺は小さくため息をついた。


「やめとけ、藤田。湯浅は本気っぽいし、変に嘘をつかない方が身のためだ」


 藤田の顔が絶望でさっと青ざめていく。ただ怒りの形相で藤田を睨み付ける湯浅に代わり、平島が藤田にできるだけ責めた口調にならないような調子で藤田に尋ねる。


「なんで藤田君は、そんなウソをついてるの? 真紀ちゃんが藤田君を別館で見たって言ってるのに」


 藤田は明らかに動揺していた。呼吸が乱れ、さっきからだらしなくぶら下げた両手の指先を所在なくこすりあわせている。藤田は挙動不審気味に目を右上に動かしながら、平島の問いに答えた。


「ご、ごめん……その日別館にいたのは本当なんだ……。でも、単に用務室に少し用事があっただけで……すぐに別館から出たし……」

「それって本当なの?」


 加賀なつみを演じていることを忘れたのか、強く問い詰めるような声で平島が言った。藤田はおずおずとうなづく。


「馬鹿にすんのも、いい加減にして。それだったらなんで畑が言ったように、部活を丸丸さぼったの?」


 今度は湯浅真紀が藤田を問い詰める。少し考えればすぐにばれてしまうような嘘しか口から出てこないあたり、藤田正吾の混乱ぶりが見て取れる。藤田はそれでも必死に何か言いつくろうと頭を動かしている様子だったが、なかなか次の嘘がでてこなかった。このままだと湯浅真紀が本気で藤田に殴りかかるかもしれない。

 俺は藤田に歩み寄り、その右肩をポンと叩く。藤田は俺の存在をすっかり忘れていたのか、驚きのあまり身体全体を震わせた。


「藤田、そろそろ本当のことを言えって。じゃないと、まじで湯浅に殺されるぞ」

「で、でも……。俺は本当に何もしてないのに……」


 俺はなおも嘘を重ねようとする藤田の顔をまじまじと見つめた。


「詳しいことは言えないんだけどさ……。実は、終礼が終わってすぐの時間に、お前を別館で見たっていうやつがいるんだよ」

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