湯浅真紀のケース⑩
翌日。
湯浅真紀が事務所で告げたイベントは今日の放課後、湯浅真紀と加賀なつみのいる二年C組で起こることになっている。能力で虚構世界に飛んだ際、誰を演じるのかは半ばランダムだ。しかし、それは依頼者が後悔するイベントと関係する者たちの中から毎回選ばれるルールとなっている。前回の告白イベントにおける町岡聡、田中真由美といったように。つまり俺と平島がそれぞれ演じている畑と加賀なつみは、現実世界のその時その場に居合わせていたことがわかる。だからこそ、自分から流れを乱さない限り、湯浅真紀と藤田正吾の接触を見逃してしまうという恐れはない。
俺と平島は午前中、状況証拠以外の決定的な証拠を手に入れようとそれぞれが再び別館内の様子や、近くにいた知り合いに対してさりげなくその時のことを尋ねてみたりしたが、結局何の成果もあげられなかった。当事者である藤田を問い詰めれられるなら手っ取り早いのだが、無理に接触することで流れを大幅に乱し、イベントそのものが起こらなくなってしまうということは避けなければならない。だからこそ、調査は間接的にならざるを得なかったのだ。
そして、何の追加情報もないまま放課後を迎えることになった。担任からの事務的な連絡が終わり、クラスメイトらは各々に帰り支度や、部活動への準備をし始める。俺も畑の流れに身を委ねながら、リュックサックに引き出しに入っているものを適当に詰め込んでいると、昨日と同じ少年が近づいてきた。
「早く行こうぜ、畑。先輩からまたどやされるぞ」
俺はわりぃわりぃと平謝りをしながらリュックサックを背負い、後ろの棚に詰め込んでいた部活道具を入れていると思われるバッグを取り出す。
「準備完了。じゃ、行こうぜ神谷」
俺と神谷と呼ばれた少年は二人そろって教室を出た。そして、そのまま廊下を歩き始めた時、俺が何気なしに横を振り向くと、隣のクラスの開かれたドアから見覚えのある人物、藤田正吾の姿が見えた。
「なんだ、藤田。早く行かないといけないのにな」
俺は独り言のようにそうつぶやくと、空いている教室の扉に手をかけ、中にいる藤田正吾に向かってはつらつと声をかけた。
「おい、藤田! 早く部活行こうぜ。この前みたいにさぼったら、またどやされちまうぞ」
俺の呼びかけに対し、藤田正吾は身体をびくっと震わせながら振り向く。藤田は檻に入れられた小動物のようにおびえた表情を浮かべていた。
「『さぼった』ってどういうこと?」
冷たい、人を突き刺すような声が藤田の奥から聞こえてくる。俺は声のする方へ顔を向けると、そこには事務所であった時とはまるっきり印象が異なる、とげとげしい雰囲気を醸し出す湯浅真紀の姿があった。湯浅真紀の言葉は俺にではなく、藤田正吾に向けられていた。藤田は俺から湯浅真紀の方へ慌てて顔の向きを変える。
「へぇ。ついさっきはちゃんと部活に行ってたって言ってたのにさ。これってどういうこと? 畑君が嘘をついてるの? それとも、何か隠したいことがあってあんたが咄嗟に嘘をついたの?」
湯浅真紀は無表情のまま藤田正吾に歩み寄っていく。その声は淡々としながらも、重くのししかかるように感じられた。藤田はその気迫に押されているのか、湯浅真紀から顔を背けないでいることに精一杯な様子で、何も言わず青ざめた顔で湯浅を見つめていた。
「黙ってないで、何か答えてよ!!」




