湯浅真紀のケース⑨
「そ、そんな!」
平島は慌てて俺が指さす箇所に顔を近づける。そのまま目を細め、染みを確認するやいなや、反対に大きく目を見開いた。
「平島はこれについてどう思う?」
俺は投げやりな口調でそう問いかけた。平島は自分の考えを必死に整理しようとしながらも、目の前に事実に興奮しすぎているのか、しどろもどろにまくしたてる。
「こ、これってつまり……中川沙希さんの血に違いないですよ。現場のこんな近くにあるんです。単なる偶然では片付けられません!」
俺は平島の意見に口を挟もうと小さな声を出したが、平島はそれに気が付くこともなく、さらに言葉を続けた。
「つまり、これは藤田さんが中川沙希さんを襲った際に使った凶器です。で、襲う最中に中川さんはこの鉄パイプでどこかを殴られ、負傷した。これだと、屋上にあった血の染みも説明できます。やっぱり、中川沙希さんは自殺じゃなかったんですよ!」
「とりあえず落ち着け、平島」
俺はゆっくりとした口調で平島をなだめる。平島は自分の高揚した気分に気が付いたのか、一気に熱が冷めたように、声のスピードとトーンを落とした。
「す、すみません、マタタビくん。なんか取り乱しちゃって。……でも、ここまで偶然が重なれば、湯浅さんの話も信じたくなっちゃいますよ」
しかし、俺は平島の主張を否定するように首を横に振った。
「平島の言いたいこともわかる。だけど、だ。百歩譲って中川沙希が自殺ではなく殺されたとしても、藤田正吾がそれをやったということはわからない。お前の仮説だって、藤田以外の誰にでも当てはまる」
「ですけど! あの日別館にいて、なおかつ不審な行動を取っている藤田さんが一番怪しいとこには変わりがありません」
平島の勢いに俺は思わずしり込みしてしまう。誰にでも犯行が可能だったということはつまり、藤田正吾にも可能だったということを意味する。今のところ藤田正吾以外に別館に誰かいたという証拠も出てきていない。湯浅真紀に容疑者として名指しされた藤田の立場が危ういことは否定しようがない事実なのだ。
平島もそのことを十分に承知しているようで、あとは明日湯浅真紀が藤田正吾と接触する時に問い詰めればいいと俺を諭してくる。周りを見渡せば、もうすでに日は暮れており、これからゆっくりと暗くなっていく時間に差し掛かっていた。これ以上の調査は困難であるし、またこれ以上何かを見つけることもできなさそうだった。俺は平島に今日の調査は終わりだと言うことを告げる。そして俺たちは生徒手帳で自分の住所を確認し、それぞれ自分の、つまり畑と加賀なつみの家へと帰っていった。




