湯浅真紀のケース⑧
中川沙希の死体発見現場は先ほど俺たちがいた屋上右奥の真下、別館校舎に面した裏庭だ。事件が自殺だと手短に片付けられてたからなのか、幸いにも立ち入り禁止にはなっておらず、自由に現場に入ることができた。
俺と平島は屋上の位置と、折れた大木の枝を手掛かりに、中川沙希の死体があった場所をおおまかに把握する。その場所の地面はコンクリではなく土でできていて、すぐそばの木の根っこのせいか、わずかばかり盛り上がっていた。俺はしゃがみ込み、地面を観察する。しかし、すでに中川沙希の血がしみついた土はあらかた取り除かれていたみたいで、見た目だけではまさかその場所に女子高校生の死体が横たわっていたとは思いもつかないだろう。
俺はこぶしをにぎり、地面を叩いてみた。ごつごつと低く重い音がし、感触からも、日が当たらない場所にしては固い土であることがわかる。
「このくらいの固さなら、まあ死ねないこともないですね。もちろん確実とは言えませんけど」
平島はそうつぶやきながら、すぐ近くに落ちていた木の枝を手に取る。しげしげと手に取った枝を観察し、何かに気が付いたのか、突然苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「マ、マタタビくん……。この枝、血らしきものがついてます」
俺は平島が持つ枝に目をやった後、改めて周りに落ちている枝葉を確認した。先ほどまでは気にも留めなかったが、実際、現場の周りには嵐の後のように無数の小さい枝が散乱していた。さらに驚いたことに、すぐそばには俺の腕よりもずっと太い幹までもが無残に折れ、地面に横たわっていた。俺はその大きな幹に近寄ってみる。注意深く観察してみると、幹の中はスカスカで、いわゆる腐食化が進んでいた。それは中川沙希が墜落する以前からそうであったに違いない。
「中川沙希が屋上から落下する際、この幹部分にぶつかり、衝撃で折れてしまったんだろうな。中が腐ってるし、簡単に折れてしまいそうだし」
「でも、やっぱり不自然ですね。もし中川さんが丈夫な幹にぶつかっていたら命は助かってたかもしれませんのに……。やっぱりこっち方向に飛び降りるのは自殺志願者としてはちょっとおかしいかも」
「おいおい、ついさっき錯乱状態で考える余裕がなかったって言ったばかりじゃないかよ」
平島は申し訳なさそうに作り笑いを浮かべる。そして、もう一度周囲の調査に戻ろうとしたその時、俺の視界の隅に、ある不審な物体が映った。現場から雑木林へ少し入ったところ、その場所に一本の細い鉄パイプが転がっていたのだ。俺は何も言わずに鉄パイプのもとへ歩み寄り、拾う。
興味津々の様子でついてきた平島は、俺が手に取った鉄パイプを見るやいなや露骨にがっかりとした表情を見せた。
「単なる鉄パイプじゃないですか。何かの準備で使った後、そこらへんにほっぽりだされたやつじゃないんですか?」
俺は平島に返事をすることもなく、ただその鉄パイプの全身をくまなく手で触る。そして、先端部分に手が触れた時、そこに不自然なへこみがあることを感じとった。俺はそこを自分の目の前に近づけ、食い入るように見つめた。
「ど、どうしたんですか?」
平島がようやく俺のただならぬ雰囲気を察して、おずおずと尋ねて来る。俺はこれ以上ないほどに疲れた笑みを浮かべ、平島に顔を向けた。
「ちょっと見てくれ、平島。この鉄パイプな、この先の部分がへこんでんだ。でさ、そこに……ちょっとだけ赤黒い染みが付いてるように見えるんだけど……」




