世界のミカタ
終わってしまったお話の世界を語る。
嗚呼、なんと無粋なことをさせるのでしょうか?
寂れた村の一角にある宿に彼はいました。かつて大魔王を倒して世界を救い英雄となった人物。
私が彼の元を訪れたのは彼が偉業を成してから3年後のことでした。
「勇者様、勇者様、どうか私に貴方とお話をする時間を割いてくださいませんか?」
「……君は?」
彼は胡乱な目つきで私を見ます。当然でしょう、彼は行方をくらませ世界の英雄であることを辞めてしまったのですから。彼は正体を見破られて動じることなく、マイペースで食事を続けます。
「私は旅の吟遊詩人。貴方の足跡を辿り、貴方の成した偉業を口伝する役割を仰せつかっています」
「それなら仲間に聞いてくれ。その為に彼らを残して姿を消したのだから」
「いいえ、私が知りたいのは物語が終わった後の貴方のことです」
彼は初めて私の顔を見ます。驚き半分、呆れ半分といったところでしょうか。目じりに皺を寄せ、困ったように笑います。
「勇者様は冒険で得た富と伝説の武器防具を各地に捨てて回っているという話ではありませんか。どうしてそのようなことをなさるのでしょうか?」
彼は困ったように頬をかくと大きなため息をついてしまいます。
「旅で得た金は人生を100回繰り返しても使い切ることが出来ないくらい大量だった。それに魔王を倒したせいで魔物が減り、世界経済は急激なデフレへと陥った」
デフレとは通貨の価値が上がる現象です。
魔王が倒され、魔物が生まれづらくなりました。それまで通貨を落としていた魔物が減るのですから、通貨の流通も劇的に下がることでしょう。それは世界経済の混乱に繋がります。ある意味、魔王よりも性質が悪いのかもしれません。
「これまで潜ったダンジョンに少量の通貨をばら撒くことでそれを解決しようと思った」
「単に勇者様が国の中央銀行の役割を担えばよかったではないですか」
「ガキの頃から殺すことしか学ばなかった。そんな難しいことが自分に出来ないくらい判る程度には賢かったみたいだけどな」
「それなら誰かに委譲すればよかったのでは?」
「君の世界観ではそれが正しいのだろうが、生憎この世界はそれを理解するほど成熟していなかった。革新的なことをやれるほど土台がしっかりしてもいない。今までどおりを続けるしかなかった」
彼は私を一瞥すると食事に戻ります。
「いつまでそれを続けるのですか?」
「手元の金が尽きるまで」
「けれど、勇者様。貴方は先程、人生を100回繰り返しても使い切れることのない富を持っていると自白しましたよね。どれだけの時間をかけるのですか?」
「死ぬまで。それで終わらないなら次の世代に担ってもらう」
彼は悲壮感を想起させる台詞を明るい口調で言ってのけます。
なるほど、勇者というのは一般人の物差しで計るには足りないほどの途方も無い意思を持ち、とんでもない人格者のようです。
「それでは次に武器防具です。これは何故捨てているのでしょうか? 勇者様が身に付けておられるのは市販の量産品。偉業を成した方が身にまとうにはあまりにみすぼらしい」
「過ぎた力は必要ないからだ。この体は素手で竜を屠り、マグマで焼かれても火傷の痕すら残らない。この上さらに神が造った武器防具を身にまとう必要など無い」
食事を終え、彼は自分の胸をトンと叩きます。見た目は優男なのでどうにも信じ難い言葉です。
「どの国の王もそんな顔をしていたよ。やっぱり見た目は大事だな」
「いえいえ、疑っているわけではないのですが」
「腕試しでもしてみるかい?」
彼はそう言って右肘をテーブルにおいて手をこちらへ差し出します。なるほど、腕相撲で実際に体験しろということなのでしょう。私も興が乗って彼と同じように右肘をテーブルに置き、彼とがっちり握手します。
彼はいつでも来いと自信をもった目つきで私を見ます。
遠慮なく私が力を込めますが、まるで岩でも相手にしているようにビクともしません。竜は無理かもしれませんが、これならば彼がそこいらの獣に負けることなど無いでしょう。
「君もなかなか鍛えているじゃないか。力が上がる秘薬が100個ほど手元に残っているんだけどよかったら飲むかい?」
私は慌てて首を横に振りました。
彼のような力自慢になるのが目的では無いのです。そんなものは後世で必要とする方に譲ります。
「貴重品だからどこの宝箱へ処分するか迷ってるんだ。どうせならこの世界に関係のないところへ処分してしまうのが手っ取り早いと考えたのだけど、ダメか」
「勇者様、私はあくまで吟遊詩人です。それも物好きで性格の悪いとびっきりの変人ですよ」
「そうだった。そういう設定だった。話を合わせないといけないな」
まったくです。突拍子のない事を言われては混乱してしまいます。
「武器や防具はどのように処理されているのですか?」
「入手難度に応じて色々かな。旅先で世話になった人に預けたり、民家のタンスにしまったりもする」
「勇者様、最後のは犯罪ですよ」
一応、強盗罪です。より正確にいえば二項強盗に抵触します。
しかし、彼は悪びれた様子もなくお茶目な顔で笑っています。きっと民家の方々はこの顔に騙されるのでしょう。
「けれど、なかなか大変そうですね。聞き及んだ武器防具の蒐集は500を越えると聞きます」
「そうだな。元あった場所に戻すのが一番大変だったりする。中には倒した魔物が落としたものがあるからこればっかりは持ち主に返すわけにもいかない」
彼は腕を組んでうんうんと唸ります。最初は苦行のように思い大変だと同情しましたが杞憂のようです。彼はその過程を十分に楽しんでおられるようです。
「しかし勇者様。元あった場所に戻してしまうと二度とこの世に現れなくなるモノも出てくるのでは?」
彼の移動手段は陸路、海路に留まらず空路まで、この世界のあらゆる場所に精通しています。
「そうなったらその時だな。伝承という形でヒントを残したのに見つけられないほうが悪い」
彼の世界で今後、英雄となる方々は大変そうです。今からでも考え直してくれないでしょうか?
「では最後になります。勇者様」
「何かな?」
「何故、勇者様は旅路で得た富と力を使って贅沢な暮らしをしようとなさらなかったのですか?」
彼は突然顔を引き締めます。
最初に話しかけたときと同じくらい警戒した表情を浮かべ、私を値踏みするように睨み付けます。英雄の眼力は途方も無くて私は声も出せずに石のように身動きすら出来ません。
「天上の意思に対して行うささやかな反抗だな。今回はアイテムコンプリートを目指したらしいからタイムスケジュールも酷かったし、住人への配慮も無い」
「勇者様、それでも貴方が偉業を成し遂げたのは彼のおかげですよ?」
彼は私の言葉に声を失います。葛藤するように頭を抱え呻きました。
「それが間違いなんだ。魔王を倒さなければデフレが起きたり、人同士の戦争が起きたりしなかった。人口が3年で7割も減ることは無かったんだ」
彼はかつて強国として栄え、今は見る影も無い場所に建てられた宿の片隅で苦しそうに呻きます。そして私の知らない人の名前を呟きます。きっとかつての仲間でいまはこの世にいない人なのでしょう。
なるほど、人の業は深いものです。
終わってしまうことよりも終わらないことのほうが幸せだったと誰が思うのでしょうか。
よかれと思ってやったことが更なる災厄を起こすと誰が思うのでしょうか。
私は世界のミカタ。
これをキッカケにやがて彼も心が折れてしまうでしょう。しかし、もう少し減らないと世界に優しくないのです。魔王がいれば楽が出来たのに、まったく『あなた』も余計なことをしてくれるものです。
『あなた』もそうは思いませんか?
ほのぼのって会話が弾んでいる様子を描けば成立してますよね?