侵入と潜入
“アスア。その地は魔族領にあって完全なほどに人の町であった。魔族王と勇者カーズの決戦。あの時代の勇者たちは結果として魔族領の侵攻のたびに数百の人間を捕虜として残した。勇者カーズの時代、彼らは勝利の暁には魔族領に根を下ろそうといくばくかの建設をアスアの地で行った。結局、その地に幽閉されることとなった彼らだが、やがてその地を開拓していくこととなったのが、捕虜の町アスアの発祥である” 勇者と共に~いつかはいけるかもしれない魔族領~(従者エナストスの手記より)
「綺麗よね」
整然と整った街路。幾何学上に並んだ戦戯盤の目のような町並み。噂に聞く皇樹玉を用いた機装設備もたくさんあった。ボスが語ったように一つの時代が始まるのだろう。噴水がフーフー流れ出ていた。光陵樹は綺麗に整列している。さらさらと流れる聖魂の動き。乗るように走る光陵樹の色々色。霊都には及ばないけれど、すごい。私はそう思ったよ。フレイスラも同じように思っていたみたい。リエンラントのことはわからない。小さな戦士は驚いたように私たちを見て、少し勝ち誇ったようにして街を見下していた。可愛いけど生意気。私はそう言おうとして、やめた。私は、小さな魔族のプライドを尊重したのだし、実際に彼の生活から比べればこの街でさえ、街とは見なせないということなのだろうから。私が言う綺麗という言葉に同意するには、そういったものへの愛着がないとダメだろうし、そういうものがこの少年魔族にはまだ存在しないことの証であるにすぎない。私たちは喧騒と共に人ごみにまぎれた。そう人ごみ。人である。歴史的街アスア。隠れることが可能なのかもしれないと私はそう思った。リエントラントはその特徴的な鎧を外してもらって剣は背負い袋の中へと。多くの道具が持ち運べなくなったけど仕方がなかった。リエントラントが鎧と剣を譲らなかったから。人ごみの中、盗賊は静かに目立たないように溶け込むのだ。そうして、それが不可能であるならば思いっきり派手に。私たちはその言葉に従うことになるだろうし、小さな戦士はこの先に起こることをその小ささが尽きるころくらいまでは覚えていることだろう。服装はトリスが調達しフレイスラが選んだ。幽霊君はトリスが選んだ服を眺める間中、思念波で『これはどうかな、これは見たことある感じ』とそのセンスと記憶を発揮してくれていたのだけど、やがて飽きてしまって私の思念波に入り込んでくる。溶け込んでくる。私はその聖魂の巨大な塊をつかまえると輝く光の流入と四散に無理をしながら、顔を歪めながら、ようやくの開閉を繰り返し警告にならない警告をしてやると『つまらないことばっかり』幽霊君は、フレイスラは、その言葉と共に私を、あれはなんていったらいいんだろう。私に干渉しようと、いえ、違う、のっとろうと、もっとニュアンスが違う。あれは、まるで私そのものが外にもう一人いる感覚だった。そうしてなぜだか私はヨギのことを感じた。慌ててつかむ位相の開閉をやめて一つまみの外苑部をはがしてやる。『いてててて』「今、何したの」『何って借りようと思っただけだよ』平気な顔で答える幽霊君から私は一かけらの破片を貰ったのだ。
魔族領の服装はそう悪いものではないと私は思うよ。トリス曰く、裸にネクタイ一つで歩くよりはマシな格好、らしいけど。ファッションシーンは確かに2百年近く前で止まっていた。不自然な格好に見えるのは私たちがまだ溶け込んでいない証拠だ。古典的な服装。だぼだぼの作業服。一枚布の反物は巻きつけ着。そうかと思えばマジックス時代もかくやの超ミニの上下の着衣。フレイスラが街にはあまり言ったことないから分からないけど、と前置きしながら教えてくれる。
私は一枚布の反物を巻きつけその上にミニスカートとミニシャツを着込む。私自身に分かることはこれだけ、おかしな格好。リエントラントはだぼだぼの作業服。なぜだかDLLの帽子によく似合ったんだけど、その帽子は取ってもらって別の帽子を被ってもらった。荷物リストにはDLLの帽子が一つ追加された。フレイスラは消えていてもらうことにしていたんだけど、でもそれがなかなか難しかったみたい。どうしても聖魂が巨大過ぎて表出するぼやけたもやのようなものが物質に影響しちゃうの。仕方なく布切れ一枚をまたもや漂わせ魔道士姿を演出しようとしたのだけど、ふと思い立って持ってきていたプッシ光玉を渡してみる。腕輪にいくつも並んだ光玉が瞬いてそして私には表面上の感知ができなくなる。リエントラントに「どうかしら、どこにいるのか分かります?」とたずねると「一応は分かる」という答え。「位相には、注意せずに?」「それは、」訓練を積んだ人には注意すれば分かる、だけど盗賊の私でも把握できない。上出来ではある。フレイスラには空の散歩を頼むことにした。私たちの上空を漂うように頼んだんだ、私。小さなゲストはそのままにしておいた。「一騎打ちに負けたのであるからにはしばし従おう」そう硬口に述べる小さな戦士を連れて私たちは魔族領アスアに踏み込んだの。それからその街並みに目移りする田舎娘風の私と目移りしなかった小さな戦士と引き締まった姿のふりして農夫の時間が過ぎ。私たちはアスア中央部を抜け、郊外の巨大な宮殿(実際は魔族フィラネストの個人邸宅なのだから違う表現が必要なのだけど)、宮殿に向かう。時は夕刻、人通りの最も多い時間帯を狙う。
〈魔族たちには変装が効かないんだ、お前みたいにね、トウサ〉
私はそのことをすっかり忘れていたし、幽霊君フレイスラはといえば『だって僕にくれたのを二人も持っているのかと』という返答。私たちは宮殿近くの魔族邸宅区まで侵入したところで、静かな盗賊としてのその方針を転換させられそうになった。もし、一緒に連れていた小さな魔族がいなければその時で私と幽霊君とリエントラントのイクセス救出の旅は全て終わってしまっていただろう。
「時間帯。見ろ。ここから先はこの時間は立ち入り禁止だ」
声と共に気づいた。彼らは聖魂を見るのだ。私たちは探られた。見られた。私は彼らが私の位相に探りを入れた途端に直ぐに分かった。人としての存在は隠しようがない。人と魔族。その聖魂の大きさは異なる。聖魂の流れを隠す方法は探せば数える程度くらいはあるのに対し、強大に見せる方法はほとんど存在しないのだから。私たちは一目で人であるのだと見破られた。人、この街は虜囚の街だ。アスア。魔族領人街。二人増えることになったところで大した話しにもならないと思う。同じようにこの街の住人が時間帯を誤ってこの禁止された場所へと近づくこともありえることだろうし、それもまた大した話しにもならないのかもしれない。私はそんなことを考えながら近づいてくる青い制服の(なにかの治安要員だと思う。どうして彼らは青が好きなのかしら)魔族に振り向いて口を開こうとした。と、小さな魔族の戦士が近づいている。私の側から一歩出る。私は成り行きに任せる。直感のまま背負い袋を開こうとするリエントラントの腕にもたれかかって制止する。腕組。私、妙に緊張したのを覚えている。
「何故、こんなところへ、全く、後処理、」「おい」「ん、ああ。どこの子だ。どこの真那の子だ」「スズシ」「はは、いい冗談だ」
頭をなでて角を触ると「スズシの子に祝福を」と笑いながら、事情を察したかのように振舞うその青い服を着た魔族は、腕を組んだまま驚いたようにして後ろに隠れたままの私と困惑するリエンラントに向かってうなずいた。
「この先のフィラネスト様の私邸まで私が出向ければいいのだが、今はテウソ様への対応で一杯なのだよ。仕方ないだろうな」
そうしてその魔族は一枚の書類を取り出すと空に掲げて文字を起こし、速記が赴くままに指をのせる。もう片方の手でかき終えた文章を伸ばしては縮めてみせる。
「これを差し出せば、うむ、どこも通すだろうし、提出すればお前たちもその子への責務を降ろせるわけだ」
その書類を、おびえて目を合わせない私を一瞥した後、リエントラントに手渡し、そう告げる青い制服の魔族は慌しそうに背を見せた。それから半身を振り返らせると一言厳しい口調で付け加える。
「そうそう。この区に入ったことをあまり仲間に話すんじゃないぞ」
このことを現すのに私は幸運という言葉を使うべきなのかな。盗賊は弱くて卑怯ですばしっこくてそして運は極めて太い。「こうなることを」リエンラントが不思議そうに口を開くのに首をふる。慌てて腕組を振り外しながら(少し動揺したことを認める)「幸運が何度も続く訳ないわ」と急かす私はたぶん自分に向かって急かしていたのだと思う。「それはそうだ」私たちは小さな魔族の戦士を連れて、空に浮かんでいるのであろう幽霊を連れて、走り出す。夕刻の赤い日差しに照らされる虜囚の街を。過ぎ去った過去の時代、この地が同じ色に染まるころ幾十もの人間が不運を嘆いたのであろう街を私たちは駆け抜ける。広い邸宅の横壁をいくつも、いくつも視界の端に捉えながら傾きつつある日差しに照らされる閑静な邸宅区を駆け抜ける。
小さな魔族の戦士と、書類、そして「日が沈むまでにはここを出るべきだと、」というつぶやきは走り抜ける奇異を呼び止める魔族の誰にでも効き目があった。まあ、その数はたった一度だけのものだったけど。経験上は特効薬といっていい効き目だ。そして、その一度だけの例外から先の私たちは、ただの一度も、一度も魔族たちに気を留められることはなかったのだ。
数ブロックを過ぎると巨大な宮殿がその姿を現してゆく。近づくほどにその大きさに目を引かれる。一種の庁舎であるといってもいいのだろう。霊都にあるとっても大きな市民集会所によく似ていた。足取りを緩める私たちは、その巨大な構築物の側面、そして正面を差し込む斜光とともに斜めから視界に納めた。
「勇敢な魔族の戦士。戦士さん、小さな戦士。どうするのかな」
連れ立つ小さな魔族に私は挑むようにたずねる。リエンラントが背負い袋を開く側で。もうここまで来たら騒ぎが始まってもかまわないと私たちは思っていたの。いいえ、むしろ騒ぎを求めたのだと思う。
「本当にそうするのか。魔族王を盗もうと」
懐疑的な声で私にたずねる少年に私は剣を取り出すリエンラントに向けて顔を突き出しながら、フレイスラの存在を確認する。決めておいた合図として位相を乱して伝えておく。
「私はね。そちらの人は、滅ぼすの。魔族王をね、滅ぼしちゃうの」
「ありえないな」
私の言葉を即座に否定して驚愕したままの瞳で崩壊戦士の姿を眺める小さな戦士に、見つめられているリエントラントは背負い袋を大きく持ち上げるとその中身である鎧を着込もうとだぼだぼの作業服と格闘しつつもその視線に向かって短答する。
「ありえないなどということはありえない」
諦めたように鎧を背負い袋の中へと戻したリエンラントに私はうなずく。背負い袋の中身と私と建物を見比べながらの不承不承のうなずきが返る。
「それじゃあね。私たちは行くけれど」
「待て、一騎打ちには観客が必要だと思う」
騒ぎが起こるのはもう少し先になったようだ。
「望むまま、風の民トーリが吹くまま、導きのまま、誘われるまま」
リエンラントが一気に駆け出すと私は追う。フレイスラの思念が『彼は残してもよかったと思うけど』とそう意見を伝達してくるのを聞かされながら、私は、困惑を掃きだそうとしてそれから首を振る。全てはもう遅いのだ。アストラの賢き杖は振られてしまったのだ。それを奪い取ろう、戻そうと、時間のお城をつくろう努力するよりも、それよりも。定型句を思い浮かべながら、そうすることと魔族王を盗み取ることのどちらが簡単なことなのだろうかと、そう思う私は不適に笑う。
ああ、アストラの乾いた杖が音を立てる。私たちの詩の時間は始まった。いつ終わるのだろう。そう考えるのは決まって始めのころなのだ。始まったばかりのころなのだ。




