第07話
遅くなってしまい申し訳ありません。
ストーリーの大筋修正を行っていたため、掲載を一時停止しておりました。
大体の修正が終わったため、掲載を再開致します。
どうぞよろしくお願い致します。
そこは聖都プロメアを東西に貫く、街の大動脈ともいえる大通りの中央にある、東京ドーム数個分はあるであろう大広場。
その大広場の中心に特別に設けられた台の上で、それは行われていた。
「罪状! 行政府並びに五行教会管理施設への第一級侵犯罪」
台の上には中央前方で書面を手に立って罪状を朗読する、カエルム神国司法省――通称ロア――の最高位裁判官の姿があった。その質実剛健な性格を窺わせる容貌と、聞くもの全てが厳かな気持ちになる厳粛な声は、聖都プロメアの随所に設置された晶化学で作られたモニターを通してリアルタイムに全住民へ中継されている。
「議員邸への第二級侵犯罪および使用人らへの第二級監禁罪」
裁判官の後ろには両手足には特別性の枷をつけられ、両膝を床に突いて項垂れている為、その表情は窺えない罪人。そして罪人の両脇には警備の任に就いている衛兵隊の隊長および副隊長の姿があった。
「衛兵隊への第二級公務執行妨害罪」
カエルム神国において公式の場での武装が許されているのは騎士隊と軍、そして衛兵隊の三つの正規の武力集団のみである。その一つである衛兵隊が大罪人の処刑執行時には、その両脇を固めて逃亡を阻止すると共に、外的要因――恨みや復讐、果ては暗殺など――から処刑執行まで警護する役目を負っている。二人は堅実に職務を遂行しながらも、その内心を隠し切れず無意識に時折、腰に下げている剣の柄に置いている手の手汗を拭っていた。
「第二級公文書偽造罪」
それもその筈、彼らにとってはこの処刑が無事何事もなく執り行われなければならないからだ。何しろ今も長々と読み上げられている罪状は主だったものだけでも極刑に値する、数々の法を犯した大罪人を処刑するのだから。
「他、第三級以下の罪あわせて十数件」
顔を伏せて一切微動だにせず抗いもしていないにも関わらず、同時に何事にも動じていないかのような、処刑執行を待つ最近巷ではもっぱらの噂の的だった人物。
「その罪は歴史上類を見ない程であり、情状酌量の余地も無し。よって、カエルム神国司法省第一位裁判官、ジョゼフ・バークライトの名において、ヒンメル神の名代として――」
その人物こそ、歴代最高峰と言われる衛兵隊隊長ダンカンをすら長きに渡り翻弄し続けた盗賊――
「被告、ジョン・ドゥ。通称、黒犬に即時斬首刑を言い渡す」
――黒犬だったからだ。そして。
「そして刑の執行はカエルム神国ヨゼフ・K・スカルド国王より賜った勅命により、この場で即時執行するものとする」
自らの手で、その首を刎ねる義務もまた負っているからだ。自らが刑を執行する瞬間を万を越える目で見られるのだ。断じて、失敗は許されない。
ジョゼフが即時執行を明言した瞬間、広場に集まっている民衆は勿論、モニター越しで見ている街中の者が大きな歓声を挙げていた。何せ、かの有名なダンカンをも翻弄していた盗賊が、捕縛されたとの情報が街中に回ってさほど時を経ずに今回の公開処刑だ。住民の間で最もホットな話題だった渦中の人物なのだ、これ程大々的に執り行われることも加え、人々が興奮しない訳が無い。
「では、国王陛下のお言葉を皆に申し伝える」
そう言ってジョゼフは懐から王印で封された華美でない程に装飾された封筒を出すと、その封を切って一枚の書状を取り出す。
歓声を挙げていた住民は誰からともなく声を潜め、親愛なる国王のお言葉を聞きのがすまいと集中していた。広場には誰かの咳払いや衣擦れの音、あるいは金属製防具の擦れる音がとりわけ大きく聞こえた。
――我、ヨゼフ・K・スカルドの名において、愛する民を長きに渡り混乱に陥れた大罪人を、罪状の公布後即時処刑するものとする。しかしヒンメル神の寛大なお心に倣い、罪を犯し者にも慈悲の情けを与え、遺言を残す事を認めるものとする。愛する民達に願う。如何な罪人であってもその魂はヒンメル神のご加護の元に在る。断罪が済まされし時には、皆の祈りを持って魂が浄化される事を願ってやって欲しい。これは国王としてではなく、ヒンメル神のご加護を得る同胞としての願いである――
「以上だ」
ジョゼフは書状を読み上げると綺麗に封筒へ戻した。そして広場で静まり返っている民衆を見渡す。
「国王陛下の勅命により、被告、ジョン・ドゥに遺言の機会を与え、その後に処刑するものとする。被告、前へ」
ジョゼフの言葉に従い、黒犬と呼ばれた盗賊ジョン・ドゥの両脇に立つダンカンとルシェルは、彼の両脇を抱えて立ち上がらせ、ジョゼフのやや前へと連れ立てた。
「面をあげよ」
そうジョゼフが促すと、ダンカン達に両脇を固められている黒犬は、ゆっくりと顔を上げた。
その顔は特にこれといった特徴も無く、街中ですれ違っても気にしないだろうという位の平凡な容姿。ただ、今は平凡の筈の用紙であるにもかかわらず、余りにも生気を感じられない為か、むしろ不気味な雰囲気を漂わせている。
ダンカン達は住民達が、黒犬の生気が感じられ無い事に異常であると勘付かれないか、を懸念して冷や汗を流していた。広場に集まって遠目に見ている住民はともかく、リアルタイムに生中継されているモニター越しであればその表情もよく見えるため、勘の良い者は生気があまり感じられない事に気付くかもしれない。そうなると、処刑後も不要な噂が立つかもしれない。それは極力避けたい事態だ。重犯罪者を断じたカエルム神国の威信にも関わる。また、ダンカン達が極秘裏に進めている事案にも影響を及ぼすかもしれないからだ。
そうしたダンカン達の心配を余所に、物事は止まることなく進んでいく。
しばらく民衆を無表情で眺めていた黒犬が、広場中にも響き渡る溌剌とした声で最後の言葉を紡いだ。
『民に問う。汝らは何を以て神に従うか。王に問う。汝らは何を以て頂きを目指すか。神に問う。汝らは何を以て加護を与えるか。晶霊に問う。汝らは何を以て姿を隠すか。イーリスに問う。汝が定めし真理は何を以て生命を縛るか。イリスに息づく全ての者達よ! 己の目で真の理を見定めよ。己の耳で小さき者、大なる物の声を聴け。己の肌で数多の想いを感じよ。さすれば、虹色の空が世界に祝福を齎すであろう』
黒偽の理。黒犬と呼ばれたジョン・ドゥが処刑執行時に遺した言葉。
カエルム神国中で生中継されていた為、その言葉が世界に広まるのに時間はかからなかった。しかし、それと同時に五行教会が禁忌認定した為、その言葉の意味や意図などは研究されず、黒犬自身と共に時の流により歴史の闇に埋もれていく事になっていく筈だった、言葉。
黒犬は言葉を残すと同時、再び頭を垂れてその時を待ち受けた。自らを断ずるその処刑の、時を。
ジョゼフは動じることなくその時が来たことを告げる。
「ふん、何を残したかったのかは分からぬが……その潔さは良し。 ――これより!黒犬、ジョン・ドゥの刑を執行する! 神兵達よ、直ちに罪人を断じよ!」
「「――はっ!」」
ジョゼフの言葉に、束の間集中が乱れていたダンカンとルシェルは、気を張り詰めなおして返答し腰に下げている剣の柄に手を伸ばして互いの呼吸に合わせて集中する。
腰だめに構えた二人が呼吸を合わせる事数秒、広間はおろか街中が静謐に包まれ――
「「しっ」」
二人が同時に動き、ダンカンは上から斬り下げ、ルシェルは下から斬り上げる。二刀は一点で交差し一瞬で黒犬の首を斬り落とした。僅かな遅れの後、切断された首から血が吹き上げ――次第に収まると、声も無く見つめていた民衆の熱意が急激に膨れ上がり、爆発した。
「「国王陛下万歳!」」
「「ヒンメル様万歳!」」
「「悪には断罪を!」」
「「善には祝福を!」」
熱狂する民衆は黒犬の骸が横たわる高台を中心として、その場で宴の流れとなっていった。予め民衆に紛れ込ませた衛兵隊の兵士らによる誘導である。民衆が暴徒と化してしまわぬように、その熱意の捌け口を用意してあげねばならないのだ。知恵ある者はそれに気付くであろうが、気づいたものはむしろより宴会を盛大になるよう動くだろう。街を、家族を守るためにも。
熱に浮かされる民衆を眺めながら、ダンカンは傍らに立つルシェルに問いかける。
「なぁ……ルシェル。俺達、これで良かったんだよな」
その悄然とした姿、言葉からは普段のダンカンとはかけ離れた印象を他者に与える。普段は精悍と評される顔もどことなく生気が抜けているようにも見える。
そんな自身の上司を見やって、ルシェルは溜息をついた。
「はぁ。全く、隊長はこれだから……。ロードにもご協力頂いているんですから、まず何者かに見破られることはないでしょう。それこそ、神格を持つ者ならば別ですが」
「そ、それはそうだが! 理解はしていても納得ができん。皆を守るためとはいえ、その皆を騙すような――」
「隊長! ジョゼフ様もいらっしゃるのです。お気を付け下さい」
「あ、あぁ……そうだな」
ダンカンはルシェルに目配せで謝りつつ、ジョゼフが二人の会話を聞いていない事をさりげなく確認する。
そんなダンカンを見て、ルシェルは先ほどよりも大きく溜息をついた。
「もぅ。隊長の気持ちも分かりますが、私たちは与えられた使命を全うすることが仕事です。後で膝枕してあげますから、もっとしっかりなさってください。皆が隊長に望むのは、凛々しく精悍な名誉ある衛兵隊隊長のお姿ですよ」
「膝枕はいい。そんなものルシェルにして貰ったら、次の日には俺が隊員たちに処刑台送りにされるわ! まぁ、そうだな。しっかりせんとな。すまんな、ルシェル。らしくなかった」
ルシェルの膝枕はダンカンとしても気にならないと言えば嘘になる。しかしダンカンとて命は惜しいのだ。それに隊長としての責任もある。まだ道は踏み外せないのだ、今はまだ。
それはともかく、皆が望む衛兵隊隊長としての姿を立派に見せなければとダンカンは気を引き締めなおした。そんなダンカンを横目で見つつ、ルシェルはこっそりほっと一息ついた。
「構いません。隊長を支えるのが副隊長である私の務めですから」
今はまだ副隊長としてですけど、という言葉をルシェルは心の中で付け足した。
そんなやりとりが後ろでこっそりなされている中、ジョゼフはこの広場に在って只一人、黙とうを真摯に捧げていた。如何なる魂をも区別することなく平等に扱う。それが彼の信念であり歩んでいく道だからだ。
「どうか、かの魂が輪廻において浄化されんことを」
このジョゼフの言葉はしっかりと中継され、彼の高潔さを改めて示す事となった。
ジョゼフの言葉から、世間を騒がせた黒犬を処刑したこの日は輪廻浄化の日とされ、公式においても毎月刑を執行する際の日として制定された。