パーツ・プリシュティナ
「本日もご指導いただき、ありがとうございました。」
訓練をつけてくれた騎士に礼を言い、訓練所をでる。学業に勤しんでいるとき以外は基本訓練をする。それがもはや日常となっている。
今日もその例にもれず、日が暮れるまで訓練を行っていた。
幼少期に闘いの才を見出されて以降、他の兄弟に比べ、圧倒的に訓練量が多い。
勉強のほうも、政治や経済というよりは、もっぱら軍略を学んでいる。
自分としてもその方が性に合っているし、父も自分をそっちの方面の人間として育てようとしていと思う。
そのことに関して不満は一切ない。
事実、自分はプリシュティナ家の三男である。よほどのことがない限り、自分が家を継ぐことなどありえないし、既に軍人としての道を歩んでいるのでそのつもりも無い。公爵家三男坊としては、いづれは将軍位を得るというのが終着点だろうか?もしかしたら最高位の大元帥までいけるかもしれない。
(それは流石にないか)
まぁもっとも、出世欲というものは、それほどありはしない。自分に軍事の才能があっただけで幸せとすら思っている。
もしもだが、自分に兄弟がいなかったら、軍事の才に驕り、多少は増長してしまっていたかもしれない。
・・・・自分に兄弟がいなかったらである。
『スワン・プリシュティナ』プリシュティナ公爵家次男にして、2歳年上の自分の兄である。自身が政治の世界への興味をすべて失った原因ともいえる存在。
8歳にして中級魔術を自在に操り、10歳にして上級魔術を修め、12歳にして父に王下12貴族議会への参加を認められた天才である。
12歳という年齢での参加は、たしか議会史上一番若かったはずである。
(同じ血が流れているはずなのにどうしてもこうも差があるのだろうか)兄の栄光の歴史を思い出し、つい嫉妬してしまう自分が情けなくて笑ってしまう。
まったくもってすごい兄をもったものだ。
訓練所を出たところで声をかけられる。
「バーツ様?本日の訓練は終わったのですか?」
声の主を見る。
ベオグラード王国第三王女:サーティナ・ベオグラード
この国の至宝の一人だ。
「はい!サーティナ様 ただいま終わったところでございます。」
そう答えるとサーティナ王女はうれしそうにニコっと笑いながら近付いてくる。
この流れは自分とサーティナ様が何度も繰り返したものだ。
サーティナ様は自分が王城にて訓練に参加するようになってからというもの、訓練が終わる頃にこうしてたまに会いにきてくださるようになった。
幼少の頃に良い関係を築くことが出来たが、それが現在まで続いているというのうれしいことだと思う。
「バーツ様、お疲れではないですか?」
決まりきっている返答を求めての問いかけ
「サーティナ様にお声をかけていただけた喜びで体が疲れを忘れてしまったようです。」
「ふふ そうですか、ではこの後お時間をいただいてもよろしいですか?バーツ様?」
「もちろんでございます。」
返事をするや否や歩みを進める。目的地はいつも通り庭園だ。
テラスでメイドの淹れてくれた珈琲を飲みながら向かいに座る王女様と話す。
メイドは既に下がらせてある。
「サーティナ?最近調子はどうだい?」
周りに自分たち以外がいない事を確認し、くだけた言葉遣いに戻す。
立場上人前で気軽に話すことは出来ないが、二人っきりのときは別だ。可能な限りよき友人として接するようにしている。
「はい、問題なく過ごせています。 最近は魔力の乱れもほとんどなく、じいやも順調に抑えきれるようになっていると太鼓判を押してくれてますわ!」
サーティナはうれしそうに自分の成長具合について話す。まるで親にほめてもらいたい子供のようだ。 まぁそう言うと怒るので口には出さないが・・・
「それはいいことだね サーティナは昔から魔力を暴走させやすい体質だったから、改善に向かっているなら私も安心できます。 」
心から良かったなと思う。 昔は魔力の暴走が頻繁に怒り、人に怪我をさせることも少なくなかったサーティナ 彼女自身、とても優しい性格をしているので、自身が魔力を暴走させることで人を傷つけてしまうことに耐え切れず、人を寄せ付けない時期あった。まぁそれも、兄上の協力と多くの魔術師たちの努力によって改善されつつある。まだ完全な制御が出来るようになるまでは時間がかかるだろうが、暴走をかけらも抑えることが出来なかった昔を思えば上出来だ。
「あともう少し魔力制御を上手く行えるようになれば、陛下もご安心なさるだろうね」
「はい、お父様にはたくさん迷惑をかけてしまいました。 一刻も早く『ありがとう』ではなく、『ありがとうございました』と言えるようにしたいです。」
「父親ってのは子供のために苦労するものだ!というのが父の言だからね、サーティナもあまり気にせずこれからも迷惑かけて、もう少しわがままを言えるようになったほうが陛下もうれしいんじゃないかな? サーティナは良い子だけど、あまり俺を頼ってくれないと陛下もぼやいていたよ? 他の娘たちは成長するごとにわがままになるのにってね」
アーティナ様とカーティナ様のことを考えている陛下の顔が少し引きつっていたのを思い出す。いったいどんな苦労を負っているのか、お二人とは話したこと多々あるのだが、陛下がそこまで心労を負うような方には見えなかったが・・・・
「わがままですか・・・・」
少し困った表情を浮かべながら空に視線を向けるサーティナ
「そうだよ サーティナは良い子だからね、ひとつふたつ陛下になにかをおねだりしても、陛下は二つ返事で許してくれるんじゃないかな?」
事実、あの陛下ならよほどのことでない限り、サーティナの願いは聞き届けてしまうだろうな
「私はですね?バーツ様、こう言ってはなんなのですが、姉妹の中で一番自分の欲望に正直な人間だと思っているのです。」
「君がかい?」
とてもそうは見えない。 三姉妹のことを全員詳しく知っているわけではないが、少なくとも長女のアーティナ様より欲望に正直なというのはないだろう。
「いえ、たしかに普段の私たちを見ているなら、バーツ様がそう思うのも無理はないと思います。けれど、私たち三姉妹に共通するある一点のみに絞った場合に限り、私が誰よりも一番欲望に正直だと思います。」
ある一点に絞った場合か
「それは教えてくれるのかい?」
「ふふ こればかりはバーツ様にもお教えできません。 もっとも、相当の覚悟をおもちならお聞かせすることも出来ます。」
どうします?っとこちらを見つめるサーティナ その瞳にはなんともいえぬ力があった。
「いや、やめておこう なにやら今まで見たことも無いオーラをサーティナから感じるからね いったいどんなことに巻き込まれるかわかったものじゃない」
あら残念・・・とさして残念そうでも無くいうサーティナを見て、魔力制御以外の部分の成長も大きく感じてしまう。
いつまでも純真無垢なサーティナでいてほしいと贅沢は言わないが、アーティナ様のようにはならないでほしい・・・・本当にならないでほしい。
「じゃぁバーツ様、この前の遠征の話をまた聞かせてください!」