第二十三話 夕暮れのやわらかい約束
王城の大扉をくぐると、外はすでに夕暮れだった。
空は橙から紫へとゆっくり色を変え、王都の屋根や石畳をやさしく染めている。
昼間の喧騒は少し落ち着き、人々の足取りもどこか穏やかだ。
「……なんか、一気に疲れたな」
ラグナが大きく伸びをする。
「さっきまで王様と話してたんだもんね」
リオンが苦笑する。
エルはくるりと一回転して、夕焼けを見上げた。
「でもさ、いい感じじゃない?あたしたち」
「何がだよ」
「なんかこう……ちゃんと“旅してる”って感じ」
ラグナが鼻で笑う。
「最初からしてるだろ」
「違うのよ、これは“濃いやつ”」
「よく分かんねぇな」
そんなやり取りの横で、ルミナスは少し遅れて歩いていた。
腕には、王から与えられた装備を抱えている。
白い装束は、夕日の中で淡く輝いていた。
「……」
その重みを、確かめるように抱きしめる。
「宿、探そっか」
リオンの一言で、一行は通りへと足を向けた。
王都には宿がいくつもある。
だが今日はあまり歩き回る気力もなく、近くの小さな宿屋に入ることにした。
木製の扉を開けると、ほのかに香るスープの匂いと、暖かい空気が迎えてくれる。
「いらっしゃい」
店主の声も柔らかい。
部屋を借り、食事を済ませると、四人は一室に集まった。
窓の外には、もう夜が降り始めている。
「さて、と」
エルが立ち上がる。
「ルミナス、着てみる?」
その一言に、ルミナスは小さく頷いた。
「はい」
ベッドの上に、装備を広げる。
白を基調にした軽装の鎧は、無駄がなく、それでいてどこか神聖さを感じさせる。
「こういうの、着るの初めてだね」
エルが手に取りながら嬉しそうに言う。
「……ちゃんと着れるでしょうか」
「あたしが手伝うよ」
くすっと笑いながら、エルは慣れた手つきで装備を整える。
「ほら、ここに腕通して」
「はい……」
ルミナスは少しぎこちなく腕を通す。
「ちょっと固いかも。最初はね」
「……動けます」
「えらいえらい」
「子ども扱いしないで」
「してないしてない」
そんなやり取りに、ラグナとリオンが思わず笑う。
やがて、ひと通り装備を身に付け終える。
「……どう?」
エルが少し離れて、全体を見る。
ルミナスは立ち上がる。
白い装備が、彼女の金髪とよく馴染んでいた。
どこかまだ不慣れで、それでいて――
確かに“それらしく”見える。
ラグナが口笛を吹く。
「似合ってんじゃねぇか」
リオンも頷く。
「うん。すごく」
ルミナスは、自分の手を見つめた。
装備越しの感覚。少し重い。少し硬い。
「……これが、“守るためのもの”」
ぽつりと呟く。
「そうだな」
ラグナが答える。
「強くなるためじゃなくて、“生きるため”のもんだ」
ルミナスはゆっくりと頷く。
そのまま、少しだけ考え込むように視線を落とした。
「……私には、まだ分からないことが多いです」
静かな声だった。
「魔王のことも、人間のことも……」
リオンがそっと口を開く。
「うん。それでいいと思う」
ルミナスが顔を上げる。
「いい……のですか?」
エルがベッドに腰掛けながら言う。
「むしろ、分かりきってるほうが怖くない?」
ラグナも腕を組んで頷く。
「最初から答え持ってるやつなんて、ろくなもんじゃねぇよ」
「ひどい言い方だなぁ……でもちょっと分かる」
リオンが苦笑する。
エルが続ける。
「旅ってさ、そういうもんでしょ」
「いろいろ見て、迷って、考えて……」
少しだけ真面目な顔になる。
「その中で、“自分で決める”の」
ラグナが壁にもたれながら言う。
「急ぐ必要はねぇよ」
「魔王がどうとか、勇者がどうとかさ」
肩をすくめる。
「そんなでっけぇ話、すぐ決められるわけねぇだろ」
ルミナスは、その言葉を静かに聞いていた。
リオンが優しく続ける。
「ゆっくりでいいんだよ」
「一緒に見て、考えていこう」
エルがにっと笑う。
「そうそう。どうせあたしたち、寄り道ばっかするし」
「否定できねぇな……」
ラグナが苦笑する。
ルミナスは、三人を順に見た。
ラグナ。リオン。エル。
それぞれ違うけれど、同じ方向を見ている。
「……はい」
小さく、けれどはっきりと答える。
「私は、まだ決めません」
その言葉は、迷いではなく――
選んだ“保留”だった。
「それでいい」
ラグナが短く言う。
「その代わり、ちゃんと見ろよ」
「全部な」
ルミナスは頷く。
「はい」
窓の外では、夜がすっかり深くなっていた。
遠くで人の声がかすかに聞こえる。
王都は、夜でも完全には眠らない。
部屋の中は、静かであたたかい。
エルが大きくあくびをする。
「……もう寝よっか」
「賛成」
リオンも頷く。
ラグナはベッドに倒れ込む。
「今日はさすがに疲れた」
ルミナスは最後にもう一度、自分の装備に触れた。
与えられたもの。
託されたもの。
そして――まだ選んでいない未来。
そのすべてを胸に抱えながら、彼女は静かに目を閉じる。
焦らなくていい。
そう言われた言葉が、心の中でやわらかく響く。
夜は静かに、更けていった。




