悪役令嬢として追放されましたが、勇者パーティーの兵站(物流と宿の予約)を握っているのは私です
「セリア。お前のような戦闘で役に立たない女は、勇者パーティーには不要だ。今日限りで追放する」
魔王討伐の旅の道中。
中継都市の豪奢な宿屋の一室で、勇者である第一王子レオンは冷酷に言い放った。
彼の隣では、聖女ミレイアが「今まで荷物持ち、お疲れ様でした」と可憐に微笑んでいる。
他のパーティーメンバーである剣士や魔導師も、私を嘲笑うような目で見ていた。
(……ああ、やっぱりこうなりましたか)
私は小さくため息をつき、手元の羊皮紙の束を揃えた。
「わかりました。勇者殿のご決断に従います」
私が一切取り乱さず、あっさりと頷いたことにレオンは拍子抜けしたようだった。
「泣いてすがるかと思ったが、自分の無能さを自覚していたようだな。お前は後ろでただ帳簿をつけているだけの寄生虫だったからな」
「ええ、おっしゃる通りです。では、こちらの『パーティー離脱同意書』と、今後の債務およびトラブルに関する『免責同意書』にサインをお願いします」
「……なんだこれは?」
「単なる実務上の手続きです。私が抜けた後、皆様の行動によって生じた損害に、私は一切関与しないという証明ですわ」
レオンは内容をよく読みもせず、「ふん、小賢しい」とサインを書き殴った。
それを受け取った私は、深く一礼して部屋を後にした。
悲しくはない。怒りもない。
ただ、「あいつら、絶対に三週間で詰むな」という極めて客観的な予測だけがあった。
***
私の前世は、現代日本の大手物流企業におけるサプライチェーン管理者だった。
商品の在庫管理、配送ルートの最適化、天候やトラブルを見越したトラブルシューティング。
「誰にも気づかれないが、止まればシステム全体が死ぬ」という重圧の中で働き続け、最後は職場のデスクで過労死した。
異世界で公爵令嬢セリアとして転生した私は、前世の過酷な労働の反省を活かし、のんびり生きようと思っていた。
しかし、運悪く勇者パーティーの一員に選ばれてしまった。
彼らは魔法と剣の天才だったが、致命的に「実務能力」が欠如していた。
魔物を倒せば、自動的にお金が湧いてくるわけではない。
解体し、適切な保存処理を施し、商業ギルドで相見積もりを取って初めて「資金」になる。
宿屋はいつでも空いているわけではない。
数週間前から旅程を計算し、前金を入れて予約しておかなければ、大人数が泊まれる部屋など確保できない。
武器の耐久度管理。
ポーションの消費期限と在庫の確認。
馬車のメンテナンス。
私は前世で培った「段取り力」と「Excel(脳内)」をフル活用し、このパーティーの『兵站(物流とインフラ)』のすべてを完璧に回していた。
「ただ帳簿をつけているだけ」?
ええ、そうですね。
その帳簿が真っ赤になれば、勇者だろうが聖女だろうが、明日食べるパンすら買えなくなるというのに。
私は王都には戻らず、国境に近い辺境の商業都市へと馬車を向けた。
あんなブラック企業、こちらから願い下げだ。
***
それから一ヶ月後。
勇者パーティーの末路は、私の予測通り、いや予測以上に悲惨なものだった。
私が抜けた直後、彼らは「うるさい小言を言う奴がいなくなった」と豪遊したらしい。
しかし、すぐに問題が発生した。
まず、新しい街に着いても宿が取れない。
私が事前に手配していた「公爵家の信用保証」と「事前予約」がなくなったためだ。
みすぼらしい身なりで身分証の提示も渋る彼らは、どこの宿屋からも宿泊を拒否された。
次に、資金が完全にショートした。
彼らが倒した魔物の素材は、適切な処理がされておらず腐敗。
商業ギルドに持ち込んでも、足元を見られて相場の十分の一でしか買い取ってもらえなかった。
武器の刃は欠け、防具はボロボロ。
ポーションの在庫はとうの昔に尽きている。
「なぜだ! なぜ俺たちがこんな目に遭うんだ!」
泥にまみれ、野宿を強いられたレオンは吠えたという。
聖女ミレイアは「お風呂に入りたい」と泣き喚き、剣士と魔導師は責任を押し付け合って内輪揉めを始めた。
維持費を計算せず、収支のバランスを無視した結果、彼らのパーティーの家計簿は真っ赤に染まった。
ついには、冒険者ギルドから前借りを繰り返し、多額の借金を抱えることになった。
現在、魔王討伐どころではなくなった彼らは、借金返済のために下級のゴブリンを狩る日雇い労働者のような生活を送っているという。
魔法の才能だけで世の中は渡れない。
兵站とインフラを軽視した組織は、必ず内部から自壊する。
前世の歴史が証明している、極めて論理的な結末だった。
***
「セリア。第十二倉庫の棚卸しと、隣国への輸送ルートの再編計画だが、君の提出してくれた案で進めたい」
「ありがとうございます、辺境伯様。雪の季節が来る前に、冬営用の物資は前倒しで確保しておくべきですからね」
私は今、辺境の都市で「総合物流ギルド」の最高顧問として働いている。
追放された後、私はこの都市のポテンシャル(交通の要所であること)に目をつけ、前世の物流知識を活かして商会を立ち上げた。
過酷な肉体労働を強いるのではなく、情報と数字を管理することで、無駄のない完璧なサプライチェーンを構築したのだ。
私の能力を真っ先に評価してくれたのが、この地を治める若き辺境伯、カイル様だった。
彼は「魔法の才能より、実務能力と先を見通す目こそが至宝だ」と私を重用し、今ではビジネスパートナーを超えた関係になりつつある。
「君のおかげで、領地の税収は過去最高だ。無駄な在庫が減り、領民の生活も豊かになった。……本当に、君がいれば国すら動かせるな」
「買い被りすぎですわ。私はただ、裏方として当たり前の段取りをしているだけです」
カイル様は優しく微笑み、私の手を取ってそっと口付けた。
「その『当たり前』ができる君を、手放した愚か者たちがいるらしいが」
「ええ。おかげで私は、こうしてホワイトな職場で、正当な評価をいただきながら平穏に暮らすことができています」
私は新調したドレスの袖を整え、分厚い決算書にサインをした。
勇者パーティーが野宿で震えている頃、私は温かい暖炉の前で最高級の紅茶を飲んでいる。
魔法のステータスや、見せかけのヒロイン力なんてどうでもいい。
兵站を制する者が、最終的に世界を制するのだ。
私はこれからも、冷静な数字と完璧な実務能力で、自分の幸せな生活を管理し続けるつもりだ。




