悪暖のかくれんぼ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーちゃんは、かくれんぼって得意な人かい?
こまごまとしたローカルルールはあるかもだけど、基本的に見つかった時点で終了するタイプのものだ。追いかけっこを伴わないとなると、いかに鬼の目につかないようにするかが大事になってくる。
コツについて、僕がさまざまな人に聞いたところ、特によく耳にしたコツは2つ。
1つは、立って見えるような場所を避けること。鬼からもろ見えの部分はもちろん、同じ高さをキープしてはならない。普通にしている人より高いところ、あるいは低いところを選んだうえで、ただ通りかかっただけでは見えないようにする。
もう1つは、気を落ち着かせることだ。リラックスしたうえで頭の中を真っ白にして、気配を殺すのだという。なんとも精神的に感じられるが、見つかることにおびえたり、見つかるまいと意気込んだりすると、不思議と鬼に気取られる確率が増してしまうとか。
気持ちの動きが体温の変化などにあらわれ、それを探す側となって過敏になっている鬼の神経を刺激してしまうのか。一概には判断しかねるが、相手の察知能力はなかなかバカにしたものではなく、支持する意見も多かった。
そして、隠しごとや隠しものをするのに都合がいいのは、なにも人間ばかりじゃないかもしれない。少し前に弟から聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?
数年前。弟がまだ学校へ通っていた時分だ。
僕よりも弟のほうが家へ帰ってくる時間は早く、一足先におやつを食べる機会が多かった。
母はというと、昼間の家事が終わってから夕飯までのわずかな休み時間……と自室でくつろいでいることが多く、弟はおやつを自分で用意していた。
食べるところは台所が多い。というのも他の部屋でおやつを食べると、こぼしたときが非常に面倒で嫌だと母親にいわれていたからだ。
家族団らんの機会など限られたときしか、別室での飲食許可は出ない。そのことはさんざん注意を受けた弟も承知しており、愚直に決まりを守り続けていたのだとか。
その日のおやつは、最近買ってきたチョコレートのアソートがひとつ。大きい箱におさめられた幾種類もあるチョコの数々は、幾日か前に親戚からおみやげとして受け取ったものだった。
僕はあいにく、チョコが苦手だったから中身を満足に知らない。弟いわく、全体的にストロベリー風味を重視した味わいになっていて、その日はサイコロのごとき正六面体をしたチョコのひとつを手に取ったらしいのだけど。
ぽんと口へ放り込むや、「ざわり」とした気配が弟の全身をなでたらしい。
音としてはざわりだが、形容はとても難しいとは弟の談。
鳥肌が立ちそうといえなくもないが、このときに感じたものは寒気ではなく、むしろ暖気に近いものだった。あらかじめ暖めておいた巨大な管が、自分を足から頭まですっぽり包んだうえで、勢いよく通過していった感触だと。
まっさきに心配したのは風邪で、台所の棚にしまってある体温計で熱を測ってみるも平熱。なにか踏んづけたりしたのかと、テーブルの下をざっと見てみても何もなく。
奇妙な感覚をおぼえながら、弟はアソートの箱をもとの位置へ戻した。僕以外のほかの家族も食べるから、ひとりで一日にたくさん食べるのは避けるよう厳命されていたからだ。
この一回限りの体験なら、弟が個人的に頭をひねるだけで済んでいた。けれどもそれからチョコを食べるたび、食べようとするたびにこの悪寒ならぬ悪暖に襲われてしまったらしいんだ。
座る位置を変えても、台所の中で立ち歩きながら食べても、この悪暖は欠かさずに迫ってきた。せっかくの至福の時間をわずかでも邪魔されるのはとても不快であったし、正体を見極めたいとも弟は思っていたらしい。
そうしてアソートの最後のひとつを食べるとき、弟はあえて禁を破った。台所の外、自室の前の廊下でもって、握りしめていた最後のチョコを食べたのさ。
あの悪暖は襲ってはこなかったが、安心とはほど遠かった。
うちの廊下は昔ながらの木でできているものだったが、弟はチョコを口にしてほどなく。表面に浮かんだ木目がぞわぞわと動く気配があったんだ。
あのとき、木目は模様ではなかった。広がったり縮まったりを繰り返し、無数の蛇であるかのように波打ちながら、あっという間に自分の足元までたどり着くと、あの悪暖をたっぷりと浴びせた。
それに一瞬ひるんでしまい、はっと我に返った時には口の中へ入れたはずのチョコは、飲み込んだ覚えもないのにすっかり消えていたのだという。
台所や廊下の足もとに隠れて、チョコに反応していたもの。そいつの正体はまだわからずじまいらしい。




