不条理なる理
年の瀬の迫る極寒の夜。
私は追い詰められていた。
特に何をしたというわけではない。気付けばそうなっていたというだけだ。
考えてみれば、それは幼少期からだったのかも知れない。
争い事は何も生まない。それを避ける謙譲こそが美徳である。そんな価値観で育ったせいだろう。集団の中にあれば常に他者優先で利を譲り苦を一身に引き受け尽くす。そんな献身繰り返すうちにそれが当然の秩序となっていた。
序列は権利と機会を奪う。不遇を抜け出そうと努力をしようにも上昇志向は許されない。それは秩序を否定する行為であり、則ち悪というわけで、それを名文に袋叩きに遭うことに。
周囲の成長する中、停滞を義務付けられて置いてきぼりとなれば、今度は存在が他者の足を引っ張る害悪となる。こうしてコミュニティから追放されるのは当然の成り行きというものであろう。
まあ、そんな人間であっても、社会は建前を重視するわけで、コミュニティはなんとかそれを受け入れようとする。
だがそれには当然なから新参者には謙虚であることが求められ、そして謙虚さは謙譲を求める。況してや取り柄を持たない者お荷物とあらば権利を主張する権利も法の下に否定され自重を余儀なくされるのが道理というもの。
さて、そんな人間の元に寄って来る者とはいったいどういう人間だろう。
最初は善意で接してくる者が殆どだろう。相手がどんな人間か知らなければいろいろと期待するであろうから。だがそれだけに、特に期待の大きい者や面倒見の良い者だと、それを裏切る現実を前にした失望は大きく、それは反動となって否定的嫌悪へと変わる。ルールという名文が後押しとなって、それを正当化させて責め立ててくる。そして次第に離れていく。そして最後には合理的判断によるコミュニティから排除が待つわけだ。まあ、そんな彼が悪いわけではないのだが。
では例外的に残った者は?
最初は好意的であったものの失望からそれを失った者、もしくはそれを持たなかった者だろう。
だが、そんな者たちの中には悪意に満ちた者もあり、都合の好い踏み台とされることも少なくない。況してコミュニティに対する貢献度の低い者に対しては当然とばかりに利用する。弱肉強食の競争理論に基づけばそれは合理的な常識であり、相手が排除されるべき者であればその罪悪感さえも薄れていくというものであろう。
というわけで、今では無職の放浪者。繰り返す転職に信用は失われ再就職もままならず、できても同じことの繰り返し。
その上立場と弱みに付け込まれ、騙され集られ気付けば多額の借金塗れ。まあ、自身の生活費というものもあるにはあるのではあるが。
そして現在は困窮に負けて闇バイトに手を出し、その報酬もないまま司法に追われ逃げ続けるだけ毎日。もう三日間何も口にしていない。
陰鬱な気持ちを抱えとぼとぼと歩く。
その足は橋へと向かっていた。
天には輝く無数の星。
地平の彼方には眩しい街明かり。
そして足下はそれらに照され明るく揺れる黒い海。
「おい、ちょっと待て。
いったいどこへ向かうつもりだ⁈」
何が起きたか勝手に歩き続ける私の足。
自分の体だというのに全くいうことを聞いてくれない。
突如どこからともなく声がする。
『諦めろ。お前はこれから橋より身を投げて死ぬことが決まっている。
人には皆生まれ持った役割というものがあるのだ。おとなしく運命に従うがよい』
「ふざけるなっ!
誰だか知らないが質の悪い冗談を抜かしやがってっ!
どついてやるからおとなしく出てきやがれっ!」
威勢よく怒鳴り散らしてはみたものの、声の主はその姿を現すことはなく、夜の闇に虚ろに響き渡るだけで。
『やはり愚かなるは人の子よ。世の理というものを理解するには到らぬか……。
まあそれもよい、いかに喚こうが運命は変わらぬ。この滑稽さもまた人の面白さというものよ』
橋の中央、私の足はその防護柵の手摺を乗り越え勢いよくそれを蹴り出していた。
そして目の前には光の海が。
ドボン!
高く上がる水柱。
だがそれを人が知るのは翌朝のことで、声の主の満足げな嘲笑が夜の静寂に溶けていくだけであった。
この世で最も凶悪なホラーとは、歪んだ社会秩序以上に人間の人生を弄ぶ神に違いない……。
例えばこんな作品を書いた私のように。(笑)
──て、また運営から非公開をくらうのかなぁ、結果的にまた主人公が死んでるし……。
何よりも神に対する皮肉が、運営が不条理に垢BANを弄んでいるなんて侮辱的批判ととられる可能性も。解釈は人それぞれですし……。
そしてこの作品を肯定するGemini。そりゃあAIが問題視されるわけだ。(苦笑)




