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第九話 第三者たちの悪意

坂を登りきる頃には手はピリピリからしびれに変わっていた。たった一回の経験からでも分かる。あの時みたいなヤツ、異住人がいるんだ。恐ろしいと思う気持ちとワクワクとしてしまう気持ちが入り混じる。今度はどんな異住人が現れるんだろうか。

施設の裏側に出る。まだ何も見えない。

「奏。私のそばを離れないでね。」

はなびはそう言うと建物の表側に向かう。

「はい。」

なんとなく悲しい気持ちになる。女の子に守られてばかりだ。

はなびが向かい側の広場の見えるところで立ち止まる。

「あっ!」

広場の中央あたりにヤツはいた。

黒と紫がいりまじったオーラを放ち、俯いて立っていた。

女の人?いや、もっと若い感じ。高校生くらいか?おれと同じくらい…。

「いたっ。」

手に感じるしびれがさらに強くなり、痛みを感じる。

「あなただれ!?」

はなびが大きな声で問いかける。異住人は動かない。同じ姿勢で微かに揺れている。

「ここになにをしに来た?」

問いかけるようにはなびは続ける。それでも異住人はなにも答えない。手のしびれは相変わらずで触れるともっとひどくなりそうな妄想が奏の体を硬直させる。

「ねぇ。」

はなびが少しずつ異住人へ近づこうとした瞬間、俯いていた顔をこちらに向けた。

それと同時に強烈な頭痛を感じた。異住人の視線を頭の中で感じ、体の中にヤツが入ってくるような感覚に襲われる。

「そうっ!」

はなびの声が遠のいていくのを感じながら意識が他の場所へ吸い取られていった。


****

「ねぇ。さくら一緒に帰ろー。」

聞き慣れない声で意識が戻る。

「今日の授業さーわからないところあったんだけど教えてくれない?」

さくらと呼ばれる人の声は聞こえない。どうやら、そのさくらと呼ばれている人物の内側に自分はいるらしい。だって声の相手がかのんだと分かるから。おれは知らないもん。

なんでこうなったのかも分からんが。

きっとあの異住人の中だろう。なぜかそれも分かった。

「さくらやっぱり頭いいね。」

場面は変わり誰かの部屋にいる。かのんの顔はぼんやりしていて見えない。二人はにこやかに話をしているように感じた。

すると、途端に周りが真っ暗になる。

なんだよ?辺りを見回しても暗闇が広がるだけでなんの物音もしない。

「…………。」

暗闇と静寂に微かな音が生まれた。それでも耳を澄ましてもなんて言っているのかわからないほどの小さな声だ。

それがだんだんと音量を上げて来る。

「さくらのことじゃない?」

「やだ。うそー。」

「やばいじゃんこれ。」

「ほんとなの?」

なんのことを言ってるんだろう。

「さくら。」

この数十分で聞き慣れた声がする。かのんの声。

「さくら。これほんと?」

これまで聞いたのとは違う冷たい声色。

さくらの体が震えているのを感じる。顔は熱いのに全身の震えが止まらない。心臓の音が早い。

「信じられない。こんなことするなんて。」

暗闇に携帯電話が浮かび上がる。正確には携帯電話の画面だろうか。ぼんやりと光を発している。画面の中は相変わらずぼやけていてよく見えないが、コメント欄がものすごいスピードで更新されているらしい。

(コイツくそだな)

(何考えてんの)

(友達として最低)

(どんな育ち方してきたの)

(キモ)

(ブスが)

(消えろよ)

(親出てこい)

(死ね)

(いなくなったほうが世の中平和)

ぼやけだ画面からではなく直接頭の中に数えきれない誹謗中傷の言葉が流れ込んでくる。

未だ消えない体の震えと、怒りと悲しみで全身の感覚が消えていく。

そのまま一面が一瞬真っ赤になったかと思うと暗闇と静寂が訪れて、意識が遠くなっていく。

         ****

「そ…。」

「そ…う。」

誰かが呼んでいる。

「奏!」

はっと両目を開ける。

はなびが半泣きの顔で自分の肩をゆすっていた。

「奏!気がついた?!」

目の前にいる異住人を気にしながら交互にあちらとこちらをキョロキョロを見回している。

「大丈夫なの?!」

奏が意識を取り戻したことではなびはとりあえず前方の異住人に神経を集中することを選ぶ。

「なにがあった?」

前を見ながら聞く。

「えっと。なんか突然意識が遠くなって。」

すらすらと言葉が出てこない。巻き戻して、今見てきたことを一つずつ思い出す。

「たぶんあの異住人の頭の中か、体の中におれの意識が入ったみたいな体験をしてきました。」

「は?」

はなびは思ってもいない奏からの答えに言葉を失う。

「いや。おれも信じられないんですけど、たぶんホントです。」

異住人はまた俯いたまま、黒紫のオーラを放ちゆらゆらと揺れている。

奏はなんとなく異住人に聞こえないようにはなびに近寄り耳打ちする。

「あの異住人。たぶん自殺してます。ネットにあることないこと書かれてたみたいで。」

「なんで知って…。」

はなびはそこまで言ってはっとする。

「ほんとにアレの中に?」

首を縦に振る。

「じゃあ、彼女は…。」

そう言うとポケットからカードを一枚取り出した。

「さっき相模さんに戻してもらっててよかったぁ。」

大きく安堵のため息をつくと、カードを顔の前に持ってきて、なんだか呪文めいた言葉を紡ぎ出した。

「汝のその無念、ここで終わらせよう。我は汝のおもりを解いて空へと押し上げん。」

はなびの持つカードから暖かい光の玉がいくつも現れ、異住人の頭の上へと移動していく。

その玉に導かれるようにして異住人が顔を上げた。玉はいくつもいくつもカードから溢れ出し、やがてコップから水が溢れるように異住人の頭から体の下まで全身を包み込んだ。

初めはうめき声をあげていたが、その玉のシャワーの心地よさを受け入れるように動きを止めた。

光のシャワーは異住人の足元から土の中へと吸い込まれるようにして消えていく。

すると、異住人を覆っていたあの黒紫のオーラが跡形もなく消えていた。

体が透けていないければ、異住人だと分からないほどに普通の高校生がそこには立っていた。

これまで自分はなにをしていたのだろうとでも言いたげに両手を見つめ、顔や髪の毛を触る。

そして、すこし悲しそうにこちらを見つめた。「もしかして…。」

奏は真実に気がつき、愕然とした。

「死んだことに気がついてないのか?」

「そうだね。」

はなびはさらりと言うと異住人に近づいていく。

しかし、はなびが彼女の元へ辿り着く前に彼女は消えてしまったのだ。そのまますっと、まるでテレビが消えたときのように残像を少し残して消えていった。

「えっ!」

あまりの速さに奏は驚きの声をあげる。

はなびはしかし、特に不思議にも思わないのかその場に立ち止まり空を見上げた。

「浄化したってことですか?」

「そうだね…。」

はなびは静かにそう言った。

「こんな感じなんですか?いつも。」

こんなにもあっけなく終わるのか?

「んー。こんなに早く昇っていくのは珍しいほうかな。あと、結構拒まれたりもするしね。」

はなびかこちらに戻って来る。

「話が出来たりすることもあるんだよ。」

「話んですか?異住人って。」

驚いた。死者と話ができるということか。

「滅多にないけどね。」

はなびは異住人がいたほうに向き直り、しばし頭を下げた。

それが終わるとふれあいの家へ向かって歩き出した。

「あーあ。またカード戻してもらわないと。」

背伸びしてつぶやく。

「最近多い。あんな感じの異住人」

「え?」

奏が聞き返す。

「最近ね、あんな感じで苦しそな感じのが多いの。で、浄化したらさらに悲しそうに昇っていくの。でも、私にはどうすることもできない。」

はなびがさっき使ったカードを覗き込む。

そのカードを見て奏ははっと息を呑んだ。

カードの表面だろうか、そこが真っ黒になっている。まるで焦げたかのように。

「それ…。」

奏の視線に気がつき、カードを手渡してくれた。

「すごいでしょ?仕事したーって感じ。」

はなびは自慢げに言う。

「私には力がないからカードにばっかり重荷を背負わせてしまってるのが申し訳ないけど。」

「力がないなんてそんなことないと思う。」

奏は瞬間に感じたことを口にしていた。

「はなびさん、すごく異住人に寄り添いたいって感じてますよね。ただ除霊するだけじゃなくてなんとかしてあげたいって。浄化って言葉を使うのもそう。救う道を探してる。だからそんなふうに思うことないと思う。」

一気に口にする。ふとはなびの視線を感じで気まずくなる。

「ありがとう。そんな分析されたの初めてかも。」

分析て…。

「そんなつもりは。」

偉そうに感じただろうか。

「うん。わかってる。嬉しいよ。」

水色の髪を手で弄びながら笑顔になる。

「相模さんいるかな?カード早く休ませてあげたい。」

もうこの話は終わりというように内容を変える。少し照れているように感じるのは気のせいか?

「そうですねぇ。いても酔っ払って寝てるんじゃないんですか?」

言った自分もなんだか恥ずかしくなり、ちらっと毒を吐く。

「ははは。そうかも。」

二人でそんなことを言いながら、家の中に入る。

そしてこの会話が正しいことを身をもって知る。

「あーあ。やっぱりか。」

ため息混じりに、全てを明日に持ち越して二人は帰ることにした。

「今日の体験がどういう意味があるのか、聞きたかったのにな…。」

真っ暗になった帰り道に一人でつぶやく。

自分が見たあれはなんだったんだろうか。あれがおれの能力だったりして。

明日のやることリストに加えられた質問が奏の生活をまた変えるとは知らず、彼は家路を急ぐのだった。

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