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第八話 過去と未来のアーケード

「疲れた…。」

一日中、事務所で報告書の整理に追われて気がついたら8時を過ぎていた。相模ははなびと共に出て行ったきり戻る気配がなかったので勝手に切り上げたのだ。

「初仕事がこれか…。」

先が思いやられる。

しかし、ろくに説明も受けずに始めたにしては今日の仕事ぶりは自分で自分を褒めてもいいのではないかと思う。

整理整頓は生きる基準だと母から教わってきたためか、同じ年齢の同じ性別の人間よりも身の回りはきれいだし、部屋も整っている。その性格が今日は存分に発揮できたように感じた。今後自分がこの仕事を請け負うのならこれまでと同じようにはさせないと決意もできた。

「それにしても。色んな異住人がいるんだな。」

今日整えた報告書は基本的に全てが異住人を除霊したことを報告するものだったからどんな異住人がいるのかが少しだけわかった。

ちなみに誰がどうやって除霊したかを書くことも必須とされていたのだが、どの報告書にもそれは書かれていなかった。

「そう言えば凶暴な異住人が増えてるってはなびさんが言ってたけど。」

これから奏にも除霊に参加する機会があるかもしれないと聞かされた。まだ見ぬ異住人に恐ろしさを感じてしまう。

「ちょっと寄ってみるか。」

はなびは帰りにでも店においでと言ってくれた。もしかしたらもうクローズ時間になっているかもしれないが裏側がどんな感じなのかも見たかったので寄ってみることにする。

ふれあいの家を出ると建物の裏側へと向かう。裏側にはゆるい下り坂の道が下の方へと伸びていた。半分ほど下ると良い香りが漂ってきた。

「なんだろう。なんかのソースの香り…。」

途端にとんでもなく空腹を感じた。そういえば昼から何も食べずに作業に没頭していた。歩きながらなんのソースか想像するだけでお腹が鳴る。

坂を降り切ると家の塀が見えた。家と家の間に筋があり路地に出られるようになっているようだ。一軒分の筋を通り抜ける。そこには両サイドに様々な店の並ぶ屋根のないアーケード街が広がっていた。

「すごいな…。」

初めてみる光景に言葉がでない。奏の出た場所はアーケードの左の端のようだ。右の方には先が見えないほどに長く店が続いている。左の突き当たりには大きな屋敷が建っている。鉄格子の重厚そうな玄関ゲートが物々しく威圧感がすごい。こちらにはすぐに興味を失い、果てしなく続く右を進む。飲食店や生活雑貨店、本屋に駄菓子屋。銭湯まであるじゃないか!目にする店全てが奏の好奇心を誘うのだ。どこにでもあるドラッグストアだってこの場所に並べば別の次元のお店に見える。

なんだろうか。この異様にも思えるほどの高揚感は。この場所全体になにか目には見えないが不思議なものが立ち込めているような。空の色もいつもと違う気がする。暗い赤と青のグラデーションの中に金色の筋がキラキラと見え隠れしている。夜はすでに訪れているはずなのに黒ではない空の色が奏の心をかき乱す。色んな感情が混ざり合って余計にそわそわしてしまう。5分ほど歩いた頃、水色の店舗が見えてきた。直感ではなびの店だと思った。店の前に立つと『fireworks’s donut 』と書いてあった。はなびのドーナツとはなんと直球な店名だろう。でも、さっき話をしたはなびの印象には当てはまる。店の外観は水色がよく似合うヨーロッパ調に仕上がっていて、大きなガラス窓がドアを真ん中にして両サイドに入っている。店内は白で統一されているようで、店内はとてもあかるい。この店はなんだか未来の香りがするなとふいに思った。ここまで歩いた中で数あるお店は、そういえばかなり昔の風貌のものもあればこの店のように新しい雰囲気のものもあり、その二つがと混在している。過去と未来の空間が混ざり合っているように。幸いはなびの店はまだオープンしているようで、店内は明かりが付いているし人も数人入っていた。未来寄りの象徴とも言えそうな自動ドアを開けるためにドアの前に立つ。音もなく左にドアはスライドした。カウンター席のお客と笑顔で話をしていたはなびがこちらに視線を向ける。音もなく開いたドアにも気がつくなんて、きちんと店主をしているんだな。

「奏じゃん!いらっしゃい。」

カウンターのお客に手を振り、こちらに駆け寄ってくる。

「ありがとう。早速来てくれたんだ。」

嬉しそうに手を取って上下にぶんぶんと振る。犬人と同じだ。

「早速来ました。あの、この店すごくオシャレですね。」

手を掴まれたまま店内を見回す。女子が好きそうなマカロンが売っているフランスのお店を思い出す。パステルピンクやミントグリーンといったクリーム系の色合いが白の家具によく似合っている。

「でしょ!私が独立した時に相模さんがこのお店出してくれたんだー。」

相模が?そんなことまでしてるのか。

「あ。でもお店のコーディネートは全部私がしたの。フランスのお菓子屋さんをイメージしたんだ。」

「そうかなと思いました。マカロンのお店みたいだなって。」

奏の言葉にはなびは目を丸くする。

「奏からマカロンなんて言葉が出るなんて!」

「行ったことがあるんです。母の取材にくっついて。その時連れて行かれた店がこんなだったなって。」

「取材?奏のお母さんって何してる人?」

少し、はなびの声と目が曇った気がした。

「え。小説家です。相模さんとも小説の取材の時に知り合ったみたいで。」

「あぁ!あの人!奏のお母さんだったの?」

気のせいだったのだろうか。はなびは元の様子に戻る。

「知ってるんですか?」

「うん。多分私も一緒にいた。その取材の時。」

記憶を辿るように上をむく。

「私は取材を受けてたわけじゃないけど、同じ部屋にいたから話し声は聞こえててね。すごく楽しそうだったなぁ。相模さんもあんなに楽しそうに家の人以外と話するの珍しいから覚えてた。」

「へぇ。そうだったんですか。」

「そっか。それで奏はここにバイトに来たってわけか。」

うんうんと頷く。

「私は行ったことないなーフランス。

一度でいいから見てみたいな。それを夢に見てこのお店をデザインしたんだ。」

はなびは楽しそうに語る。

「行けたらいいですね。」

あたりさわりのないことしか言えないが心からそう思う。

「で、どうだった?今日は。」

会話のテンポが速い。

「あの通りでした。終わりまで。」

はなびか軽快に笑う。

「そっかそっか。大変だったね。何食べる?」

だからテンポ速い。

「えっと。なにがあるんですか?」

店内に入ってからここの商品を気にすることがなかった。ほんとはさっき嗅いだソースの香りのするものが食べたいが…。

「基本はドーナツだね。でもそんなんじゃないほうがいいか。」

心を見透かされるのは落ち着かない。が、

「それは、そうですね。すいません。」

「素直だねぇ。」

奏を席に導きながら、ニヤニヤするはなび。

素直がいいのかどうか分からないが、自分の店の商品以外がいいなんてことを言われても特に気にする様子もないはなびに好感を覚える。

テーブル席もほとんど空いていたが、カウンターの席に案内してくれる。カウンターの席って常連の人専用な気がして気恥ずかしいが初めて座る小さくて背もたれのない椅子に嬉しくなる。

「ドーナツしかないんだけど。しょうがないからピザでも注文するか!」

突然ぱちんと両手を叩いて声を上げる。

「へ?ピザですか?」

思ってもいない発言に面食らう。

「そ!だって夜ご飯まだでしょ?ドーナツなんかじゃ食べた気にならないじゃない。」

「あの。さっきから自分の店の商品を雑に…」

「そんなの関係ないじゃない。ご飯の時間にドーナツ食べろって、私だっていやだもん。ドーナツはスイーツの中で一番好きなものであって、一日中それだけって言われたら絶対むり。」

なんて髪の色と同じ流れる水のようにさらさらとした性格。

「私もお腹すいちゃったしピザ食べよーよ。」

そう言って本当にピザの注文を始めてしまう。

「何が好き?食べられないものとかあるの?」

あれやこれやと答えていく内にピザを待っている自分がいた。この時間で母に遅くなることを連絡すると、

「おっけー!じゃあお友達と飲みにでも行ってくるねー。」

とご機嫌な母の声が返ってくる。なんとも心地のいい距離感だと再認識する。

「あ!きたきた!」

はなびの声の方を見るとデリバリーピザが店内に運ばれて来る。

「いい匂い。お腹すいちゃったね。」

奏に微笑みかけながらテーブルにピザを置いて自分も腰掛ける。

「いただきまーす!」

「いただきます。」

久々に食べるピザだった。空腹のせいもあって以前食べたよりも別段に美味しく感じられる。

「奏はさ。」

一切れをお互いに食べ終えた頃、はなびが口をひらいた。

「どうしてこのバイト受けたの?」

「どうして…。そうですね、昔からこの手の話が好きで。」

「それで仕事もしてみたいって?」

「そうなりますかね。だめですか?」

動機が不順だとでも言われるだろうか。

「そっか。でもそれだけじゃ出来ない仕事だってこともわかってるよね?」

夕方、相模や犬人にも言われたことを言いたいのだろう。

「死ぬかもしれないってことですよね。」

「聞いてるよね。やっぱり。」

はなびは真剣な瞳でこちらを見つめる。

「覚悟が必要だって。さっきはなびさんも」

「うん。簡単に考えてほしくはないね。」

「でもおれはまだそんな前線に立つことなんて…。」

「それだけじゃない。」

はなびは奏の言葉をさえぎる。

「それだけじゃないよ。死ぬ理由。」

「え。」

「怨念っていうのは憑いてくるの。退治した相手を見張ってるヤツがいるの。」

「憑いて…くる。」

「相手の弱みに漬け込んでくる汚らしいヤツは五万といる。その標的にあなたがなるかもしれない。」

はなびが奏を指差して言う。

「おれが?」

考えてもみなかった。

「そう。奏が私たちの仲間になったら狙われる。」

「なんでそんなこと。」

「それも覚悟の一つだってこと知ってほしくて。」

「なるほど。わかりました。」

「だから、早いうちに…。」

そこまで言いかけて、はなびは話をやめた。

「はなびさん?」

言いかけた奏を手のひらを向けて制止する。

椅子から立ち上がり、周りの様子を探るように目を閉じる。

「なんか来た。」

「え?」

はなびはそう言うと店の奥に走って行ってしまった。数秒後、手に箱を持って戻ってきた。

「奏。着いてきて!」

そう言うと店を飛び出していく。

「え!ちょっと待って!」

慌ててその後ろを追いかけていく。

なんだかこの前から誰かを追いかけてばかりいる気がする。

はなびは奏が来た方向へ向かって走っていく。

行き止まり手前の路地を曲がり、施設がある方へ。坂道の半分くらいに差し掛かった時、

「いたっ。」

奏の手があの時と同じ痛みを感じた。

鈴葉が異住人を吸い込んだあの時と同じ。

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