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第五話 その秘密もっと知りたいのに

帰り道はやはり何も聞き出せないままだった。

施設へ続く鳥居をくぐった時でさえ、奏は鈴葉に何も言い出せずにいた。それは鈴葉の話しかけるなオーラがあっただけでなく、家路を距離を空けてではあるが共に歩く中で彼女の背負うものの大きさに圧倒されてしまったから。

指先のピリピリの理由も知りたい。

どんどん先へ歩いていってしまう鈴葉の背中をいつの間にか足を止めて見つめていた。

色々聞き出すにはまだ早すぎた。

「やあ!おかえり。どうだった?」

玄関口で相模が二人の帰りを待っていた。

先を行く鈴葉に微笑みかける。

「いつもと同じ。」

そっけなくとも相模には返事をするきちんとするのだ。

「そう。ご苦労様。ご飯出来てるよ。」

母親のようなセリフで鈴葉を迎え入れる。

「はい。」

それに従う鈴葉。彼の前ではこんなにちゃんと受け答えする。

俺にももうちょっと会話してくれよ…。

二人のやりとりを恨めしそうに細目で見つめてやる。

そんな奏の視線なんて全く気にせず、鈴葉はさっさと建物の中に消えてしまった。

「奏くん!どうだった?貴重な体験が出来ただろう?」

にこやかにそう問いかけてくる。

よくそんな笑顔で言えるな。俺が何を見せられたのか知らない訳じゃないだろが。

このタヌキ野郎が。

「すごかったです。」

頭の中をぶちまけられるわけもなく、さらりとした答えしか出来なかった。

「そうだろう?」

満足そうに頷く相模。

「さぁ、その話を存分に聞かせてもらおう。君の分の夕食も準備してあるから。」

「え?俺の分も?」

自分の顔が怪訝な表情になっていたのに気がついたのだろう。

「お母さんにはもう連絡してあるからね。」

母の許可は絶大だということを知っている。

「さあ、中へ。」

俺の許可は?母のオーケーより俺の気持ちを聞いてくれ。

「はあ。」

生返事をしてされるがままに家の中へと入る。

さっきまで外が明るかったから廊下も明るく奥行きを感じることができたが、今の廊下は真っ暗だ。明かりがないのか、まだ電気をつけていないのか。最初に通された事務所があった廊下の奥が全く見えなかった。

幽霊退治…と言っていいのだろうか。を見た後だと、その暗闇がなにか恐ろしい場所への入り口のような気になって直視できなかった。

この家にはさっき鈴葉がやっていたような仕事をすり人間がたくさんいる…。

なんだか改めてそう思うとなんとも言えない気持ちにさせられる。


食堂は廊下の中央あたりにあった。

暗闇の先まで行く必要がなくてほっとする。扉はなくて布の暖簾がかかっていた。水色と青のグラデーションが綺麗で少し落ち着く。

中に入ると思ったよりも広さがあった。アニメでよくある寮の食堂のような大きな机が三つ。それぞれの机に小さな花瓶が真ん中に置いてあり三輪づつ花が生けてある。赤、黄色、紫と色分けされていてテーブルクロスの色もその花と同じ色で統一されているらしかった。今は三つのうちの一つだけに食事が用意されていて、鈴葉ともう一人見たことのない少年が座っていた。すでに食べ始めているらしく、食器のなる音と少年の話し声が聞こえる。

「だからさ、なんで俺も連れてってくれなかったの?久々なのにさー。」

なんとなく話し方が相模に似ているような気がする。連れて行くとはさっきの幽霊退治のことだろうか。

「なんであんたを連れてかなきゃいけないのよ。私が見つけたヤツなのよ。」

鈴葉は少年を見ることなく、淡々と食事をしながら冷たくあしらっている。

「いつも鈴葉じゃんか。」

視線すら合わせない彼女を恨めしそうに見ている。

鈴葉は誰に対してもあんな感じなのだろうか。

おそらくは相模だけが例外なのだろう。

面白くないといった様子で視線を鈴葉から外したところで少年と目が合った。

「あれっ?相模さん。その人は?」

そう言いながらこちらへ駆け寄ってくる。立ち上がった身長が思ったよりも小さくて驚いた。もしかして、まだ小学生なのか?

顔つきがすでに大人びていて判断がつかない。大きすぎない二重の瞳とすっとした鼻筋。薄めの唇と女の子が憧れる全てのパーツを手に入れているかのような容姿だ。

「こちらは今日から働いてくれる大神奏くんだ。」

相模にそう言われて、奏は頭を下げる。

「へぇ。今度は大丈夫なの?この前の人はすぐ逃げたちゃったけど。」

奏の身長より低いから、下から見上げられなんだか挑戦的に見えてしまう。しかし、そんな印象も次の瞬間に吹き飛ぶことになる。

「でもなんか、前の人とオーラが違うな。気が合いそうだ。」

まるで視線は奏の後ろを見ているような目でこちらを見ながらそう言う。

「よろしくね!奏!」

人懐っこい笑顔が突然現れたかと思うと、握手を求めてきた。

「ぼくの名前は犬人。犬に人って書いて犬人。」

その花のような笑顔の完璧さに圧倒されながら、おずおずと右手を差し出すとすかさず握り返してぶんぶんと上下に振る。

犬のような人懐っこさ。名前通りだな。

「よろしく。」

ここに来てからというもの、全ての事や人に驚きっぱなしの奏は疲労と共にそれしか言葉が出てこなかった。

「いやー。犬人とは仲良くなれそうでよかった。」

二人のやりとりを見て相模は心底、微笑ましいといった笑顔を向けてくる。

「そうだね。前の人よりはいい!」

なにが?

「それはよかった。」

相模が満足そうに頷く。

「さあ。奏も席について。」

突然の呼び捨てで奏をテーブルまで導いていく。ほんとうにこいつの心は読めない。犬人も一緒にテーブルに戻ってくる。隣同士に座ってくる空気が人好きなんだと思わせる。こういうことが自然にできる人間って実は少ない。奏はできる人間が嫌いじゃない。ただ、注意しないといけないのはその心の中になにを思っているのか、だ。不利益は被りたくはない。その辺りは慎重になりながら、これまで生きてきた。

しかし、ここではこれまでの自分の勘も当てにできないだろうと思う。これまでの世界とは違いすぎて、これまで自分が生きてきた世界とは違いすぎて。

「では、食べるとするか。鈴葉はすでにだけども。今日は新しい仲間も増えたことだし、みんなで楽しく食べようじゃないか。」

はーい。と元気よく犬人が返事をする。

鈴葉は全く気にする様子もなく食べ続けている。犬人という新しい登場人物に気を取られてみていなかったが、テーブルの上には誕生日パーティーでもするのかというようなご馳走が並んでいた。

「すごいですね。こんなにたくさん。」

「みんな君のためだよ。」

相模がさらりと言う。

「え?」

「君が今日からここの仲間になったお祝いじゃないか。」

こんなにも豪華食事を俺一人のために?

「そんな。こんなことされる筋合いないのに。」

「そんなことないじゃん。奏はもううちの一員なんだからさ。」

犬人がにこにこしながらからあげを頬張る。

うんうんと相模が頷く。

「ありがとうございます…。」

こんなの予想してなかった。鈴葉の態度や相模の変人ぶりがここでこれから働くという意識を薄くしていた。これからここで働くことに不安を抱く間もなかったのだ。

「すいません。こんなに。俺、今日から頑張りますのでよろしくお願いします!」

そこからしばらくは和やかなムードで過ごすことが出来た。それでも奏の中にはやはり聞いておきたいことが山ほどあった。でも話し出すタイミングが見つけられない。

鈴葉はずっと誰とも視線を合わせずに黙々と食事をしていたし。しかし、よく食べるな。あの細い体のどこにそんなに入るんだ。犬人は今日の出来事をずっと一人で話している。そして、やはり小学生…だと。大人っぽすぎるよ!

相模はいつの間にかワインのボトルを手に持ってひとり飲んでいる。これが母さんと意気投合した理由じゃないか?

「あの!」

誰に話しかけたらいいのか分からず、結局全員に聴こえるように大きな声ではじめることにする。

その突然の大声にその場が一瞬静まり返る。

目を丸くして奏を見る犬人。

グラスを口元で傾けてた姿勢のまま顔だけこちらに向ける相模。

それでも全無視の鈴葉。徹底しすぎだろ。

「あ。すいません。」

心にもない謝罪をする。だってあんなの見てなんにも聞かされないなんて。いや。聞いたは聞いたけどあれだけじゃなんの説明にもなってない。

「いや。なんて言うか。さっき見たあれは一体なんだったのかなって。」

「さっきって奏は鈴葉について行ったの?」

犬人が尋ねる。

「うん。相模さんに行ってこいって言われて。」

「奏も行ったのー!ずるーい!なんで誘ってくれなかったのさ!」

そう言って奏を揺さぶる。

「そんなこと言われても知らなかったし…。」

ぴたりと揺する手を止めて

「それもそうか。」

すぐに納得するならやめて欲しい。

「見たんだろ?この世のものでないモノ。」

相模が真剣な目でこちらを見つめていた。

「見た。だからあれがなんだったのかが…。」

自分でそう言いながらその質問の無駄さに気がついていく。夕方、相模から聞いたこと以上のもの説明がほしいと…でもなにが?俺が見たものの存在をあの時自分が感じたこと以上の説明なんていらないよな。

「いや。なんでもないです。」

相模はなにも言わなかったが、奏が考えていることはお見通しのような顔をする。

「ああいうのがいるんだよ。きっと言葉で説明しろと言われても難しい。相手が理解をしてくれなければね。奏くんは大丈夫そうだ。」

と、こちらをじっと見つめる。

「そう…ですね。理解。うん。できたきがします。」

視線を手元に落として少し思考する。

「あ。でも一つだけ。」

相模はすでにワインを再開していた。

「ん?」

「あの、霊?的なものが出てきた時なんですけど、なんか、指先がピリピリしたんです。」

手を前に出してみる。

「それが何度かあって。あれも霊のせいなんですか?」

相模はなぜか満足そうにうんうんと頷き続けている。

「やはり、君は僕が見込んだだけのことがあるよ!」

返答までご機嫌だ。

「へ?」

意味がわからず呆けてしまう。

相模は小さく拍手までしていて全然答えてくれない。

「それはすごいことなんだよ。奏。」

見かねた犬人が答えてくれた。

「ヤツらは話すんだ。」

「話す?ほんとに?」

「そう。言いたいことがあるからこの世界に留まっている。だから、めちゃくちゃ喋るヤツもいるくらい。」

「でも、俺そんな話し声なんて全く聞こえなかった。」

「当たり前でしょ!」

突然鈴葉が大声をあげる。

「そんなの聞こえてたまるもんですか!私もう寝るから!」 

そう言うとさっさと食堂を出て行ってしまった。

「俺、なんか怒るようなこと言った?」

わけが分からず、奏は犬人に助けを求める。

「あー。鈴葉は基本キレてるからね。あんなの気にしなくていいよ。」

犬人は慣れてるようだ。

「いつも?あんなに?」

「そ。」

犬人はさっさと話題を元に戻してしまう。

「奏が声を聞くことができなかったのはね、未熟者だからだよ。」

にこやかにキツめのセリフを吐く。

「未熟者?」

訳がわからなさすぎて怒りも湧かない。言葉の意味が理解できないでいた。

「あーえーと。間違えたかな?」

言葉のチョイスに迷い困惑する犬人にやっと小学生らしさを見る。すこし微笑ましく安心した。

「当たらずとも遠からずってとこかな。」

ご満悦状態から戻ってきた相模が助け舟を出す。

「霊は話をする時、霊波というか波動みたいなものを出して言葉を作るんだ。この波動は霊感のあるものしか受け取ることができない。一般の人達が霊の言葉を聞けないのはそのためさ。」

「なるほど。」

「そして、その霊感が弱いけれども備わっている人。この人は体のどこかに波動を波形として受け取ってしまう。君の場合はそれが手だったってこと。」

相模の言葉を聞いてぎょっとする。

「それって。俺に霊感があるってこと言ってんの?」

「その通り!あぁ素晴らしい!」

相模はまた上機嫌トランスの波に飲まれていく。

「やったね!奏!」

犬人は何が嬉しいのか、また奏の手をブンブンと振り回す。

「俺に…霊感が…?」

本当にとんでもない場所にきてしまったらしい。

18歳の、これから冬になろうという季節。

大学に行くまでの間、ゆっくりと好きなことをしまくって過ごすつもりだったのに…。

そんな秘密を知りたかったんじゃないのに!

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