第四話 憧れたあの世界にはこんなやつがいるの?
「ちょっと待って。」
石段を全部降りたところで奏は鈴葉に追いついた。
石段って降りるのにもこんなに息が上がるなんて知らなかった。高さの違う段差は足下を見ていないと踏み外してしまいそうになるし、前方も見ていないと鈴葉の行方がわからなくなってしまう。全ての石段を降りた時には中も外もすでにクタクタだ。一息つきたいのに鈴葉は止まってくれない。
「待ってよ。」
奏の言葉も聞こえていない様子で先へと進む。仕方なく数歩後ろをとりあえず着いて行くことにする。
どこに行くんだろう。
この辺りは地理がよくわからない。さっきの施設にも初めて来たくらいだ。鈴葉の背中を見失ったら最後だ。かと言って、さっきから隣に並ぼうとするも舌打ちと氷よりも冷たい視線を浴びせられ近寄るとこができない。話なんてもってのほからしい。それでも後ろをついて行くことに対しては何も言ってこないところを見ると相模の忠告を忠実に守っているのだろう。
家を出る寸前に相模は鈴葉に念を押していた。
「今日から働く大神くんにしっかりといいところを見せてくるだよ。鈴葉。」
最後はハートがついているような響きが含まれていた気がする。そしてそれに鈴葉は従う。二人の関係が少し見える気がした。色々と聞きたいことが多すぎてこの瞬間がもったいない。
「あのさ、」
「ねえ、」
「ちょっと、」
さっきから散々チャレンジしているが初めの言葉を出すだけで殴られそうなため息が出る。
そんなにいやか?
このままでは着いて行くことすら禁止されそうで黙るしかない。それからどれくらい歩いただろう。そうはいっても数分だったろうが、奏にとっては永遠より長く感じた。
そして、それは突然訪れた。
鈴葉が急に足を止めたのだ。
そこは普通の路地。その突き当たりだった。自分の家の近くにもあるような場所。この街は昔からの街並みも多く残っていて、ここはそのエリアに当てはまる。昔のテレビアニメによくある塀の高い家が立ち並ぶため路地の突き当たりは閉鎖感がある。鈴葉は突き当たりの2メートルほど手前で立ち止まり正面を睨みつけている。
「どうかした…」
そう言いながら彼女に近づいていくと
「下がって!」
これまでと変わらない冷たい声だか、明らかに違った響きを持って奏を威圧する。その声に驚きその場で動けなくなる。まるで金縛りのようだ。
ジリジリ…ジジリ…。
なんだ?音?
夕闇の迫る静けさの中に微かだが音が聞こえだした。砂利道で足を擦って歩くような音。鈴葉がじっと見つめる壁に奏も視線を注ぐ。音と共に壁の真ん中あたりにシミのようなものが浮かび上がっていることに初めて気がついた。
「なんだあれ…。」
奏の疑問に答えることはなく鈴葉は一歩前に出る。
「出てこい。」
冷たさと少し怒りを感じさせる声で壁のシミを威嚇する。
「もったいぶってないで早く出てこい。」
綺麗な顔に似合わない乱暴な言い方がより恐ろしさを感じさせる。
「出てこいって、一体なにが…」
ズルリ…。
音が変わった途端、目の前に人が現れた。
自分よりも少し年上だろうか。スーツらしきものを着た男の人が暗いオーラのようなものを纏って立ち尽くしている。オーラは火のような動きをしながら男の人の周りを埋め尽くす。顔はうなだれていてよく見えないが唸り声のようなものが聞こえてくる。
その唸り声を聞いていると突然、奏の体に異変が起こった。指先がピリピリする。静電気がずっと起こっているような感覚。
「なんだよ。これ。」
両の手を見つめ驚愕する奏をちらりと見ると鈴葉は吐き捨てるように言った。
「着いてくるからよ。」
悪態をついたと思ったら、再び意識を前方に向ける。
「お前か?この辺りの子供に影響を与えてるのは。」
そう鈴葉が言うのが早いか、突然に壁の男が鈴葉に向かって突進してきたのだ。
「うわっ!!」
自分に向かってきたわけではないのだが、さすがに方向が同じなだけで恐怖する。
そんな奏を無視して鈴葉はこちらに向かってくる壁男の背中をタイミングよく何かで殴って、見事にかわす。壁男は体勢を崩して奏の目の前でうつ伏せに倒れた。
「うわぁ!!」
さっきよりもさらに大きな声がでてしまう。慌てて横へ逃げる。
壁男はとくに奏に興味を示すことなくすぐに鈴葉の方に向き直り再び襲おうと体勢を変える。
やつの視線を追って鈴葉を見る。
壁男に集中していて気が付かなかった。
彼女の手にいつの間にかお札のようなものが見える。アニメで見る霊媒師とか除霊師とか言われる人たちはみんな、色々な武器をいつの間にか備えていた。それがかっこよくて憧れていた。現実の世界に存在する同じ呼び名の人たちはいつだって、嘘つき呼ばわりされていて。そう思われてもしかたない行動しかしていないと奏も思うけど。
そんな現実だから、かっこよく活躍する人たちなんてやっぱり作りものなんだと納得してきた。それなのに。
なに?これ。
めちゃめちゃ俺の夢見てきた世界…。
いや。そんな言い方不謹慎か。
だけど。
気が付かないうちに手にお札なんて!そんなの反則だろ。
目の前にみたことない霊的なやつがいて、直接じゃないけど襲われてるのに。
こんなにわくわくしている俺は頭がおかしいのだろうか。
今だって壁男が鈴葉に飛びかかっている。それがスローに見えていて、鈴葉の次の行動に期待している自分がいる。
どうやって戦うの?
そのお札どうやって使うの?
邪な浮かれ野郎の気分だ。
そんな気持ちの中、壁男は鈴葉に襲いかかる。
すると、鈴葉の方は一言なにかつぶやいたかと思うとお札が燃え上がった。その燃えるお札を突進してくる壁男の腰あたりに貼り付けて、ひらりとやつをかわす。
壁男に張り付いたお札は青い炎をあげながらやつの全身を包んでいく。
もがきながら壁男は必死に腰についたお札をはがそうとしている。なんだか悲しくなってくる。なにをどう生きたら、死んでからもこんなに苦しいことをさせられるんだろう。
本物…とは言っていいのだろうか…を見てこれまでとは違った感覚が心にせまる。
今となりにいる鈴葉を見る。
整った顔で眉間に皺を寄せて相手を睨んでいた。まるで、相手に恨みでもあるように。
もがき苦しむ壁男を数秒見つめた後、鈴葉は相手に真っ直ぐ向き合い両腕を前へ伸ばした。そして、両手を近寄わせ指先を揃えると手の中に空洞を作った。瞳を閉じて薄い唇を開く。
「この世の者有らざる全てのモノ。総じて二度と戻れぬ地の世界へ誘う。」
そう言うと、鈴葉の手の中にある空洞が黒く渦巻き始めた。黒い渦は威力を上げて壁男へと伸びていく。細く伸びた黒い渦は壁男の前までくると大きな丸い渦に姿を変えたかと思うと、あっという間に壁男を頭から飲み込んだ。
「…。」
正直に言って、ものすごく引いた。
自分の目で見るのってこんなにも…!
黒い渦はそのまま壁男を鈴葉のもとまで塊のまま連れてくる。そして、だんだんと彼女の手の中に吸い込まれていく。
小さく、細く。
壁男の存在を消して行く。
身体半分ほどが鈴葉の手の中に消えていった頃、いきなり渦の先から壁男がはいだしてきた。その瞬間、奏の指先がまたピリピリとうずきだす。
目の前ではもがきながら壁男が鈴葉に掴みかかろうとしていた。
とっさに体が動く。
壁男の背後に回り込み思い切り手前に引き戻す。前方に気を取られていたヤツは簡単に動いた。
その一瞬を見逃さず、鈴葉が気合を入れると壁男はその存在すべてを鈴葉の言う地の世界へ引き込まれていった。
肩で息をしながら、その一部始終を奏は目に焼き付けた。
壮絶な最後…。そんな言葉が頭をよぎる。
アニメで見るのと同じようなものでも実際に見てしまうと何倍も…。
こんなことを毎回繰り返してるというのか?
こんな自分と同じくらいの年齢の彼女が?
鈴葉を見ると、さっきの格闘がなんでもなかったようにスカートのシワを直している。
嫌でもその手に視線が。
奏の視線に気が付いたのだろう。動かしていた手がぴたりと止まった。
奏もまた見ていたことに気づかれたことに気がつく。
ゆっくりと視線を鈴葉の顔へと移す。
視線がぶつかると、
「キモ。」
そう吐き捨てて鈴葉は元来た道を帰っていこうとする。
「…。」
一瞬誰に向かって言ったのか、それが自分に対してだと分かるのにタイムラグがあった。
「なんだよ!」
助けただろうが!そう大声で言いたかったが、初対面であまりに険悪になるのもどうかと考え直す。
「おい。待てよ!」
それだけ言うと鈴葉の後を来た時と同じように追いかける。
聞きたいことは山ほどある。
でも、あの子のオーラがなぁ…。
奏の疑問には決して答えてくれないであろうオーラが痛いほど感じられた。
しかたなく施設までの道のりを悶々としながら帰ることにした。




