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第三話 見えない世界が見える俺の運命

「あ。」

その姿を一目見た瞬間にわかった。制服のせいだろうか?髪型のせいだろうか?とにかくはっきりとわかった。背格好もあの時見たのと変わらない。じろじろと見つめすぎたせいか、相手から訝しげな視線を向けられてしまった。

「なに?」

声の冷たさにぎょっとする。

こんなにも冷たい声が出せる女子がいるなんて。

「いや。すいません。」

反論するのも忘れて謝ってしまう。

「あの、相模さんて…。」

続きを話す間もなくそれだけでわかったのか

「あぁ。」

そういうと踵を返して

「おじさんお客さん。」

すぐ隣の部屋にそう呼びかけると、奏の方を向く事なく家の中へと消えていってしまった。

「え?なんか言ったか?」

低めのよく通る声が部屋の中から聞こえたと思うと背の高い男性が出て来た。

「あれ?」

奏を見ると一瞬目を丸くしたが、すぐに人のいい笑顔を作る。

「あ、大神さんの?」

「はい。母からの紹介で来ました。大神奏です。」

「そっかそっか。いや、うっかり。もうそんな時間か。」

腕に視線を落として言うが、腕時計はしていなかった。

「…。まぁ、上がって上がって。」

「はい。」

大丈夫なのか?この人。


通されたのはこの人が出て来た部屋ではなくてもっと奥の部屋だった。事務所のような部屋。机に椅子。たくさんの書類。それを収めるためであろう戸棚。ここがこの施設の中枢であろうことはわかる。

しかしだ。

机が埋もれるくらいに山になった紙の一枚一枚がなんだかおかしい。異様に古そうなものや巻物のようなもの、周りが燃えたあとのようになっているものがほとんどなのだ。

なんで?

さっきから相模さんはなにかを探している。ぶつぶつとつぶやきながら。この人って、ここってなにをしてるところなんだ?

「あの、俺。母に言われて来たんですけど何にも聞かされてなくて。ここってなんの施設なんですか?」

やっと探し物が見つかったようで、なにやらこちらも古そうな本を片手に抱えて俺の方を向く。

「え?あ、そう。お母さんもお茶目だねぇ。」

ニヤつきながらアゴに手を当てて俺を眺める。

普通ならイラつく素振りだが、この人がやると嫌味の部分が全く感じられずただ面白がっている、微笑ましく思っているとさえ感じる。

変な人だな。

「お茶目というか、ガキっぽいというか。」

ため息混じりに言うと、さらに面白がって言う。

「なるほど。そうとも言えるかな。でも、こんな仕事してると君のお母さんはまだまだお茶目な方で十分なんだよ。」

「?」

どう言う意味だ?

「まぁ、とにかくだ。君のお母さんから絶対にうちの仕事に合ってるってお墨付きをもらってるからね。よろしくたのむよ。」

「いや、よろしくって言われても…なにをするのかさえわかってないので…その、お役に立てるのかどうかなんて…。」

口ごもりながら奏が困惑しているのを見て

「あはは。ごめんごめん。実はこれでもこまってるんだ。中々続く人がいなくてね。」

「この仕事が辛いからですか?」

相模さんはすこし考える素振りをみせて

「辛い…うーん。どうだろう。人によっては一瞬でアウトの人もいるだろうし、そもそも素質がなぁ…。」

「素質?」

奏の怪訝すぎる表情をみると

「いや。悪かった。こんな話し方じゃ君にフェアじゃないな。きちんと話をしよう。座って。」

そう言って近くの椅子をすすめられた。

「えっと、なにから説明しようか。」

話の切り出し方を考えているようだ。そんなに話にくいことなのか?

「そうだ。まず、自己紹介がまだだったね。ぼくは相模順次。この場所の責任者で管理人ってところかな?もうすこし肩書きはあるんだけどそれは後ででいいかな。そして、ここは一般的には児童養護施設になってる。」

「一般的にはって?」

奏が聞き返すと、先ほどまでの人のいい笑顔が急に真顔に変わった。笑顔だったから目が細くなっていたのかと思ったら、元々細めの顔らしく、瞳の見えない相模の顔は表情がなくなった気がしてすこし恐ろしく見えた。

「それが、お母さんが言ってた君にしてほしい仕事に関係する。」

そう言うと相模は人差し指を上にむけて言う。

「この上には子供たちの部屋があってね。ここで預かっている子たちだ。彼らにはそれぞれ共通したある能力があってここに来ているんだ。いや、もう変に隠すのはやめよう。いわゆる霊感のある子たちがここに住んでいる。」

「霊感…?!」

考えてもいない言葉が出て面食らう。

「そう。よく知られた言い方ならそうなる。この霊感ってのにも色々合ってね。専門的なことを交えて言うなら他にもたくさんの言い方があって。」

すらすら話を止めない相模を両手で制しさせる。

「いや!そうじゃなくてさ!」

突然の大声に相模はきょとんと目を丸くする。丸くは比喩で実際には横線の目が静止しているだけだが。

「霊感とかってなに?そんなのマンガの中の話だろ!」

奏の慌てように相模はしまったと頭を掻く。

「そうだった。何も聞かされてないんだったね。失礼。君は素質があるからなんとなく理解しているのかと。」

理解?俺が?

「いや。これからここで働くならしっかりと話しておいて損はないな。」

うんうんと一人でうなずく相模。置いていかないでくれ。

「俺はほんとになにも知らないで来てます。ここって一体…。」

改めて真顔で相模は奏を見る。

「さっきも言った通りさ。この世界には一般人には見えない世界が存在する。」

今度は奏が目を丸くする番だ。

「本気で言ってるんですか?」

「もちろん大真面目さ。君ならよく知ってるだろ?お母さんから聞いてるよ。そういう世界のもの好きなんだろ?」

母さんめ。

「確かに好きですけど…。」

「だったら知識はあるはずだ。この世のものでないモノの存在。妖怪とか幽霊とか言われるモノのこと。」

これまでの話の流れでなんとなく理解していたが、はっきりと言われると背筋がぞくっとする。

「それは古来から人間と対峙しながら存在してきたんだ。そして、君が知っての通り人間にとってそのモノたちは悪となる。ほとんどの人間はそのモノが見えない。悪影響を及ぼすモノを放置して、その影響を受け続けると人は自らを傷つけようとしだす。それがエスカレートすると他人を傷つけようとするようになるんだ。そうならないためにはどうすればいいか。影響が及ばないよう芽を摘むしかない。じゃあ、それはだれがやる?そのモノに気づける人間。すなわち霊感を持ってそのモノの悪意に気がつける人間なのさ。」

相模は突然両手を広げて大声になる。

「それがここにいる子供たちってわけだ!」

目どころか口までぽっかりだ。饒舌に浸る相模は奏の様子に気がついていない。そのまま話に戻っていく。

「ここの子供たちはこの世のものならざるモノに目が効き、鼻が効く。悪意の影響から世の中を守っているんだ。表向きは施設としてあるんだがね。そして君にはその手伝いをしてほしいとお母さんにお願いしていたんだよ。」

「うちの母はなにもかも知ってて俺をここへ寄越したんですね。」

相模は初めて会った時の笑顔に戻って大きく首を縦に振った。

「そう。あんなにこっちの世界に理解のある親御さんは初めてだった。さすがは物書き。その方の息子さんならきっと大丈夫だと思うのさ。」

「でも俺、確かにその手の話は好きだけど。自分にそんな才能があるなんて感じたことないですけど。」

そう言うと相模はニヤリと口元を曲げて言う。

「ほんとうに?ほんとうにそうかな?」

「え?」

「君はもう見たんじゃないか?月夜に浮かぶ、我らが同志を。」

相模の得意げな顔が憎たらしい。どういうことだよ。

「この前の夜にさ。」

なんだと?

「夜って…。まさか!」

とっさに立ち上がり相模に近寄る。ふわりと何か懐かしい香りが奏の鼻口をくすぐる。なんだろう。相模からか?

「そうそう。」

嬉しそうに相模はくくっと笑う。

「見ただろ?忘れられないはずだ。君はここに来る前にすでにうちとの繋がりを持っていた。」

いちいち芝居がかった言い方が鼻につく。なんでもっと友好的な話し方ができないんだ。いつのまにか初めに見た印象と全く違う目で相模を見ていた。こっちが本性か。

「周りの人間には見えていなかっただろう?」

「なんでそれ…。」

「知ってるのかって?力を持つ者はそれを使いこなす技術を身につけるんだ。君だけに見せるなんてこと朝飯前なのさ。」

口元だけで笑い、目は見えないがその奥が眼光鋭くなっていることが分かる。

試されている。

「だからと言って誰にでも見えるわけじゃないんだよ。君が一定以上の霊的な力を持っていることのこれは、証明なのさ。」

わかるかな?とでも言いたげに首を横へ傾げる。

だから、いちいち芝居がかるなよ。

「あの時、あの子が見えたことがここで働く条件。」

嬉しそうに手を叩く。

「じゃあ、あの夜母さんが俺に話したのもあなたの指示?」

どんなに鼻につくやつでも年上の人間には敬意を。が、母さんの心情。

目の前の相模はすでにあんたやお前で十分なくらいの地位を奏の中で得ていたが口には出さない。

「いや。あれは僕じゃない。あの日、君が何も見えない者だったなら、君のお母さんには断りの連絡をするつもりだった。すでに人員が埋まったとかなんとかってね。でも、君はパスした。だからなにもしなかったんだよ。あれは全くの偶然さ。」

そこで、相模は一呼吸する。

「でも!それも運命だと思わないか?」

また声が大きくなり浮かされたような表情になる。

「僕は何もしていないんだ。そうなにも!それなのにあの運命の日に君はここに導かれようとした。なんで素晴らしい!」

嬉しさに耐えられないといったように唇を一文字に噛み締めている。瞳には星が散っている…かもしれない。相変わらず目は細すぎて見えないが。

「はぁ。」

もう言葉も出ない。ただ、母さんはそこまでこの人に支配されてはいなかったことが救いだ。

それに…。

「あの、さっきの話からすると結果俺はここで働いてもいいってことなんですよね?」

浮かれ調子の相模にストップをかけるつもりで問いかける。

「え?あぁもちろんそうさ。」

奏の存在に今気がついたような声で見る。

「もちろん絶対にとは言わない。君がいいと思えるのであればね。」

なんで、ここで常識人ぶるんだよ。

「働きます。」

そう。働きます。なんて言ったってあの日のことの答えがもらえる。そんなの願ったり叶ったりだ。それくらいに俺は霊現象みたいなものに興味がある。しかも自分にその才能すらあるなんて。もっとこの世界をのぞいて見たい。そう思ってしまった。

「そうか。そうか。」

相模は奏の答えに満足そうに頷く。

「じゃあ早速今から。」

そう言うとひらりと椅子から立ち上がり部屋を出て行こうとする。

「え?今から?」

慌てて相模の背中を追いかける。

「そう。今から。うちはさっきも言ったけど人手不足でね。」 

「あの、それはわかりましたけど、俺は何をすれば…。」

ずんずんと廊下を歩いていく相模に必死に食らいつき問いかける。

「そうだな。なにをしてもらおう?」

急に相模が立ち止まる。その横を通り過ぎてしまう。考える相模を無表情で見返す。さっき人手不足ですぐに働けと言ってなかったか?それが今するべきことを探しているとはどういうことだ?本当にここは人手が足りないのだろうか?

「んー。やっぱりまずはこの世界の歴史から学んでもらったほうが…。」

ぶつぶつと独り言を言い出す始末。どれくらいかかるのだろうかと腹を決めたその時、奥の方から人の来る気配がした。

俺たちが話をしていた部屋のさらに奥の方に階段があるらしい。そこから足音がしたと思ったら、あの子が現れた。あの夜のあの子。こちらをまっすぐに見つめてやってくる。ただ、その瞳に自分が写っていないことは一目でわかる。相模にだけ視線を送りこちらに歩いてくる。意思の強そうな瞳が少し不機嫌そうな眉毛とよく合っている。

「相模さん。」

透き通った声が彼女から聞こえる。しかし、相模は考えに浸っていて気がついていない。

「あの。相模さん。」

近くにいた奏が相模を揺さぶり覚醒させる。

「え?あぁ。どうした?」

近寄ってくる彼女に気がつきそちらを向く。

「行ってくる。聞こえたから。」

短くそう言うと二人の横を通り過ぎていく。奏には一切の視線も寄越さずに。

「そうか。気をつけて。」

そんな彼女に普段通りの雰囲気で声をかける。その声色には優しさが染みている気がした。

「あ!」

しかし、そんな雰囲気も束の間で奏に向き直るととんでもない提案をしてくる。

「やっぱり君は運がいい。今から一緒に行って来たまえ!彼女はうちではトップの人材だ。うちの仕事がどういうものかあの子から学べるなんて!君は本当にすごい!なぁ、鈴葉!」

鈴葉と呼ばれた彼女は相模の声が聞こえているのかいないのか、さっさと廊下を進み玄関で靴を履いている。

「さぁ、大神奏くんよ!その目で確かめてくるんだ。この世にはあるということを。目に見えない存在が!」

そう捲し立て奏の背中を強く押す。

わけもわからず背中を押された勢いのまま玄関へ向かう。鈴葉はすでに外へ出ていて、玄関扉が閉まろうとしていた。

倒置法を使ってまで大掛かりに送り出すほど自信があるんだ。あの子についていけば違う世界が見られる。

足が急ぐ。

あわてて玄関で靴をはく。

本能で分かる。あの子は立ち止まったりしない。俺がついてくるかどうかなんてどうでもいいと思ってる。だから、俺が急がないと。

今度は見失ったりしない!

ドアを開けるとすでに薄闇が辺りを包んでいる。その中でも鳥居のあたりはまだ夕日が残っていた。その暗闇と光の間を鈴葉は歩いていた。世界の狭間に立っているような錯覚を起こす。その姿をただ見つめてしまう。早く追いつかないといけないのになぜか動けない。

その時、一筋の風が鈴葉の黒い髪をなびかせた。

瞬間、金縛りが解けたように足が前に出る。

不安と期待が入り混じり、なんだか現実味がない。それでも彼女に追いつくように足を進める。今からどんなものが見られるのだろう。

好奇心が圧勝してるなかひたすら彼女を追いかけていた。

こんな好奇心なかったらよかったのにと痛感する毎日がこの後の奏には待っていることなんて知る由もないまま、夢中で鈴葉の後ろ姿を探していた。

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