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第二話 ひょんなことからおれ参加


「ただいま。」

肩を落としながら帰宅した。ゆっくりな速度で歩いて来ても、さっきの後遺症が続いていた。

「おかえり。遅かったじゃない。」

息子の帰宅の声に母がリビングから顔を覗かせる。

「あー。」

母の言葉に生返事を返す。いつもはここから会話がはずむことが多いのだが、こんな日はいつも元気で明るいが取り柄の母と向き合う気分ではなかった。

高校生の反抗期。そんなものはこの家には存在しない。うちの母は他の家のお母さんとは違った。小説家という変な職業のせいなのか、元々変だから小説家なのか分からないが自分が物心がついて周りをみれるようになったすでに人とは違うオーラをまとっていた。そんな常人ならざる母に反抗できるはずもない。もちろんそれだけが原因ではない。いつも自分の話をとまんなものでも真剣に聞いてくれて、的確なアドバイスをくれる。些細な悩みでも笑われたことはなかった。そんな人をバカにするなんてあり得ないし、ひどい言葉を投げる必要がなかったのだ。

まぁ、それでも喋りなくない時はある。それが今だ。

「なぁに。なんかあった?」

そんな息子の変化に敏感に反応するのもまた母のすごいところ。無視したりしない。

今日はありがたくはないが。

「いや。別に。」

「ふーん。ちょっと座んない?」

しまった。と思った。なにか俺に用があったのだ。帰りを待たれていた。自分にとって最高の母でもめんどくさい点はある。

決めたら譲らないところ。

自分がやると決めたら絶対に譲らない。どんなに息子の気分がのらなくても関係ない。

しかも!

ワイングラス持ってるじゃないか!

長くなる。

「なに?どうしたの?」

覚悟を決めてリビングに踏み込む。

「なに?どうしたの?」

覚悟を決めてリビングに踏み込む。

小説家を生業としている母の自宅滞在時間は他の人よりも長い。と、同時にこの家は他のどこよりも居心地の良いところでなければならないのだ。そのために部屋の内装や家具の配置までとことん考えられている。プロに頼んでいるくらい手をかけているのだ。だから居心地がすこぶる良い。このリビングだけでなく、母の仕事部屋やお風呂、トイレにいたるまで居心地の良さをとことん追究し尽くして設計した家だ。どこにいても、落ち着く空間が広がる。そして、リビングはその最たるものでソファに座ると中々立ち上がれない。ここで眠りこけてしまったことも数えきれない。そんな場所にワインと共にいるという事は雑談と本編とをゆっくり語るつもりだ。

原稿が上がったのだ!

「いやぁ、やっと脱稿よー。」

やっぱり。

「もー気分よくって飲んじゃった。」

ぺろじゃないのよ。

「あんたも大学決まったしさー。」

なんだ改まって。

一瞬の間があった。少し酔ってるのだろうか?なにかを考えながら切り出しをまとめてるようにも見える。

「母さんさ、この間まで書いてたじゃない?」

「何を?」

そろそろ口を挟んでもいいだろう。間違ったところで話を遮るとやっかいなのだ。

「天と地下の小説。」

「あぁ。妖怪とか出てくるやつ?」

確か2年前くらいに書いていた小説だったか。地下世界から地上に出てくる妖怪を退治するみたいな内容だったはず。

「そう。それ。その時ね、」

ふと母の目が真剣なものに変わったのを見た。

酔ったふりをしてたのか。

「その時、取材した施設があったんだけど。その施設の責任者が昔からの知り合いだったの。」

「ふーん。それで?」

まだ話の内容が読めない。

「その時色々たっくさん話を聞かせてくれたのよ。だからあんなに臨場感のある話が書けた。」

手元のワイングラスを見つめてその日を

思い出しながら語っているように見える。

「だから、相模さんには恩があるのよ。」

そう言うとじっとこちらを見つめる。

「なんだよ。」

焦らされるほどに不安がつのる。いったい何を打ち明けられるのだろう。

「だからさ、バイトしてくんない?相模さんところで。」

ヘラっと笑う母。呆気に取られる俺。

「え?バイト?俺が?」

「そ。だって今人生で最大の暇期でしょ?」

なんて言いようだよ。

「なんにもすることないじゃない。母は羨ましい限りよ。」

「人を廃人みたいに言うんじゃないよ。まぁ、たしかに時間は余ってるくらいではある。」

思えば、今日の帰り道の不思議現象だってこの間までの時間に追われる毎日だったら見つけられていなかった。空を見上げて歩く余裕はなかった。歩きながら参考書を見つめるのが基本スタイルだった。受験が終わり下を見ながら歩く必要がなくなり、急いで通り過ぎる必要がなくなったからこそ、見つけられた奇跡だったのかもしれない。

「でしょ?なんにもしないなんてもったいない。今しかできないことやったらいいんじゃないかな?」

「それが、その相模さんとこのバイトなわけ?」

「それが、相模さんとこのバイトなわけ。」

めんどうな繰り返しが始まった。

「別にいいけど。なんのバイトなの?」

そう言った瞬間、母の目が今度は怪しく光った。

「それは行ってからのお楽しみよ。」

口元に人差し指を当ててポーズを取る。

なんて母親だよ。息子で遊ぶんじゃない。

「なんだよ。それ。」

ため息混じりでそう言う。ワイングラスの輝きが憎い。

「まぁそんなに固くならないでさ。できない仕事じゃないから。」

「そんなこと言って、またろくでもないことさせるんじゃないだろうな。」

過去に同じような事がなかったわけじゃない。結果は芳しくなかった。

無駄に顔が広い分、いろんなバイトを押し付けられたりもしたのだ。その中には訳のわからないものも混ざっていた。

「今回は違うわよ。」

「なんでそんな自信あるんだよ。」

母はなぜか鼻高々な様子で俺の目の前に親指を突き出してくる。

「それどころか、あんた。この私に感謝すらするんじゃない?」

「感謝?なんで?」

「あんたの好きなこと。たぶんそうだと思うから。楽しみにしてて。奏。」


結局、その後は母の最近ハマっているホットヨガの話を長々と聞かされるハメになった。バイトの件はあれ以上の情報を聞かせてはくれなかった。話をしながら夕食を食べて、さっきやっと解放された。リビングを出る直前、

「明日、17時にねー。」

と、ご機嫌な声と紙を手渡された。どこかの住所が手書きされていた。これがバイト先なのだろう。学校からそれほど遠くないのが救いだ。

「なんのバイトなんだろう。」

今思えばどうしてあの時、住所の場所になにがあるのか検索しなかったのだろう。まぁ、検索したところでバイト内容がわかるはずもなかったのだが。


母には難色を示していたが、あそこまで言われると期待してしまう。次の日学校で上の空だったのは間違いがない。ひたすらに放課後になることを待ち望み過ごしたことを覚えている。

「奏。今日もやらね?」

クラスメイトたちが、放課後ゲームを誘ってきたが、

「悪い。今日はパス。」

そう言うがはやいか、教室を飛び出してあの住所へと急いだ。

やはり、目的の場所は学校から10分程しかかからない坂の上にあった。30段ほどの階段が奏を出迎える。

「ここって…神社…?」

階段の先に鳥居が見える。ただ、お世辞にも格式高いとか立派だとかの言葉が前につくものでないことはここからでもわかった。打ち捨てられて来たとまでは言わないが、手入れが行き届いていないらしい。鳥居はところどころがひび割れ、石も削れている場所がある。朱塗りではない鳥居は嫌いではないが、荒廃とした石の鳥居はすこし薄気味悪い。

「母さんたしか施設って言ってたけど…」

この上に神社の他に建物があるのだろうか?ここからでは何も見えず、埒が開かないので階段を上がる。なんとなく、段を抜かしてはいけない気がして一段ずつ慎重に時間を使って上がっていく。足元を見ながら上がってきたから階上の様子が階段を上がりきるまで見えなかった。自分の足が1番上の階段に乗ったところで顔をあげる。

「えっ…」

想像していた景色との相違は人を黙らせる。

漠然とした神社の形を想像していた奏は驚きを隠せない。

階段を上がり切った先にあったのは神社の社殿…ではなく、学校のグランドかと思うほどの広さの場所だった。社殿は確かにあるのだが、とても遠い。鳥居からまっすぐ前を見た100メートル程先に。色の少ない社殿だ。鳥居といいあの社殿といい全て石でできているような感じがした。そんな不可思議な社殿から右側に社務所だろうか?平屋の建物がある。

「社務所は施設…か?」

そんなことを考えながら左側に目を向ける。

「こっちか…。」

社殿の左側には三階建ての木造の家屋が建っていた。なぜだろう。この家を見た瞬間にこっちだと悟った。導かれるような感覚で近づいていく。すると、さっきまで奏がいた場所からは死角になっていたところに施設名が書いてあるのがわかった。

『鬼頭ふれあいの家』

やっぱりここか。

三階建てだけれど、見た目は昔からある和風建築のようだ。特に敷地を仕切るものもない。この神社の一角になるのだろうか。などと考えながら玄関前に辿り着く。

え、スライド式?

「うそだろ。この時代に?」

この家の見た目そのままに玄関は横にスライドして開けるタイプなのだ。

「こんなの映画とかでしか見た事なかった…」

チャイムは?もしかして…

「あ、いや。さすがにあるか。」

スライド玄関の右上にチャイムらしきボタンがあった。一度押してみる。手応えがしなかった。もう一度押してみる。手応えはない。数秒待って誰も来ないところをみると…。

「壊れてんのかよ。」

前途多難だよ。母さん。

「すいません!」

奏は躊躇いもせずスライド玄関を叩いた。力加減がわからず、1回目は音が吸収されてしまった。少し力を込めて2回、3回とたたくと奥から誰かがやってくる気配がした。

「よかった。誰かいた。」

安堵して扉が開かれるのを待つ。てか、スライドされるのを待つ。

半分ほど開いたとき、小さい声で

「はい。」

と聞き取れたと思う。その後のことは数十分覚えていない。

なぜなら、

スライド玄関をスライドさせたのはあの日に月明かりに照らされながら街灯の上に立っていたその人だったからだ。

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