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月光が照らす君が割ったのはアヤカシ者か俺の心臓か〜ありきたりな現代奇譚〜  作者: 貝月 恵芙


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第十八話 教えてよ

「どこに行く?」

ふれあい事務所を出てそろそろ10分くらい経つ。さっき行った賀川邸とも近くの小学校とも違う方向だった。前者の家があった周りは同じように大きな家が並ぶ住宅地で、後者は周りは小さな商店街や公園が見えた。今歩く場所はそのどちらでもなくて三階建ほどのアパートが立ち並ぶ集合住宅エリアのようだった。

「最近。」

それまで黙って前を歩いていた鈴葉が突然に声を放つ。

「この辺りで異住人の目撃が頻発してるの。」

仕事だったのか。

「女の異住人だって。」

集合住宅地の密が開けた場所に小さな公園があった。二つしかない遊具と日が落ちてきた雰囲気が相まって物悲しく、すこし怖い印象を受ける。

「いつもなら。」

足元を見つめながら話す。

「いつもならすぐに消滅させてるけど。」

次の瞬間には真顔で奏を見つめてくる。

「あんたなら助けてあげられるんじゃない?

その、みんなが待ち望んでた力を使えば。」

意地悪く口角を上げる。

「見せてみてよ。かわいそうな異住人を助けるところ。」

どうしてだろう。

もちろん挑発している言い方ではある。でも口元は笑顔を形作っているのにその顔を向けられると足元から冷たい空気が這い上がり、絡みついてくる恐ろしさを感じる。

目。

鈴葉の目はどんな時も変わらず光のない真っ暗な黒なんだ。

「お前さ。」

どうしようか。刺激しすぎるのは良くない…のはわかってるが。

「なんでそんな言い方しかできないの?」

止められなかったわ。

「は?」

案の定で不機嫌極まりない顔になる。綺麗な顔な分余計に凄みが増す。

「言い方。そんな風に言わなくても十分伝わると思う。それに…。」

おれは思ったことは口にしたい主義なんだよ。

「お前、笑ったことある?そのほうが絶対にいいと思うんだけど。」

「!!」

顔から火が出るという諺。

あれって本当なんだということを学んだ。

「はは。」

「何がおかしいのよ!」

やっぱり鈴葉も生きた血の通った人間なんだよ。

「いけそうだ。よかった。」

信長さんとの約束。したかどうかは微妙だけど、でもあの人の願いは叶うのかもしれない。

「可哀想な異住人を助けに行こうよ。」

火の粉がまだ残っている鈴葉を残して先へ進もうとして思いとどまる。

「どこへ行けば?」

自分のマヌケな顔は鈴葉の火の粉をすっかりと洗い流した。

「その楽天さが命取りにならないことを祈るわ。」

どこまでも強気なセリフは変わらないがその響きに棘が少し少なくなっていると思うは気のせいなのか。

形勢は変わらず。

鈴葉が先を行き、奏が後ろをついて行く。

「どんな異住人なんだ?そいつ。」

自然と言葉が出る。一瞬のためらいもなかった。

「気安く話かけないでよ。」

「そんなこと言われても。もうそんな感じじゃなくなった。」

黙り込む鈴葉。

二人の間を流れる空気に少し淡い色がついたことを彼女も感じ取っている証拠。

「女の異住人だってことはさっき言ったよね。」

進む足は止めずに話し出す。

「おそらくはどっかの母親の異住人。他人、それも高校生くらいの男女に接触しては騒ぎになってる。」

「なんでそれが母親だって?」

「言葉にそんな響きを感じるって言ってた。言うことが母親っぽいそうよ。」

私にはわからないけど。

囁くようにそう付け加えたのを聞き逃さなかった。

「それがこのあたりによく出ると。」

「最近では毎日誰かしらが遭遇してるって話。そんな頻度は危険すぎる。」

「毎日出るのが危険なのか?」

「当たり前。異住人は人間の悪い感情に特によく反応するの。そういう悪い感情を吸い取るとより悪性の強い異住人に変化していく。異住人なんかに会えば人は必ず嫌な感情、それも強い悪意の感情を発する。」

「それを毎日その異住人は浴び続けてるってことか。」

危険だというのがしっかりと理解できた。見てもいないのに母を演じる異住人が沢山の人の悪意を吸い続け、むくむくと醜く体を太らせていくところが想像できてしまう。

「だからそろそろ手を打とうと思ってた。」

きょろきょろと辺りを見回しながら言う。

「そしたら、あなたがあんな大口叩くから。」

鈴葉の視線のふれが止まる。

「譲ってあげようと思ったの。」

細くて長い指をもったいぶりながら前方に向ける。花の蕾が開くように一本づつ指を開いて奏の視線を誘う。

「どうぞ。哀れな異住人をお救いください。」

膝を曲げて右足を左足の後ろに。

恭しく頭を下げる。

全部、奏を焚きつけるための演出だ。それがわかっているのに。

その行動の一つ一つに目を奪われるほどの気品と美しさがあるのはどうしてだろう。

そんな考えが頭をよぎりながら、その手の先を見ると。

真っ黒いオーラを全身に纏った異住人が首をだらりと前に倒した姿勢でこちらを向き、ゆらゆらと揺れていた。

「あいつが。」

その禍々しい姿に一歩後退り奏が声を絞り出す。

腹の底から力を出さないと声も出ないし、足が震えそうだった。

漆黒のような黒。

それがその異住人の背後に渦巻いている。信長さんと見た付喪神のそれに近いがこっちはもっと嫌な感じだ。

「そう。あれが最近噂の親面女よ。」

だらり顔を垂れているせいではっきりと分からないが、なにかをぶつぶつと呟いているように見える。

「異住人ってみんなあんな感じなのか…?」

「そうね。大概はあんな感じでこっちに未練たらたらでゆらゆら。」

聞きたいことの答えが明確に返ってくる。ちゃんとした疑問になってなかったと自分でも思ったのに。こいつ…腹の中読んでる?

「なにがそんなに後ろ髪を引かれるのかしら。」

軽蔑を含む声色。

「そりゃ色々あるだろう。事故で亡くなったりしたらさ…。」

「そうなのかしらね。」

会話の間も異住人から視線をそらさない。徹底したヤツらに対する敵対意識を感じた。

「とにかく私は今回あなたにやってもらおうと思って待ってたの。」

「こんなにヤバそうなヤツをか?」

新人に任せるレベルじゃないだろ。

「だってこの前のと似てるでしょ?親と子。」

「あれとは違うだろ…。」

「そう?シチュエーションは同じだと思うけど。」

「それは…。」

反論しかけてやめた。

多分おそらくだけど、親子というフレーズとそれの持つイメージに自分と鈴葉の間にはズレがある。今ここで解決できるような簡単なズレではない。

「どっちでもいいから。」

心底興味がないように吐き捨てる。

「何度も言うけどあなたよ。」

冷たい言葉は刃となって奏の背中を刺す。

さっきまでの友好的な空気はどこへ行ったのだろう。

鈴葉は初めて出会った時のような冷たい瞳でおれを見ている。

どうしてそんなにおれを拒絶するのだろう。

理解ができないまま、前方で揺れる異住人と向き合う。

そして、異住人もまた奏に冷たくて、さらに濁った視線を浴びせてくる。

耳鳴りのようなおとがして、意識が遠くなる。

この母親と称する異住人は何を考え、何の縄でこちら側に繋がれているのだろう。

それがおれにわかるのかな…。

暗い海の中に落とされるような感覚で奏は意識を失った。

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