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第十三話 重すぎる思い

手のピリピリははなびと一緒にいた、あの時のように痺れに変わる。

目の前に現れた平井佳苗の姿に共鳴するように彼女が揺れるたびに痺れも揺れる。

「かなえー!!」

真っ先に佳苗の母親がその姿を見て声を上げる。その声に佳苗がビクッと怯えたように見えたのは気のせいだろうか。

いや。気のせいじゃない。肩を振るわせながら木に隠れるように身を寄せる姿を見て確信する。彼女は母親を恐れている。

さっき鈴葉が言った自分のせいと言う言葉。

考えようとして佳苗の方を見た瞬間、また異住人と目があったような気がしたと思ったら。

あ…。まただ。持っていかれる。

奏の意識は佳苗の中に引き摺り込まれていった。


        ****

目を開けると、誰かの部屋にいた。

いつも暗闇ってわけじゃないのか。

これは、寝ている?ベッドに横になって天井を見ているような構図。

声は聞こえない。

しかし、さっきから微かに音楽が聴こえている。

イヤホンか。

イヤホンをつけて音楽を聴きながらベッドに寝ている。が正解。

夜なのだろうか。カーテンが引かれているが外は暗い気がする。

しばらく同じ時間が流れたが、音楽の合間にすすり泣く声が聞こえた。

すると、すぐにその場面は暗闇の中に消えていった。

次の場面は学校か?

佳苗は一人の女の子が座っている座席の周りに立ち、話をしている子供たちの一人になった。

「私、昨日家族で水族館に行ったの。」

座っている女の子が話始める。

「すごく楽しかったの。お昼ご飯もそこでみんなで食べたんだ。ペンギンの形のパンをお母さんと可愛いねっていいながら食べたんだ。」

表情が鼻から下しか見えなかったが、嬉しそうに話す口元が見て取れた。

「そうそう!みんなにお土産買ってきたの!」

机の横にかかっている手提げかばんをごそごそと探る。

「みんなに似合うのいっぱい考えたんだよ。」

もしかして…。と奏はぞっとする。ある考えが浮かんだ。

「はい!これは佳苗ちゃん!」

一番に佳苗へのお土産が差し出されて拍子抜けする。

「ありがとう。」

初めて佳苗の声を聞いた。線の細い、少し神経質そうな声。

その後、周りにいる女の子たちにもお土産を配り終わるとまた水族館の楽しかった思い出話に戻っていった。

周りの子たちは楽しそうにその話を聞きながら、自分の楽しかった事柄を次々と話して回る。どの子も話の全部に興味深そうにしている。

しかし、平井佳苗だけは発言しない。質問する声も聞こえない。ただ静かにそのおしゃべりの聞き手にまわっていた。

それどころか周りの話を聞けば聞くほど、奏の心の中に黒いモヤモヤが生まれていくのを感じる。奏の心ということは、佳苗の中にということ。

どうしたんだろう。

楽しそうに会話する輪に混ざって、友だちからお土産ももらっている。

てっきり、クラスの中でいじめの対象にされているのかと思っていた。

部屋で泣いていた佳苗、最終的に自分の命を絶ってしまったほど彼女が生の世界から消えることを選んだ理由はこれじゃないんだ。

そんなことを考えているといつの間にか周りの友だちはいなくなっていた。暗闇に一つ残った机の前に立ち、もらったお土産を見つめる佳苗。その顔は無表情で何を考えているのかわからない。そのまま全てが暗闇に包まれた。

なんか、劇場にいるみたいだな。場面が次々に変わる。

そうして次に現れた場面は再び佳苗の部屋だった。

机に向かって宿題をしているのだろうか。かなりのスピードで問題を解く姿から出来の良さが伺える。

ふと、佳苗を呼ぶ声がした。

その声が聞こえたのと同時に佳苗の肩がビクッと震え、全身を硬直させる。

あれ、この感じさっきどっかで。

部屋の扉が開く。

「佳苗ちゃん。」

「なにママ?」

体はガチガチに固くなりながら、母親への返答は秒で返す。

「頑張ってるのねぇ。偉いわ。」

そう言いながら佳苗の肩に手を乗せる。

さらに固くなる佳苗の体。

変だ。

「塾のテストもすごくよかったみたいじゃない。」

「ありがとうママ。」

そういう佳苗の顔に笑顔はないし、体の緊張もほぐれない。

「そうそう。お夜食はなにが…。」

話しかける途中で母親が急に言葉を切る。

なんだ?

「あっ。」

佳苗が小さく声をあげる。

素早く手を伸ばしたが、一足遅く母親にそれをもぎ取られてしまう。

「こんなものを机に置いて勉強が出来るの?」

スマホだ。

「違うの。ママ。違うの。」

必死で母親が掴み上げた携帯に手を伸ばす。

「なにが違うのよ!こんなものがあるから気が散ってしまうんでしょ?!」

急に逆上しだした母親は止まらない。

「最近あなた友だちとばかり連絡取ってるじゃない。ママが話しかけても聞いていないこともしょっちゅう!」

「そんなことないよ。ママ。」

愛想笑いを浮かべながら佳苗は母親を宥めようと必死だ。

心臓の音が早い。

「嘘ばっかり!私よりも友だちのほうが大事なんでしょ!あなた!」

鬼のような形相で佳苗を上から睨め付ける。

「こんなものっ!」

「ママやめてっ!」

佳苗の叫びも虚しく、ものすごい早業でスマホを机の角に叩きつける。

音もなくスマホの画面は粉々になり、画面は真っ暗になった。

一撃で?怪力すぎんか?

「あぁ!」

佳苗の悲痛な声がする。

母親はそのまま部屋を出ていってしまった。

捨てられたボロボロのスマホの前に膝から崩れ落ちる佳苗。

「こんなのひどいよ。どうして?いつもママの言うことちゃんと聞いて勉強だって頑張ってるのに。私はママのために生きてるんじゃない!」

張り裂けそうな胸の内を感じ、奏は愕然とする。

すると、見たことのある場所に出る。

あの木…!

佳苗は学校の木の下にいた。

「もう無理だよ。私。」

上を見上げると木の幹から佳苗に向かって何か垂れ下がる影があった。

「一度でもいいから、ママにぎゅってしてもらいたかったな…。」

そこから暗闇が訪れ、奏の意識は引き戻された。

      

        ****

ハッと気がつくと、今まさに鈴葉が佳苗に向かってあの手をするところだった。

あの呪文みたいなあれも終わってるってことはもうすぐ佳苗は鈴葉の手に吸い込まれて除霊されてしまう。

「まて鈴葉!」

思わず声を上げる。

声を上げるだけじゃ鈴葉は止まらない。すでに鈴葉の周りを風が覆い始めていた。

奏は駆け出し、鈴葉の後ろから肩を思い切り引いた。

「なにするの!」

鈴葉が驚き両手を離すと、湧き上がった風がピタリと止んだ。

「やめろ。あの子は悪い異住人じゃない。」

鈴葉は奏を睨みつけて吐き捨てる。

「異住人に良いも悪いもない。」

佳苗に向き直ると、指を突きつけ

「あれはこの世界にいていいものじゃないの!」

奏も佳苗を見る。

「今はいいのかもしれない!だけど、一分、一秒だって長くこの世界に留まることで凶悪化していくのよ!」

奏が佳苗を見る目を見開く。

「凶悪化…?」

「そうよ!異住人は心がないから器だけなの。器が空いているとそこによくない気を溜め込むようになる!そうやって善良だって言われてた異住人も悪になっていく。だから、見つけたら即刻排除することが不可欠なの!昨日今日ここにやって来たあなたが偉そうに言っていいことじゃない!」

鈴葉の言うことは完全に理解はできる。長くこの世に留まることで悪へと変貌していく霊は聞いたことがある。

きっと佳苗も例外ではない。

わかる…。

「わかるけど!」

それでも、あれを見てしまった。

彼女の最後の願いを聞いてしまった。

それが叶えば、もしかしたら…。

「ちょっとだけ時間をくれ!たのむ。ダメだったら諦めるから…。」

それだけ言うと佳苗の母親の元へ駆け出す。

「ちょっと!」

「平井さん!平井佳苗さんのお母さん!」

母親はいまだに佳苗を凝視したままフリーズしてしまっている。

その母親の肩を掴み揺すり起こす。

「聞いてください!あの子はあなたの娘さんです。あなたになら浄化できる!」

母親は焦点の合わない目で天をあおぐ。

「聞こえてますか?」

「無駄よ。」

気がつくと隣に鈴葉がいる。

「あの子が死んだのはこの母親のせいなのよ。その母親に浄化なんてできるわけないじゃない。」

腕を組んで鼻で笑う。

「だいたいなんでこの母親がそんなこと出来るなんて思うのよ。」

「ちょっと黙ってて!」

奏は必死に母親に語りかける。

「あなたの娘さんは願ってます。あなたに一度でいいから抱きしめられたいって!それをしてあげたことはありましたか?」

母親の目が奏をとらえた。

「抱きしめ?私が?」

口から小さな声が出る。

「そうです。佳苗さんはそれをしてほしいって。」

「佳苗…が?」

「そうです!」

奏は大きく首を縦にふる。

「私が佳苗を…。そんなのもういつの事だか…。」

困惑して両手で顔を覆おうとする手を掴む。

「そんなの思い出さなくていい!今してあげるんだ!」

その両手を掴んだまま思い切り立ち上がる。反動で母親も立ち上がる。

そのまま、ゆっくりと木のそばにかくれる佳苗の元へと引き寄せていく。

佳苗が怯えて消えてしまわないかとハラハラしたが、ゆっくりと歩んでくる母親と奏を佳苗は木の影からじっと見ているだけだった。

ものすごく長い時間がかかった気がするが、おそらく数秒だっただろう。

木のところまでたどり着くと母親の両手を前へ押し出すようにして奏は一歩離れて二人を見る。

「あなたの娘さんが心から望んでいた事を最後にしてあげてください。」

そう囁いて。

「佳苗なの?」

一瞬のためらいの後、母親が佳苗に話しかける。

こくりと首が縦に動く。

「佳苗…。ママ…。」

そう言いながら、さらに佳苗へと母親は近づく。佳苗は逃げなかった。

「そうなの?私に抱きしめてほしいって…。」

母親の問いかけに数秒あって、また縦に首を振る。

その答えに母親は両手で顔を覆って泣き始める。

「ごめんなさい…。私、あなたのこと。あなたにあんな酷い事を。わかってたのよ。あなたが自由にするのが一番なことくらい。それなのに…。上手く伝えられなくて…。苛立ちばかり募って…。」

佳苗が母親へと向かって歩き出した。

いつのまにか、消えそうな手を母親へと差し出す。

「佳苗…。」

その手をしっかりと包み込んで母親は佳苗を抱きしめた。

「ごめんなさい。もっとたくさんこうしてあげればよかったのに!こんなに早く死んでしまうなんて…。」

抱きしめる手に力がこもる。

「全部ママが間違ってた。取り返しのつかない事をあなたにしてしまった。ごめんなさい。」

佳苗の頭が横に振られる。

もうほとんど透明に近いほど消えそうになりながら、それでもしちだかりと母親の腕の中で自分も母親を抱きしめる。

「もっともっとあなたと話をすればよかった…。こんなに大切だった佳苗と…。」

その言葉を聞いて全てが満たされたのか、佳苗の姿は完全に消えてしまった。

母親はそれでも佳苗を腕の中に抱きしめた姿のまま立ち尽くす。


よかった…。

間違った除霊をしなくてよかった…。

奏が安堵のため息をつくと同時に、思い切り後ろから引っ張られた。

「どういうことなのよ!」

振り向くとそこには怒りをいまにも爆発させそうな顔をした鈴葉がいた。

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