第十一話 一番だから
「一番ってなにが?」
奏は腕を引っ張るはなびに聞く。
「ハンターとしての腕よ。」
はなびは相変わらず前を見たまま。
「あの子はこの仕事をすることを生まれた時から決められていたから。」
「生まれた時から?」
そんな運命を背負って生まれてきたみたいな話…。
「でも、ここで暮らしてるってことはどこか違う場所で産まれたってことになりますよね?」
「そう。でもあの子は他の子たちとはちょっと境遇が違うの。」
わからない。
「違うってどう?」
「これ以上は私からは言えない。プライベートな話だし。誰にでもしていいって話でもないから。」
腕を引っ張られてから初めてわはなびは立ち止まりこちらを振り返る。
「これ以上は自分で聞いて。」
目の前に今まさに出て行こうとする鈴葉の姿があった。
「聞くってなに?」
不機嫌な声が鈴葉の口から漏れる。
「あっ!鈴葉ー!やっと見つけた!」
はなびは態度を大きく変えて鈴葉に微笑みかける。
「なに?」
鈴葉のほうはそんなはなびのテンションもぶった斬るほど顔色を変えない。
「連れてってほしいの。奏を。」
主語を一切省いたうえに語尾にハートまでついている。
「なんで?」
相変わらずの不機嫌さで断る前提に聞き返す。
「勉強のため。」
ハートはずっとついている。
「する必要ある?」
「まぁまぁそう言わずにさ。たまにはいいじゃない。二人で行っておいでよ。同い年なんだしさ。」
「同じなんだ。」
思わず漏れた声に冷めた視線で答えられる。てっきり年下かと思っていた。綺麗すぎてあどけない雰囲気がしたのだ。
「どっちでもいいけど。邪魔しないでね。」
はなびとのやりとりに嫌気がさしたのか、とうとう鈴葉は引き下がり歩き出した。
はなびが奏の背中をどんっと押す。
「やったね。いっておいでー。」
ウインクしながら手を振り、無理やり押し出す。
気が進まなかったが、そんなこと言えるわけもなく。初めてここに来た日と同じように鈴葉の後ろをついて行く。
聞きたいことは山ほどある。さっきはなびが行っていたこと、鈴葉の能力のこと。そして、自分の能力のこと。そのどれにもきっと答えてくれないよな。
後ろ姿を見つめながら、今回も黙ってついて行く選択をする。
しばらく歩くと学校が見えてきた。小学校だろうか。学区が違うから初めて来る。すでに生徒は下校した後のようで、学校全体が静まり返っている。かろうじてまだ太陽の明るさが残っているが、あと一時間もすれば暗闇が訪れさらに校舎に薄気味悪さが追加されるだろう。
鈴葉は躊躇うことなく学校の中へと入って行く。事前に知らせてあったのだろう、正門の鍵は空いていた。人一人分ほど門を動かして中へ。奏が通った瞬間に
「閉めて。」
と、こちらを振り向きもせずに言い捨てる。
「あぁ。」
言われた通りに門を合わせて振り向くと鈴葉はすでに校舎の近くまで行ってしまっていた。慌てて彼女に追いつく。
緊張する…。
鈴葉といるとこれが本音だ。彼女の一挙一動にものすごく敏感になり疲れる。
校舎の中はさっきまで沢山の子供たちがいたとは思えないほどに暗くて静かだった。
鈴葉は迷うことなくペースそのままで校舎内も歩いて行く。もしかしたら、ここは彼女の母校なのかもしれない。
歩くこと数分で職員室に着いた。扉をあけるのもためらいがない。
ガラガラと学校特有の音を立てて開いた扉に中にいた職員全員の視線が集中する。
「連絡してきたのは誰?」
さすがにこの視線に態度を変えるかと思ったが鈴葉はそのままに突き進む。
室内は呆気に取られて誰も話さない。
「うちに連絡してきたの誰?」
ほとんど変わらないセンテンスで繰り返す。さすがにこっちが恐縮してしまいそうになる。助け舟を出そうと奏が一歩前に出ようとした時、
「あの、私です。」
おずおずと立ち上がったのは、まだ自分と歳も変わらないような見た目の女性だった。
鈴葉は視線だけを彼女に向けて、
「どこ?」
そういうとさっさと職員室を出て行こうとする。
「あの!」
一言だけで突き放された彼女は慌ててこちらへ飛んでくる。
「ちょっと待って…どこって。」
「あの、多分い、いや何かを見たのはどこだって聞いてるんだと、あと案内して欲しいってことだと思います。」
ドア付近に残っていた奏に今初めて気がついた様子でこちらを見る。
「あ。そう…ですよね。」
異住人と言いそうになって、とっさにやめた。自分だって初めて聞いたフレーズなのだ。この人が知っているはずがない。
「あなたは?」
鈴葉の後を追いながら聞いてくる。
「おれですか?おれは…。」
さっさと前を颯爽と歩く鈴葉は見ながらなんて答えたらいいのか思案する。
てか、あいつどこに行けばいいのかわかってんのか?
「最近参加したばかりのバイトです。」
曖昧な表現に聞いた方も曖昧な表情になる。
当然だよな。でも、おれ自身まだどう言っていいのかわからないんだし。
「それで、どこで何を見たんですか?」
鈴葉がコミュ症丸出しな分、一緒にいる時は自分がこの役割を担うべきだと判断する。
「はい。私は半年前にこの学校に配属されて、新任だったので5年生の副担任を担当していたんです。」
お腹の前で握った両手を見つめながら話しを続ける。
「それが、1ヶ月まえくらいからなんだか授業中に誰かの視線を感じるようになって。」
まじで、アニメの世界のような会話だなと不謹慎ながら感心してしまう。
「その視線の正体が昨日分かったのでそちらに連絡したんです。」
「その正体って?」
「あの木を見てください。」
ちょうど校庭に出たところで、新任先生が指を指す。
「校庭の端にある桜の木なんですけど。」
かなり大きな木だ。幹の太さからその歳月が感じられる。
「あの木のところに生徒が立ってるんです。」
今はまだ木との間に距離があり、特になにも見てとることはできなかった。
「今は…なにもいないですよね。」
奏が確認すると
「違うんです!この時間はいつもいることはありません。午前中の授業の時なんです。」
奏に自分が嘘を言っていると思われたと捉えたのか、弁明に必死になる。きっとこれまでそうやって信じてもらえなかったのだろう。
「いや。あなたを疑っているんじゃなくて。実際に今そうか聞いただけです。おれ、それなりに見てきてるんで。嘘だなんて思ってないですよ。」
どんな顔をして言えばいいのか分からなかった。でも必死になる彼女を見て、きちんと自分が受け止めていることを伝えたかった。
「すいません…。」
「かなりの頻度で見てるんじゃないですか?だいぶ疲れてるみたいですけど。」
初めて見た時から、顔色の悪さと視線の落ち着きのなさが目立っていた。
「すいません。」
「謝らないでください。」
普通じゃないモノをずっと見てきたのだ。当然だ。
「そんな視線。ずっと感じてきたんだから当然ですよ。」
彼女は奏の言葉に安堵の表情を浮かべるかと思ったが、視線を下げてまた自分の手を見つめる。
なんだ?
「あの。違うんです。」
また?違うの?
「視線はもちろん…怖いんですけど。それよりも。その。」
はっきりしない態度が奏を困惑させる。
「他にも何かあるんですか?」
「その生徒のお母さんと思われる人が毎日…。」
先生はとうとう目に涙を溜めてしまっていた。
「母親?」
「はい。」
耐えられないと言うように頭を振りながら言い放つ。
「その人もずっと私たちの教室を見つめてるんです。その人は一日中ずっと!」
なんだって?
異住人が二人なのか?
「それって二人とも、その、霊的なやつで?」
さらに首を振り応える。
「いえ!お母さんの方はそうじゃありません。普通の方ですが、その。」
自分の中の恐怖を全部吐き出したからだろうか。先生は顔を覆って泣き出した。
生きた人間が一日中、ずっと視線を送ってきているということか。
人間の恐ろしさを垣間見たような気がしながら前にいる鈴葉を見た。
その鈴葉が視線を向けている先も目に入る。
桜の木の下に誰かいる。
さっきまでは誰もいなかった木の横に背中を丸くして立っている。
子供ではなかった。




