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第十話 本当のこと

次の日の夕方。

放課後になると教室を飛び出して施設に急ぐ。

昨日、相模に聞けなかったことを早く知りたい気持ちがはやる。

「お疲れ様です!」

施設の入り口を勢いよく開けて声をかける。

返事はない。誰もいないのか?そういえば、昨日は入る前に犬人や相模に会ったが今日は誰にも会わなかった。初日は鈴葉が出てきて、相模が顔を出した。この入り口から先に一人で入ったことはなかった。

そんなせいか少しためらいがあったが、ここで働いているんだし、早く誰かを見つけて話がしたかった。

「おじゃまします。」

さっきよりは小さな声で上がりを告げて中へと入る。

食堂にも誰もいない。

さらに、奥へと進みいつもの事務所へと入ろうとしたのだが。

事務所とは反対にある部屋のドアが少し開いている。

光が漏れているのは、誰かいるからだろうか?

どうしよう。とすこし考える。

この家の中はほとんど知らない。二階やそれ以上上の階は全くだし、この階だって事務所と食堂以外に入ったことはない。勝手に歩き回ったり、見て回ったりするのは気が引けるのでやめていた。

でも、今日は昨日のことを聞きたくてしょうがない。誰かに早く話したくてしょうがない。

好奇心が勝って、事務所と反対に一歩進む。少しスローにドアノブを掴もうと手を伸ばしかけたその時、そのドアが動いた。

内側に向かって開いたドアに相模が立っていた。

「あ。」

奏はとっさに出ていた手を引っ込める。体勢を整えたその一瞬だけだが、相模から冷たい視線を浴びせられたような気がした。

「やぁ。奏君。」

しかし、かけられた声はいつもと同じ上機嫌な相模の声だった。

気のせいだったのか?

「こんばんは。」

「今日もよろしく頼むね。」

後ろ手でドアを閉めながら相模が言う。部屋の中を見たかったが、閉めるスピードが早くてほとんどなにも見えなかった。見えたのは紫色だけだった。

「あはい。あの。」

立ち去ろうとする相模をとっさに呼び止める。

「ん?」

相模がこちらに向き直る。

「どうかしたかな?」

「あの、昨日のことをお聞きしたくて。」

「昨日?」

相模はまだなにも聞いていないようだ。

「はい。はなびさんと一緒に異住人を…浄化したんです。」

「ほう。そうでしたか。」

相模は落ちついた目でこちらを見ている。

「その時、おれに変なことが起こって。」

「変なこと?」

「はい。なんていうか、異住人と共鳴したというか異住人の頭の中がおれの中に入ってきたっていうか…。」

歯切れの悪い、まとまりのない文章になってしまう。我ながらなんてバカそうな…と後悔する。

昨日の一件に興奮しすぎて、話をまとめて来るのを忘れてしまった。

「異住人と共鳴?!」

しかし、相模はおれの後悔などどうでもいいようだ。よくわからないがおれの言葉に目を輝かせ出している。

「ちょっと詳しく話して!」

奏の手を引き、隣の事務所に駆け込んでいく。

相変わらず綺麗とは言えない机から椅子を引っ張り出して奏を座らせ、自分も目の前に陣取る。

「共鳴ってどういうこと?」

膝がひっつくくらい近い距離でかなりの食い気味で迫る相模に驚愕しながらも奏は自分の中でも昨日のことを消化するように話し始める。

「はなびさんが異住人の気配に気づいて、そこの広場までやってきたんです。」

相模はうんうんと首を縦に振る。

「そしたら、黒と紫色の気味の悪いオーラを纏った異住人が俯きながら立ってました。」

同じ歳くらいの女の子だった。

「彼女はゆらゆら揺れながら、ただそこに立っていて。はなびさんの問いかけにも答えなかった。」

悲しそうに揺れていたような気が、いまならする。

「それが、突然こちらを向いたかと思うといきなり目の前が真っ暗になって意識がなくなりました。」

すごい勢いで異住人の視線を感じた。

「あの時は直前に頭がすごく痛くなって、気が遠くなった。」

自分の膝に置いた両手を見つめながら続ける。相模の膝は見えなかった。

「次に気がついた時は、異住人の記憶の中だった。」

知らない声に起こされた。

「さくらって呼ばれてて。仲の良い友達と会話してる風だった。」

友達はかのん。おれが知るはずもない名前なのに、頭の中にしっかりと浮かんできた。

「でも、だんだんと様子がおかしくなってきて、仲が良かったはずのかのんからさくらは罵られてた。」

冷たい声だった。

「それに周りの人達もみんなさくらのことを噂してた。たぶん、理由はネットだと思う。」

はっきりとした理由がわからなかった。でも、たくさんの人からの悪意を全身で受けていた。

「その後はまた真っ暗な空間を感じて…。」

奏は手のひらをぎゅっと握る。

「その後、たぶんさくらは自殺したんだと思う。」

そこまで一気に話を終えて顔を上げる。感じたことのない疲労感が奏を襲う。

「これってどう思いますか?」

相模はいつのまにか立ち上がり、奏の隣にある机の端に座って腕組みをしていた。

しばし、目を閉じて何かを考えているようだったがやがて口を開いた。

「奏君。」

落ち着いた声に面食らう。

「は、はい。」

「僕の目はやはり、正しかったよ。」

落ち着いた声とは裏腹にその瞳は輝きに満ちていた。

「君は特に特別だ。」

「どうして?」

同じように能力が使える人間はここには大勢いだろうに。それなのにどうしておれはその中でも特別だと?特別の前にさらに特までつけて。

「それは…。」

「それは異住人の心の中が見えるなんて能力、だれもこれまで持てたことがないからよ。」

突然の声に振り向くと、はなびが部屋の入り口に立っていた。

「はなびさん。」

水色の髪が今日もとてもよく似合っている。

動きやすそうなスウェットパンツにクリーム色のパーカーととてもアクティブな服装だ。

「奏はこれまで誰も得ることができなかった能力を発揮したってこと。でしょ?」

最後は相模への問いかけだ。

「その通りだ。だから君は特に特別なのさ。」

はなびに視線を合わせていた相模は再び奏のほうに向き直り、語り出す。

「これまで、この家の中でハンターが出るたびに絶望していた能力。それが、異住人の心を見る。すなわち、どうしてヤツらが異住人となったのかが分かる力。それがわかれば除霊方法が変わったりもするだろう?祓うのか、成仏させるのかとかね。蹴りをつける時に異住人が凶暴化するのは、異住人のこころに添ったやり方じゃないからだと考えることもできるんだ。もちろんそれが全てではない。でも、ヤツらのバックグラウンドがわかればもっと安全にヤツらに対峙できるはずなんだよ。」

「なるほど…。」

「かなり効率的な能力なんだよ。ゴーストハンターにとってね。」

相模はまた興奮してきた様子で、人差し指を奏に突きつける。

「そこに君がやってきた!ぼくにはすぐに分かったんだ。君が変えると。」

相模にはそれが分かっていたと言うのか?会ったはまだ数日だというのに?しきりにそんなことをなん度も言っていたのは確かだが。

「どうしておれにそんな力?」

これも疑問なのだ。どうしてだ?

「それは知らない。どうしてなんて考えたところで意味はないしね。能力は選べない。」

「私に力がないようにね。」

はなびが突っ込みを入れて来る。

「奏はすごいよ。」

突然そう言われて、また面食らう。

「なにがですか?」

「昨日のこと。気になって調べてみたの。」

「異住人をか?」

「そう。」

はなびは真剣にも少し悲しそうな表情を交えて話し出す。

「昨日の異住人は坂口さくらさん。17歳だった。」

やはり高校生だったか。

「この近くの高校に通ってたみたい。」

見たことのない制服だったのはそのためか。

この辺はこれまでの自分の行動範囲外だった。

「結論から言うと彼女は自殺。自分の部屋で薬をたくさん飲んだって。でもね、その理由が…。」

はなびが口ごもる。

おれが見たのが正しいのなら

「SNSのたたき。」

はなびが奏を見る。

「昨日も言ってたよね。ほんとに異住人の中に入ったんだ。」

「意識だけですけど。」

「昨日、奏が言ってたとおりだった。坂口さくらさんはSNSの誹謗中傷に耐えられなくなって自殺したみたいなの。」

腕を組んで話を続ける。

「かなりひどい内容が多くてね。今でも全然そのままで残ってるから…。」

「多分それ、全部うそですよ。」

聞いていられず声を出す。

「え?」

「そのたたいてる人たちの言ってることです。」

「でもそんなのわからないと思うけど。」

「あの人の動揺の仕方は尋常じゃなかった。同じ感覚を経験しないとわからないと思うけど。否定しても、否定しても誰も信じてくれなかった。」

あの時、さくらから感じた感情の揺れはまだ奏の中に残っている。それくらいの感じたことのない怒りや悲しみだった。自らの命を断つ決断を下す感情はあんな感じなのだろうか。

共鳴してしまったことで自分だけが分かることを説明する難しさに直面した。

「それがどんなに辛くて、苦しいのか。」

自分が受けた事でなくても、あれだけの衝撃を感じたのだ。あれが自分へ向けたものだったら…そう思うと背筋が凍る。

「そっか。」

はなびはそれ以上なにも言わなかった。

「やはり君の能力は我々にとって、とても重要なものだ。」

それまで静かに二人の会話を聞いていた相模が口を開く。

「なん度も言ってしまうが、どれだけ君の能力を待ち望んだことだろう。」

同じ内容の話だと感じたが、相模の目と声色がさっきと違うのを感じ取った。

「大神奏くん。君の力を我々と共に役立てたほしい。」

頭を下げる。

「えっ!」

奏は驚いてしまう。

「やめてください。いきなりそんな。おれはそんなことされなくてもここで自分なりに役立てたらって思ってます…。」

相模が顔をあげてほっとした表情をみせる。

「ありがとう。」

奏の両手を掴むと自分の両手で包み込む。

不思議と嫌な感じはせず、その暖かさを素直に感じられた。

「ほんとうにありがとう。」

困ってしまい、はなびの方に助けを求める。

はなびは一瞬、儚げに微笑んだがすぐに

「私からもありがとう!」

と、元気に言って立ち上がった。

「そうと決まれば。」

腕組みをして何か考えている。

「相模さんいつまでやってるのよ。」

奏と相模を引き剥がしそろそろ気持ち悪さを感じていたから助かった。

「どんどん実践あるのみだよね!」

奏の腕を引き上げる。

「さっき、鈴葉がなんか感じて出て行こうとしてたの!」

呆気に取られている相模をほったらかして事務所を後にする。

「鈴葉が?」

奏はすこし抵抗して聞き返す。

「あいつ、おれがついて行くっていったらキレないかな…。」

「大丈夫よ。あのこの不機嫌なのはいつものことだから。それに鈴葉についていくのが一番効率がいいはず。」

前を見たままはなびは言う。

「一番だから。」


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