第一話 我みたものは幻か
遥か昔から人の世には表と裏が存在した。
球を足で蹴る、ただそれだけが上流の者にしか許されていなかった時代から。
その時代、この世の者ならざる存在が人々のささやかな日常に度々影を落としていた。
魑魅魍魎。妖怪と呼ばれる者たちである。
妖怪たちは表の世界で生きる人々を恐怖で怯えさせるためにある。
人を狂わせたり、病を流行らせたり。
どんなに階級の高い人々にもその恐怖は同様に与えられてきた。
ただ、彼らは下々の者とは違いある存在に助けを求められる権利を持っていた。
妖怪たちが振り撒く厄災を祓うことのできる唯一の存在。
陰陽師と呼ばれる者たちである。
彼らに助けを求めるには費用が必要だった。それも高額の。それにより家を繁栄させてきた者もいる。
そのため階級の高い彼らからも一目を置かれる陰陽師こそが、この時代最も権力があった。
そんな最高権力を持つ彼らの家系は特別な者たちの集合体であるべきとされていた。
陰陽師の家系には恐ろしい決め事があった。
彼らの家に双子が産まれることは不吉とされており、双子が産まれたならそのどちらかを始末するというもの。
そして、それは現代にまで密かに受け継がれていた。
1
思えば、あの瞬間から僕の高校生活は一変したのだと思う。あの時、夜空なんて柄にもなく見上げるんじゃなかった。
何度そう思ったことだろう。
そんなことを考えたところで動き出した時間を止めることはできないし、今更この日常を
拒否するつもりもなくなっているのだが。
もっと本音を言えば戻りたくないとも最近は考えてしまってもいる。
とは言っても、あいつに出会ったことで僕の人生がそれまでと全く違ってしまったこと。
それだけは事実。
それならもう覚悟を決めた方がいいってもんだろう。
何度だって思い出せる。
あの生意気な女を見たあの夜。
悔しいくらいに星が綺麗な夜だった。
「なんだあれ?」
学校からの帰り道。いつもより少し帰りが遅くなった。友達と先週発売されたゲームの話をしていたらつい盛り上がり時間を忘れてしまったのだ。
冬が近くなって日が暮れるのが早くなり、すでに夕闇がせまり頭の上には星空が広がっていた。
夜が早くなると肌寒さまで感じる気がして不思議だ。そんなことを考えながら、ふと視線を空へと移した。
その目が不思議なものを捉えた。
歩道に等間隔で並んでいる街灯。その一つのてっぺんに人影が見えるのだ。
そんなことがあるはずない。思わず目を逸らしたのはそれがよくないもののような気がしたから。
べつに霊的なものが見える体質だとか、そんな感覚があるわけじゃない。
それでもこれはよくないと体中が信号を出しているような感じ。
この辺りの街灯は普通の細い蛍光灯とかではなくて、海外のガス灯を模したデザインになっていて、確かにてっぺんに立てる足場は十分にありそうだ。が、そういうことが問題なのではない。
そもそも2メートル以上もの高さがある街灯ひ人が立っていることがありえない。どうやって?
民家の塀をよじ登って、さらに街灯の柱も?普通の人ならやらない。どんな中ニ病のやつだってやらない。
思考を巡らせている間に好奇心が湧き上がってきた。
さっきはすぐに目をそらせるほどだった感情が、今は怖いもの見たさで満たされてしまっていた。
もう一度見ないわけにはいかない。
現実か否か確認するためにも改めて視線を空へと向けた。
いる。
やはり人がいる。
ここからだと少し距離があったが、先ほどよりもしっかりと見つめていると細かいところまで見えてきた。
女性だ。
髪は肩のところでまっすぐに切り揃えられている。
背中を向けているせいで、顔や表情はわからない。
来ているのは制服か?おそらくセーラー服。
このあたりの中学、高校にはセーラー服の学校が多いから、どこの学校か判断がつかない。自分の学校だけは違うことは間違いない。我が校はブレザーなのだ。
「どうしてあんなところに。何やってんだ?
女の・・・子だよな。それになんだあの玉み
たいなやつ。」
彼女のすぐ隣に暗闇に浮かぶ黄色い玉が見えた。黄色というより金色に近いか?この玉が淡く光りながら浮いている。
「あんなに光ってるのにみんな気が付かないのか?」
その時初めて気がついた。自分以外に街灯の上の異変に気がついている人間がいない。最も今の時間はひとがまばらなのだが、それでも歩いている者は存在する。しかし誰も自分の正面より上に視線を向ける余裕はなく、黙々と家路を急いでいるように見えた。そんな姿に急に言いようのない寂しさを覚えながらも、自分だけが気がついたことに喜びを感じた。さっきまでそれに恐ろしさを感じていたのにだ。
視線を街灯の先に戻してさらに思考を巡らせる。
光物体と彼女との関係性はよくわからないが、彼女の異常性は理解できる。普通じゃない。絶対。そしてあれがなんなのか、彼女は一体誰なのかを強烈に知りたくなっている自分に気づいた。
しかし、そんな欲求とは裏腹に影がズレたような感覚を味わったかと思うとあっという間に消えてしまった。跡形もなく、そのにはただ暗闇が残るだけになった。あたりに残るのはいつもと変わらない街並み。
「消えた・・・のか?どうやって・・・。」
本当に一瞬だった。目を逸らしたりしてないのに。文字通り消えた。
「なんだったんだ。今の・・・。」
辺りを見回しても何もない。さっきまであった不可思議なものの痕跡は一つも見つけられなかった。気がつくと走り出していた。それほどの距離はなかったが我慢できなかった。街灯の下まで猛ダッシュ。
何もない。ゴミすらない地面を見て、自分の暮らす街が意外にも,こんなに綺麗に保たれていることに気づく。いい街だ。
「じゃなくて!」
自分で自分にブレーキをかける。もう一度、目の前でゆっくりじっくり観察してみる。
どんなに街灯をチェックしなおしてもおかしなところは見当たらない。さっき見た人影を肯定するものは見つけられなかった。
「そんな。」
途方にくれてしまう。目を逸らしたりしなかったのに。
自分を取り巻く静寂が、先ほどの興奮は二度と戻らないと己に告げているような感じがした。
なんて、感傷に浸るなんて愚か者。
だって、その感覚は間違いなのだから。
それどころか、それから先の彼の人生にこんなにも影響を及ぼすこのとになるとはこの時はまだ知らない。




