第2話 さよならが届かないまま
夜勤明けのあの日から、透夜はギターを手に取るたびに同じメロディを口ずさんでいた。
胸の奥に引っかかったままの言葉が、形になりたがっている。
数日前、夜勤中に一人の利用者がふと漏らした言葉があった。
「…もう、さよならなんて言わなくていいよ」
その声はかすれていたが、不思議な温かさを含んでいた。
透夜は返事ができず、ただ握った手の温もりを感じていた。
しわの深さまで覚えているほど、あの瞬間は鮮やかに残っている。
それから数日後、その利用者は旅立った。
面会も叶わず、最後に見た笑顔はあの夜が最後だった。
ふとした瞬間、その笑顔と手の感触が胸に蘇るたび、透夜はどうしようもない虚しさを抱える。
深夜の部屋、アンプに繋いだギターの弦を爪弾く。
低く静かな音が、空気を震わせる。
指先に少しずつ旋律が宿り、あの夜の想いが形になっていく。
――あの夜、手を握った感触を忘れないために。
――もう二度と同じ思いを繰り返さないために。
曲名は自然と決まった。
「さよならが届かないまま」。
透夜は小さく息をつき、録音ボタンを押した。
それは祈りであり、手紙であり、介護士としての日々を刻む音だった。
そして今、その曲は静かに世界へと旅立とうとしている。
彼はそっと呟く――「あの夜を覚えていてほしい」。
その想いを音に込めた一曲が、活動報告のページで静かに待っている。
この曲は、私が介護士として働く中で出会った「別れ」と「記憶」を元にしています。
人は言葉を忘れても、気持ちは手の温もりや表情に残っている。
その瞬間を、どうしても音にして残したかった。
介護の現場は、日々の忙しさの中にかけがえのない瞬間が溢れています。
でも、その多くは言葉になる前に過ぎ去ってしまう。
「さよならが届かないまま」というタイトルには、そんな瞬間への悔しさと感謝の両方を込めました。
この曲が、誰かの大切な記憶をそっと揺らすような存在になれば嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
透夜(TOUYA)