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紅茶の淹れ方

作者: 涼風


「ピロン」


メールが来るなんて珍しい…ああ、日向からか。


(…なんだこれ?『生まれ変わってくる。』って…)


何なんだろう…




「きーりーのー!」


「あっ、すいません。ぼーっとしてました。」


「課長が呼んでたぞ。あと、同期なんだからそんな硬くならなくていいって。」


「…はい。」


一年も前のメッセージのこと考えるなよ。


「後ろすいません。」


あいつはきっと大丈夫だから。


「はあ…」


今は目の前のことに集中しなきゃ…

多分あの件だ。


「…課長、なんでしょうか。」


「仕事中ごめんな。先週の花田病院の件聞きたくて、どうだった?」


「はい、弊社の新製品について詳しくご説明させていただきました。新製品は故障率が下がりまして、導入コストも――」


「桐野、それで向こうは何て言ってた?」


「その…検討するとのことで…」


「先方が今何に困ってるか、聞いたか?」


「・・・」


「…いえ、その...商品説明で時間がかかってしまって...」


「だからダメなんだよ。お前は商品の紹介はできるが提案ができてない。相手が求めてるものを聞かずにこっちの都合ばかり話してる。」


「…はい、申し訳ありません。」


「何度も言ってるが、お前は商品知識はあるんだ。だから相手の話をちゃんと聞け、相手の立場になって考えろ。」


「…はい。」


「期待しているからな。」


「…ありがとうございます。」


「おう。時間食って悪かった、戻っていいぞ。」


「はい、失礼します。」



「はあ…」


憂鬱が考えを犯してくる…


(相手の立場に立って考えろって何回言われたっけ…)


数えるのもいつからかやめてたからわかんないな。でもあの件、僕は悪くない…

新製品って言ったってほとんど元のやつと変わってなかったし…


「…言い訳なんて考えても無駄だな。」


まだやるべき仕事がある…頑張らなきゃ。


「はあ…頑張れ僕。」




(この資料、ちょっと分かりにくいな…作り直すか。)


「まだ残るのか?」


…もうそんな時間なのか。あー定時なんてとっくに過ぎてる。

全然気付かなかったな、周りに誰もいないし。まあでも、もう少しだけ。


「はい、もう少しでこの資料作り終わるので。」


「そうか、頑張れよ。お疲れさん。」


「お疲れ様です。」




ダメだな…集中切れてる。資料なんて作れるもんじゃない。それに、静寂が辛い。


「…今日はもう帰ろう。」




(電車は…まだちょっとかかるか。)


適当な所にすわって、スマホでもいじってればすぐだな。

なんか面白い話題でも探すか、営業トークで使えそうなものでも。


(最近ホント広告多いな。)


「…“誰でも簡単営業のコツ“か。」


“誰でも“って便利な言葉だ。

人によって定義が曖昧で個人の解釈が違ってくる。

クラスの人気者が『俺のクラス、皆仲良くて最高だぜ!』と言った“皆“に自分だけが含まれていないことと同じ。

(ああ…気分が悪い。)

灰色の高校生活の苦い記憶が僕という空っぽな器に注がれるような感覚だ。

ずっと楽しくなかった。失敗ばかりだった。


「“た“って、今はまるで違うみたいな言い方はあってないな…今だって昔と何も変わってない。」


今の会社に入ってからもう四年か…

望んだ就職先では無かったが、周りがいい人ばかりで頑張ろうと思ってたっけ。

だけど、いつまで経っても同じミスを繰り返し、その度に課長に怒られてる。

それでも『期待している』と言ってくれる課長の優しさが辛い。

もう二十七の新人でもない人間に期待か…


(いっそ、見捨てられた方が楽なんだけどな…)


苦い記憶であふれそうだ


「こんな時にあいつがいてくれたらなぁ…」


「“生まれ変わってくる“か…」


(やっぱり、死ぬってことなのかな…)

いや、違う。それだけはない。あいつはそんなこと考える人間じゃない。

連絡が取れなくなる前だってあいつは元気だった、と思う…

…でも、所詮他人だ、本当の気持ちなんて分からない。


「なあ、僕たち友達だろ?日向…なにかあるなら相談してくれよ…」


「プルルルル…」


「・・・」


「プルルルル…」


「・・・」


「おかけになった電話は――」


「…つながるわけないよな。」


…まあ、どこかで元気にやってるだろ。

そう信じよう。


「あれ、桐野くんじゃないか。」


聞き慣れた声色だ。


「あ、灰谷さん。」


「やあ、奇遇だね。」


「どうしてここに?」


「ここら辺にいい茶葉が売っていると聞いてね、買いに来ていたんだ。君は仕事かい?」


「はい、もうクタクタです。」


「今月のノルマは何とかなりそうかい?無理そうなら私がノルマに届くまで援助するよ。」


「…いくらお得意様とはいえ、そこまでは。それにいつもお世話になってますし。」


「いや、すまない。口を出しすぎてしまったね。それにそんな提案、君が受けるはずもなかったな。」


「…はい、そうですよ。」


…顔を見れない。

この人も僕に期待してくれているのか…


「ところで、君は先ほど電話をしていたようだが、大変だな駅でも仕事なんて。」


「いえ、さっきのは仕事の電話じゃないです。友人に少し電話を。」


「そうか、仲がいいんだな。」


「はい、中学の時からの付き合いで、明るく、おしゃべりでいい奴です。僕に紅茶趣味をくれた友人でもあります。」


「じゃあ、間接的に私に紅茶を教えてくれた人というわけだな。」


「はい、そうなりますね。」


「中学の時の友人が今も続いているのはとても珍しい。大切にしたまえ。」


「…いえ、今はもう。一年前から連絡が取れなくなったんです。」


「…そうか。」


「『生まれ変わってくる。』って言うメッセージを残して、それっきり…」


「…なるほど、“転生“か。」


(“転生“…?)


アニメとかでしか聞かない言葉だ。そんな電波キャラだったかこの人?

いや、そんなわけないだろ。そんな訳の分からない冗談をいう人じゃない。

何か知ってるんだ…


「“転生“って何ですか…?」


一瞬、言葉を失ったような顔をした…?

困惑…ではない気がする。

わからないけど知らないことがおかしいってことだけは分かる。


「…テレビとかで聞いた事はないか?」


「いえ、全く。とういうか見てません。アニメとかでならありますけど…」


「…桐野くん、アニメに興味関心を向けるのは悪いことではないが、もうちょっと世間にも興味を持ちたまえ。」


怒られた…

別に興味が無いわけじゃない。

忙しくて…いや、いいや。


「はは、すいません。」


「“転生“、約一年半前に作られた社会制度だよ。」


なんだそれ、聞いたこともない。

でも、“転生“って言うんだから漫画やアニメみたいに異世界に行ったりするものなのか?


「君はきっと『別の世界に飛ばされるようなもの』と考えているだろうが、それは違う。」


「…げ」


「当たったかな?」


凄いなこの人。

いや、すごいのはもちろんだけど、僕が単純すぎるのもあるな。


「“転生“っていうのは、未来の自分を殺すことだ。」


「…殺すってのは、比喩的な表現ですか…?」


「そうとも言える。」


「・・・」


「殺すといったが、死ぬわけじゃない。君の友人が転生したとしても生きているよ。」


意味はわからないけど…良かった。


「意味が分からないだろう?」


「…もったいぶらないで教えてくださいよ。」


「無理だ。」


は?


「“無理“というのは語弊があったな、“言いたくない“こっちのほうが正しい。」


また意味が分からない…


「君は昔の私にそっくりなんだ…」


…急に、なんでそんな悲しい顔をするんだ…

さっきは、知らないことがおかしいみたいな顔していたじゃないか…

今は、僕が知ることを恐れているような…


「…それじゃ理由になってませんよ。」


「気になるなら、自分で調べたまえ。社会勉強だ。」


…まあ、いいか。“転生“という存在を教えてくれただけで感謝だ。

それに、死ぬようなものじゃないと分かったのもでかい。

日向が“転生“したとしても生きてるってことだもんな…


「…はい。ありがとうございます。」


ちょうど電車が来たか。


「僕、こっち方面なのでお先に失礼します。」


「ああ、お疲れ。」


この時間帯は簡単に座れて楽だな…

…なんだ?何か言ってる。


「ドアが閉まります。」


アナウンスのせいで上手く聞き取れない。

なんて、言ってるんだ?


「…よなら。」


「ガタン」




(…ゆりかごで揺られている気分になる…気持ちいい)


転生について調べるのは帰ってからでいいや。今は疲れを癒したい…


「うっ…」


あの人吐きそうだ。


「・・・」


袋いるかな…

ポッケに今日のコンビニでもらった袋があったよな…


(…でも、僕が渡す必要ってあるか…?)


余計なお世話じゃないのか…?

僕なんかが助けたら気持ち悪いと思われないか…?

それにあの人が吐いても僕は悪くない…


(知らないふり…気づかないふり…)


「…いや、無理だろ。」


「…あの、大丈夫ですか?袋いりますか?」


「あっ…すいませえん。ありがとうございますぅ…」




「…ただいま。」


(お帰り。)


虚しいな…


「・・・」


結局あの人は吐かなかった。


(袋は意味がなかったな…)


まあいいや。


「…一週間頑張った。」


ふかふかのベットが心を優しく包み込んでくれる。

このまま寝てしまいたい…

いや、ダメだ。風呂に、ご飯、色々やることがあるだろ。

それに、


「…“転生“」


調べなきゃいけない。


「ええっと、『転生とは』っと。」


(…とりあえずスマホに打ち込んでみたけど出るもんなのか?)


「…出てきた。」


あっさり出たな。そりゃそうだよな、一年半前からある社会制度だもんな。

自分で言うのもなんだが、知らない方がおかしいようなものだ。


「『未来の自分を殺す』か…」


怖い。あんな真面目な人が脅しでそんなこと言うはずない。

なにか黒い部分があるんだ。それも、かなり人生に影響を及ぼす程の。


「…でも、知りたい。もし日向が“転生“しているならどうなっているのか。」


(一番上の“独立行政法人転生先端医療センター“って書いてあるやつでいいか。)


“医療“か…なにか病気を治すものなのか…?


「…え、これって。」




(九時四十五分。大丈夫、間に合う。)


「次は、転生医療センター前。転生医療センター前。」


ここだ。


「次止まります。」


「お足元にお気を付けてお降りください。」


やっと着いた、なかなか近未来的な建物だな。とりあえず入るか。


(えーっと、受付は…あっちか。)


「すいません。」


「はい、どうなさいましたか?」


「10時からの転生説明会を予約した、桐野紅樹です。」


「桐野様ですね、お待ちしておりました。少々あちらにおかけになってお待ちください。」


「分かりました、ありがとうございます。」


ふぅ…我ながらすごい行動力だな。昨日知ったものの説明会に参加するなんて。

「未来の自分を殺す」、表向きそんな風には見えなかった。

むしろ、


(僕のような人間には救いのように感じた…)


「桐野様。時間になりましたのであちらの会議室にお入りください。」


「はい。」




「桐野紅樹さんですね。おかけください。」


すごく綺麗な人だ。


「この度は転生説明会に参加していただきありがとうございます。」


席が一つしかない。“会“って言うんだからお偉いさんが多人数に説明するもんだと思ったが、違うんだな。マンツーマンなのか。

綺麗な人と二人、嫌だな…


「あの…?」


「あっ、はい。」


「おかけになってください。」


「す、すいません。」


はあ…やらかした。気持ち悪いって思われてないかな…


「ふふ、緊張なされているんですね。」


「ま、まあ、そうですね。」


「それはとてもいいことです。」


『とてもいいこと』か…いいことかどうかは主観だろうけど、珍しいんだろうな。

ここまで来て緊張してる奴なんて。

…だって、使い方を間違えなければ、“転生“は救いだと思う。

文字通り生まれ変わったかのような人生を送れる。


「ああっ、すいません。自己紹介がまだでしたね。わたくし、転生説明担当を勤めております、月城零と申します。本日はよろしくお願いします。」


「よろしくお願いします。」


「いやぁ、いつも忘れちゃうんですよー。いつも自分に『お客様がきたら真っ先に自己紹介しろ!』って言い聞かせているんですけどねー。」


…さっきの丁寧さとはえらい違う。

緊張をほぐしてくれようとしてるのもあるんだろうが、なんだろう、それにしても違和感がある。

ほんの少し、本当に少しだけなんだが…完璧すぎて、かえって作り物めいた感じ。


(ダメ人間を演じてる…?)


でもなにか腹の中にある黒いものを隠すようなものではない気がする。

むしろ、善意で満ちているような…


「は、はあ、それは大変ですね。」


「そうなんですよー、いやーホント。昨日も先輩に怒られちゃってー、それにー」


アイスブレイクの時間長いな…悪いことではないし、この後も話しやすいから助かるけど…


「それでねー」


よく笑う人だ。

演技でないなら、誰にでも好かれて順風満帆に生きてきた人だろう。

僕とは真逆のプラス思考だし。

でも、仕事ができないところは似ている。

それ以外は全くと言っていいほど似ていないけど。


「――って言ってやったんですよ!」


(それにしても、楽しそうに話してるな…)


水を差すのも悪いな。

“転生“は別に後でも…よくはないけど、時間あるからまあいいか。

というか、考えてみれば休日にこうやって人と話すのは久しぶりだ。

相手の話を聞く練習と思おう。


(…とことん付き合うとするか。)




「ごめんなさい!話しすぎちゃいました!」


「い、いえ大丈夫ですよ…」


(まさか一時間近く話すとは思わなかった…)


「はあ…本当にごめんなさい。」


「大丈夫ですって…」


「ふぅー、それでは、“転生“についてご説明いたします。」


雰囲気が変わった…


「おっと…」


またすぐに作り物めいた雰囲気に戻したな。

先ほどの一瞬見せた雰囲気を取り払おうとしているのか…?

そこまでして隠したい素って何なんだろう。


(まあ、職場で自分を取り繕うのは別に変なことじゃないよな。“転生“について教えてくれるなら別にいい。)


「知っていると思いますが“転生“とは――」


ぐぅー


「…っ!」


「・・・」


今のは台本外か…

顔の赤さがそれを証明してる。


「あっ、あの、お腹空きませんか?」


「そ、そうですね。」


「近くのカフェで続き話しましょう!おごるので!」


「は、はい。」


…近い。


「ふぅー、正面入口を出てすぐなので先行っててくれますか?私少しだけやることがあるので。」


「分かりました。」



(ここ…だよな…)


「いらっしゃいませー!何名様ですか?」


「二名です。一人は後から来ます。」


「空いているお席にお座りください!」


「・・・」


「ご注文はこちらのパネルでお願いします!ごゆっくりどうぞー!」


「・・・」


(いや、カフェじゃなくてファミレスじゃん。)


近くにカフェどころか喫茶店のきの字もなかったから多分ここであってるし。

変わった人だなぁ。


(…これも演技なんだろうか。)


なんであんなにも自分を取り繕うのだろうか…?

あそこまで必死だと興味が湧いてくる。

だって、あの人は――


「待たせちゃってすいません!」


「いえ、全然待ってないです。僕もさっき来たばっかりですし。」


「そうでしたか。」


やっぱ、ここをカフェって言ってたんだな…


「もう何か注文されましたか?」


「まだ何も。」


「それでしたら、このドリアを一緒食べませんか?」


(ん?一緒に?)


「すごくおいしーですよ。それに量も多いんです。」


「え、あの、どういうことですか。」


「『どういうこと』と言うのは?」


「『一緒に』って…」


「…そのままの意味ですよ?」


「一つのドリアを二人で?」


「…はい。」


「どうして?」


「…美味しいものを二人で分け合ったら、おいしさ二倍みたいな?」


「・・・」


「…えっと、そのっ…」


「・・・」


「…や、安いからです。」


(安いから?)


…なるほど。

『奢る』と言ったが、お金がないのか。それで突飛なことを言ったわけだな。


「『奢る』って言った事なら気にしなくていいですよ。なんなら忘れます。」


「…いえ、私から言い出したことなので…奢らせてください。」


「うーん、じゃあこういうのはどうです?代わりに、僕の要望を一つ聞くってのは。」


「え?」


「奢らなくていいので僕の要望を一つ聞いて欲しいんです。もちろん、“転生“に関することで。」


「…そんなことで奢らなくていいんですか?」


「ええ。というか、『奢ってほしい』なんて一言も言ってませんよ…」




「ふぅー」


「お腹膨れましたか?」


「はい。」


「それじゃそろそろ“転生“の詳細を教えてくれませんか。」


「そうですねー、結構時間たっちゃいましたしねー。」


(にしても時間経ちすぎだけどな…)


「でも、説明って言ってもほとんどネットに書いてあることがほとんど全てなんですよー。だからみんな基本は説明会なんて来ずに転生手続きしちゃうんです。」


「…“転生“、自身のコンプレックスや性格を、消したり変えたりすることでより良い人生の手助けをする医療。脳への負担から一度しか受けることができない。未来の自分を殺して新しく人生を構築するもの。」


「そうそう、その通りですが、殺すってのはちょっと強い表現ですねー。道を変えるぐらいがちょうどいい表現ですよ。例えば、どうやっても視線を気にしてしまう人が、舞台に立つスターのようには努力ではなれないですよね?しかし、それをできるようにするのが転生です。あっという間に視線が気にならなくなり、スターへの道一直線!」


「転生は棺のような機械に入って願うだけって本当なんですか?」


「ええ。実際に二十年引きこもっていた人が、翌日には積極的に話すようになった例もあります。ほんと、素晴らしい制度ですよね。」


「…身体的特徴は変えれない。」


「はい、転生は何でも出来ると思われがちですが身体的なものは治すことが出来ません…なので足が元からうごかない人などを歩けるようにすることは残念ながら出来ません…それどころか、身体的に変えたいと願うと変形してしまうんです。なので絶対に願っちゃダメですよ!」


「公式webに書いてあったのはここまでです。」


「はい!それが全てです。」


「本当ですか?」


「はい。」


噓だ。

あの人に『殺す』と言わさせる何かが絶対にある。


「死者は出てないんですか?」


「はい。」


「死者のような状態になった人は?」


「…いるわけないじゃないですか。」


「例えば、植物人間とか――」


「なんでそう思った。」


また急に雰囲気変わったな…

それに昼時なのに周りというか、ファミレスの中に誰もいない。

おまけに窓のブラインドが下がり始めた。


(眼鏡をかけた…これが素だな。)


「…転生の原理は知らないが、身体的特徴ってだけで体の一部で変形するようなものだ、精神的なものを治す際に何か起こらないはずがない。」


「想像力が豊かなんだな。転生は社会制度だ。君の言っていることが本当だとするならば、国がそんな重大なことを隠していることになるぞ。」


「…そうですね。」


「転生がどんな目的で生まれたか知っているか?」


「SNSの普及による、無気力症状の増大を防ぐためですよね。」


「そうだ。約三年前起きた、SNSを利用した若者の集団自殺事件。あれをきっかけにして国は動き出した。」


…集団自殺事件。あれは…酷いなんて事件じゃない。

社会に疎い僕でも知ってる。

確か、一人一人の遺体の元に当人が書いたと思われる遺書があったんだよな…だから自殺とみなされた。


「…有名なインフルエンサーが自身のフォロワーを集め自殺した、最低最悪の事件ですよね。」


「“最低最悪の事件“か…まあ普通はそうだろうな。」


「…どういうことですか。」


「自殺を図った全員に遺書があってね、そこには、『対人関係がうまくできず学校が辛い』、『気が弱くふられることが怖く告白できなかった』、『仕事がうまくいかず逃げ出してしまった』、などそれぞれの抱える痛みや後悔がつづられていた。十人十色でね、人の数だけ違う傷があった。その全てがかさぶたで覆われていたがね。」


「・・・」


「だけど、最後にはみな救われてしまう自分に対して、優越感を感じているような書き残しだったんだ。」


「…死は救いだってことですか。」


「当人たちにはそう見えてしまっていたんだ。自殺オフ会を最低最悪の事件と考えているのは当人たち以外の人間なんだ。少なくとも彼らには救いだったんだよ。」


「生前、無職だったり、不登校だったものが多かった。家族によると家でも何もせずにいたらしい。」


(無気力症状か。)


「自殺を図ったものたちのSNSアカウントには、自分の能力のなさを嘆く言葉が多くつづられていた。」


「現実で周りに劣等感を抱きSNSへ逃げる、しかしそこでも劣等感を刺激される。そうして無気力患者は生まれる。『自分には何もない』って感じでね。そして最後にいなくなる。本来SNSは息抜きに使うものなのだがな。」


「…そんな人たちを救うために生まれたのが転生ってことですか。」


「ああ、未来ある若者が道を閉ざすのを防ぐために生まれた。」


正直、どこにでもあるような悩みだ。

…だからこそ怖い。僕がそこにいる。

空っぽで、持ち手のない僕がそこにいる。


「こうした背景で生まれた転生制度だが、それでも何か隠された部分があると思うか?」


「・・・」


「事実として、転生のおかげで人生を成功しているものがいるんだ。私も実際に何人も見ている。転生が制度として実施された年から自殺率も急激に下がっているんだ。命を救うシステムであることは確かなんだよ。」


「・・・」


「あると思うか?」


「・・・」


「…知らないよ。」


「…なに?」


「…実際にあるかどうかなんて知らない。あったとしたとしても僕自身は転生すると思う。だけど、仮にあるとしたら、僕の大切な友達が巻き込まれているかもしれないんです…」


「僕に注ぎ方を教えてくれた人、灰色の学校生活に唯一色がついている人なんです…」


「大切な人なんだ…僕にしか分からないだろうけど…だから、ないならない、あるならあるで教えてください。僕は国が何をしようだなんて興味がない。」


「僕の要望はただ一つ…友人の居場所が知りたい。」


「…友人の名前は。」


「影野日向です。」


「そうか…すまない。」


「な、何ですか…急に近づいて。」


「…ごめんなさい。」


え?何言って…


「うっ…!」


なん、なんだ…


(…スタンガン?)


か、からだがうごかない。


「グスッ…運んでくれ。」


ない…てる…?




「おーい、話聞いてたか?」


…日向?ここは日向の家だ…なんで?

だって僕はさっきスタンガンを押し付けられて…


(…夢だな。)


「ごめん、聞いてなかった。なんだっけ?」


「おいおい、しっかりしてくれよ。『紅茶の淹れ方教えてくれ』って言ったのはお前だろ?」


「ああ、ごめん。」


日向が紅茶を教えてくれた日か。


「ったく、ほら説明するぞ。」


「うん。」


「まず紅茶を淹れるには水が大切なんだ。軟水か硬水かだけでもだいぶ変わる。軟水なら繊細に、硬水なら粗を消す、そんな感じかな。」


「…うん。」


「分かってないだろ。」


「はは、紅茶における繊細って何?」


「簡単にいうと香りが引き立つのが軟水、コクがあってミルクティー向けが硬水。」


「なるほど。」


「どっちがいい?」


「軟水にしようかな。」


「おーけー」


「じゃあ次は――」


…この背中ををずっと見ていたい。

僕の唯一の青春。夢にまで繊細に色がついている。今の日向がどうなっているかなんて知りたくない。このまま記憶の、夢の中の日向のままで…


「出来たぞ。ほら飲んでみ。」


「あ、うん。」


美味しいなぁ…


「ど、どう?」


「今まで飲んだ飲み物中で一番美味しいよ。」


「はは、噓くさい言い方。」


「事実だよ。」


「分かってるって。」


(楽しいなぁ…)


くだらない会話をして過ぎていくこの時間が幸せだ。

建設的なことなんて何もしていないのに…


「これと同じ茶葉あげるからさ、家でも同じように作ってみてくれよ。その時は水道水でな。きっと違い過ぎて目が飛び出るぜ。」


「へえー、そんなに変わるんだ。」


「『たかが水程度で』って思うだろ、でも違うんだ。同じ茶葉でも全く変わってくるんだぜ、面白いくらいにな。」


「俺はそういうところにハマったんだ。」


「そっか…」


「どうかしたのか?」


「あのさ、日向。」


「ん?」


「いや、やっぱりいいや。」


「なんだよ気になるなー」


「大丈夫、いつか必ず伝えることだから。」


「そっか。気長に待っておくことにする。」


「うん、頼む。」


「それじゃ、俺からちょっといいか?」


「何?」


「ありがとな。趣味を笑わないでいてくれて。」


「…笑うわけないだろ。」


「結構さ笑われるんだぜ、『女の子みたいな趣味』ってな。笑わないでいてくれたのは紅樹が初めてなんだ。」


「だから、『カッコいい』って言ってくれた時、本当に嬉しかった。ありがとう。」


「言いたかったことはそれだけだ。それじゃ、茶会も終わったしゲームしようぜ。」


「…ごめん。僕もう行かなくちゃ。今日はまだ行くところがあるんだ。」


「行くってどこに?」


「…大切な友人に会いにね。」


「そっか、じゃあ二面クリアはまた今度だな。」


「ごめん。」


「気にすんな。また明日な。」


「…ああ、また明日。」




…知らない天井だ。

さっきまでのはやっぱり夢か…


「はぁ…」


「お目覚めかな。」


月城さんの声だ。


「僕に何をしたんですか。」


「別に何も。」


噓はついてない気がする。なんとなくだけど。


「じゃあ何でスタンガンなんて押し付けてきたんですか?」


「…謝りたくて。」


(謝る?何に対して?)


やっぱり何かされたのだろうか。


「…君の…桐野さんの大切な友人を奪ってしまってごめんなさい。」


何言ってんだ?奪った?日向を?

意味が分からない…


(…殺したのか?この人が?)


いや…それだけはない。灰谷さんは「死ぬようなことはない」って言っていた。

日向が転生したのはこの人が知っていることから明白な事実。

なら死んではいない。

…だったら、浮かび上がる結論は一つ。


(考えるな…考えたらダメだ。“奪った“なんて誇張表現だ…)


「ど、どういうことですか…?」


「…実際に見てもらった方が早い。ついてきてくれ。」


僕がいたのは休憩室だったのか。

奥が見えないくらい長い廊下だ。

それに廊下幅が広く、壁という壁に手すりがついてる。


(…病院かな。)


「…ここに日向がいるんですか。」


「歩きながら話そう。」


「・・・」


「君の想像通り転生は身体的特徴を願う以外にも危険なリスクが発生することがある。」


「だけど、誰にでも起こるわけじゃない。むしろ、リスクが発生する人の方が少ない。」


「…だからこそたちが悪いんだがな。」


つぶやく声がした。

なるほど、この人は…


「リスクが発生する原因は分かってるんですか。」


「はっきりとした原因は分かっていないが、現状、治したいコンプレックスや悩みが精神と深く結び付いているときだと考えている。」


「深く精神が結びついているときと言うのは?」


「例えば、感受性が強すぎる人がいたとする、Aさんと呼ぼう。他人の視線を敏感に感じ取りすぎて、人前だとかたまってしまう人だ。そんな人が転生で強すぎる感受性をなくしたいと願うとどうなると思う。」


「…普通の人と同じくらいの感受性になって、人の目を気にしなくなるんじゃないんですか?」


「違う。」


「えっ…」


「普通の感受性とはなんだ?」


「そ、それは」


「桐野君の考える普通の感受性とは人の目を気にしないことか?」


「…違います。」


人の目を気にすることは大切なことだ…


「じゃあ、人の目を気にしないことか?」


「…違う。」


それだって大切なことだ…

言って見てから気づいたが、普通の感受性ってなんだ…?


「“普通“そんなものはないんだよ。人に個体差がある以上はね。」


「話をAさんに戻そう。結果から言うとAさんはね、植物状態になってしまったんだ。」


植物状態…いや違うそんなことない大丈夫

考えるな大丈夫


「…なんでですか。」


「さっきも言ったがはっきりとはわからないんだ。しいて言うなら、転生は強すぎる感受性を消したのではなく、感受性をそのまま消したんだろう。その結果感情や感覚そのものを失い外界への反応が鈍くなったと研究者の中では言われている。」


「…今の考えだと精神と深く結びついていることとは関係ないように思えます。」


「“治したいコンプレックスや悩みが精神と深く結び付いているとき“それは私個人の考えなんだ。」


「Aさんの強すぎる感受性は“普通“だったんだ。」


「・・・」


「強すぎる感受性が核となり、Aさんは精神を育んだ。体にとってはなくてはならないものになっただろうね。それを転生で外部から改変したんだ。言うなれば嚙み合わなくなったんだ。」


「一つの歯車が違うだけで、時計は時を刻めなくなるようにね。」


「・・・」


「今のようなリスクがあることは世間に出回ってはいない。実質死に繋がるかも知れない医療を大々的に国が認めれるわけないからね。だけど、転生希望者には事前に説明されるんだ。『こういったリスクがありますよ』って。その際、書類にサインを貰っている。」


「どういうことか分かるか?」


「…みんな黙認してる。」


「皆逃げたいんだよ。酷く空っぽな自分から。」


空っぽか…


「…ついた。ここに君の友人がいる。」


(909号室、影野日向様…)


「感動的な再会はできないだろう…覚悟をもって入ってくれ。」


「…ちょっと時間貰っていいですか…?」


「ああ」


「ふぅ…」


(…落ち着け…落ち着くんだ)


大丈夫

きっと笑顔で待ってる

久しぶりだから緊張してるだけだ

この手の震えも嬉しくて震えているんだ

不安なんてないいつも通り

まるで昨日ぶりみたいに

ああそうだ話したいことがいっぱいある

夜が明けるまで語り合うんだ

映画みたいな感動的な再会じゃなくていい

くだらなくてしょうもないどこにでもあるような再会

そしてくだらない話を語り合う

大丈夫大丈夫


(…よし)


「…失礼します。」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


気にするな

このカーテンに向こうに日向がいる

大丈夫大丈夫大丈夫


「久しぶり…ひ…日向。」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「ね、寝てるの?目を覚ましてよ…会いに来たんだよ…?」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「ねえ…起きてよ…」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「起きろよ!」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「・・・」


分かっ…てたよ…


「分かってたけど…さぁ…」


逃げたかった自分から来たくせに知りたくなかった知らずに楽観的に考えていたかった

無理だよ受け入れるなんて…


「あぁ…」


細すぎる…

腕が…枝みたいだ…


「…一年前からここにいるんですか…?ずっと、ずっと寝たきりで…」


「ああ。」


「ごめん…ごめんな。寂しかったよな…」


「戻れないんですか…?転生する前に…」


「…すまない。無理なんだ。」


日向の悩みに気づけていれば相手の立場に立って考えていれば救えた

僕が…殺した…




「はい、お茶。」


「・・・」


「この休憩室にはお菓子もあるぞ。食べるか?」


「・・・」


「そうか。」


「・・・」


僕が殺した

僕が殺した

僕が殺した


「・・・」


気づけなかった僕は大切なただ一人の友人の悩みに

もっとちゃんと見てれば気づけたかもしれないのに


「君の友達は説明会に来ていたよ。」


「…日向が何に悩んで転生を選んだか聞きましたか。」


「いや、そこまでは分からない。すまない。」


「…謝らないでください…月城さんは悪くないから。」


悪いのは僕だ

僕が日向の悩みに気づけていたら転生なんてしなかったかもしれない


(僕はなんで…)


大切な友人すら助けられない

相談すらもしてもらえない

僕に友達を名乗る資格なんて


「…ただ、友人のことを楽しそうに話してたいたよ。『自分を初めて受け入れてくれた友人に、転生で生まれ変わって恩返ししたい』って言ってたよ。本当に楽しそうに語っていたからよく覚えているよ。」


「多分君のことだろう。」


「・・・」


「それに君は私を悪くないと言ったがそれは違う。私にも責任がある。」


「演技していたことですか…?」


「ああ。」


「…きっと、ダメな人間をわざと演じて説明会にくる人の転生意欲を削いでるんですよね。『こんなダメな人も頑張ってるんだ自分も頑張ろう』って思わせて。」


「よく分かったね。」


「それならやっぱり月城さんは悪くない。だって、日向は人を見下す人間ではないから。」


あいつは心の奥底から善人だった誰にでも優しかった

だから、僕なんかと友達になってくれた

こんな他責で気持ちの悪い僕と

僕なんかを孤独から救ってくれた

でも僕は救えなかった


「君はきっと自分を責めていると思う。だけど、それはやめておいた方がいい。君が壊れてしまう。」


「・・・」


「今日はここに泊まっていきなよ。ベットもあるし。」


そういえば気絶から目覚めてから時計を一回も見てない

何時なんだろう


「…今って何時なんですか。」


「深夜の一時だ。」


十二時間も気絶してたのか…?


「…普通のスタンガンでそんなに気絶しますか?」


「いや、ならない。私のお気に入りハイパワースタンガンを使った。」


感覚麻痺にみたいなことにならなくて良かった…

いやむしろ…




「それじゃ電気消すぞ。」


「あの…?」


「なんだ。」


「なんで同じベットにいるんですか?上にベットもう一つあるじゃないですか。」


「いいだろ別に。」


「一人にさせてください。」


「嫌だ。」



「…邪魔です。本当に。上にいかないなら…襲いますよ…」


「それで気がまぎれるなら構わないよ。」


「・・・」


「本気だぞ?何を言われようが私は君の隣で寝る。」


「どうした?襲わないのか?」


なんで…

なんで…


「なんで…そんなに優しいんですか…出会ってから…ほんの数時間しかたってないのに…」


「…私は、大切な友人をあの自殺事件で失っているんだ。交友関係が苦手な私にいた唯一の友達だ。」


「たまに遊んだり、会ったりするだけ。なにか特別な関係性はなかった。」


「彼女からしたら私はただの友達だったかも知れない。でも、私には大切な唯一の友人だった。」


「・・・」


「だから、今の君の気持ちが痛いほどよくわかる。」


「一人はつらいよ…」


「・・・」


「ほら、こっちにおいで。抱きしめてあげよう。」


「・・・」


「そうそれでいい。おやすみ。」


(温かい…)


「安心して、君は一人じゃない。自分を責めないで。」




知らない天井だ。

正確には上のベットか。


(…眠い。)


「おはよう、桐野君。昨晩は楽しかったよ。」


視界に美人な人が現れた。

うえー胃もたれしそうだ…


「…手だしてませんよ。」


「そうだったかな。まあいい、起きたまえ。近くの駅まで送ろう。」


「ありがとうございます。でも…その前に友達に会いに行っていいですか?」


「ああ、もちろん。」




(…震えはないな)


一晩考えたんだ大丈夫大丈夫。


「おはよう、日向。」


「こんな朝からごめん。」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「あのさ、昨晩よく考えたよ。日向がなんで転生したのかを。」


「僕の結論を聞いてほしい。」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「…分からない。それが僕の結論だ。」


「馬鹿みたいだろ。でも、本当に分からないんだ。」


「記憶の中の君をかなり探った。それでも、分からなかった。」


「でも、気付いたことがあったんだ。」


「君にとって僕は数ある友人の一人なんじゃないかって。」


「大切に思っていたのは僕だけなんじゃないかって。」


「だから、相談してくれなかった。」


「・・・」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「…つまり、僕は悪くない。」


「記憶の中の君は完璧だった。優しくて、かっこよくて、直すべき欠点なんてなかった。だから、勝手に悩んで転生を選んだ日向が悪い。」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「今言ったことは間違ってるかな?」


「でもね、正解は日向だけが知っているんだ。」


「…だからさ」


「目覚めて否定してくれよ…」


「こんな…卑屈な考えに至る僕を…怒ってくれよ…」


「こんな考えしないと…もう無理なんだ…!」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「ふぅ…大丈夫だ、大丈夫だ、死んだわけじゃないもんな。生きている限り、いつか歯車が嚙み合って時が動き出す可能性は無くなったりしない。」


「…楽しみだ…積もる話がいっぱいある。」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「それとさ、もう一つ決めたことがあるんだ。」


「転生なんていらないって事を証明する。」


「方法は簡単、僕みたいなダメ人間が富も地位も名誉もある人間になる。そうすれば『あんなダメ人間も転生に頼らず頑張ってたんだ自分も頑張ろう』って思ってくれる人が一人は生まれるはずだろ?」


「…そうすれば、君のようになってしまう人間は減らせるかもしれないよね。」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「あとさ、君が目覚めたとき驚きと後悔を与えたいんだ。」


「『桐野様に相談しておけば良かった』ってねっ。」


「あぁ…とても楽しみだ。」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「…だからさ…必ず目を覚ましてくれよ。」


「…日向の悩みを一緒に抱えさせてくれ。」


「ピ、ピ、ピ、ピ」


「話すことが多くてごめん。でもこれで最後だよ。昔から、いつか君を前にして言おうと思ってたことなんだけど…」


「友達になってくれてありがとう。」


「あんな性格の悪い事を言っといて今更かもしれないけど、僕は君がたった一人の友人だ。」


「君がいてくれたおかげで楽しかった。」


「本当にありがとう。」


「…それじゃまた、紅茶でも淹れに来るよ。」




「あ」


「グスッ…」


目の下が腫れてる。

部屋の前でずっと聞いてたんだな…


「盗み聞きですか?趣味悪いですね、月城さん。」


「…ち、違う…わざとじゃない。」


「分かってますって。泣かないでくださいよ。」


「…泣いてない。」


ほんっと、この人どこまで優しいんだろうか。

悪い人に騙されないか心配になるレベルだ。


「友人との会話はもういいかい?」


「はい。」


「それじゃ、近くの駅まで送るよ。」


「ありがとうございます。」




(さっきいた病院、転生センターのすぐ近くだったのか。)


あんなにデカい建物がどんどん小さくなっていく。


(あ、カ…ファミレスだ。)


「月城さん。」


「なんだ?」


「スタンガン押し付けた理由って、謝りたかっただけじゃないですよね?謝るだけなら別に押し付ける必要ないですもん、なんか別の意図があったんじゃないですか?」


「あー、そういえば言ってなかったな。強制転生させるためだ。」


「えっ…」


「説明会に来る人たちは勘が鋭いからね。転生のリスクに気付く人も多い。だから強制的に転生で記憶を改変するんだ。口外されたら困るからね。世間には知られていないが転生は記憶にも干渉できるんだよ。安心してほしいんだが記憶を改変する際にリスクは発生しない。今まで誰も壊れたりはしてない。」


「…僕の記憶は書き換えられてないですよね?」


「ああ、もちろん。改変したことにした。君に謝りたかったからね。」


(…こえー)


転生はまだまだ闇深そうだな。


「桐野君。」


「なんですか?」


「これ、私の電話番号だ。友人に会いたくなったらいつでも電話してくれ。」


「ありがとうございます。」


「…かしこまらないでくれよ。」


「急にどうしたんですか?月城さん。」


「…零って呼んでよ。一晩を共にした仲だろ…?」


「なんか誤解生みそうないい方しますね、“零ちゃん“。」


「え…キモい。」


「はは、ひどいなー」


一緒に寝たときは顔赤らめてなかったのに(暗くて見えなかっただけかもしれないけど)今は頬を真っ赤に染めてる。よくわからない人だ。クールぶってるけど本当は人に共感して泣いてる感情的なところとか、自分と違う人間ってのは本当によくわからない。


「あ、もう一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


「ああ、スリーサイズ以外の事なら何でも答えよう。」


「・・・」


「な、なんか言ってよ。」


「なんで、影野日向って名前を聞いただけで転生失敗者だってわかったんですか?」


「簡単だよ。みんなの名前を憶えている。」


「…なんで」


「なんでって…毎日一人一人に話しかけているからだが…」


「…返事はないですよね」


「もちろん」


「それなのに話しかけているんですか…?」


「一人は辛いからな。」


「・・・」



「送ってくれてありがとう、零さん。」


「ああ、達者でな。いつでも電話してくれて構わないからな、紅樹。」


「…はい。」


行ったか。

妥協で零さんと呼ぶことになったが、なんであんなに下の名前だけで呼ばせたかったんだろう。ほんと変な人だ、数時間じゃほとんど何も分からなかった。

だけど、すごく不器用で優しいってことだけは分かる。


(きっと、僕の友達になってくれようとしたんだ。)


「ふわぁー」


眠い。

早く帰って寝たい…


「桐野くん。」


聞き慣れた声色だ。


「あ、灰谷さん。一昨日ぶりですね。今日はまたどうしてこんなところに?」


「家がこのあたりなんだ。そうだ、せっかくだから寄ってかないかい?」


「…そうですね。暇ですし灰谷さんがいいって言うならお邪魔させてください。」




…思ってたより小さい家だな。

灰谷さんならもっと大きい家買えるだろうに。

何かこだわりでもあるのだろうか?


「どうしたんだ?」


「あ、すいません。ちょっとぼーっとしてて。」


「お邪魔します。」




「そこにかけて少し待っていてくれ。飲み物を淹れてくる。」


「ありがとうございます。」


とても簡素な内装だな。特にこれといった特徴もない。

どこにでもあるような机と、どこにでもあるようなソファー。


(テレビはめっちゃデカいけど…)


「はい。これこの前買った茶葉で淹れたやつだ。君に教えてもらった通り淹れてみたんだ。」


綺麗なティーカップ。

簡素な部屋には似合わないティーカップだ。


「いただきます。」


(包み込むような優しい香り、朱色がかかったオレンジ、味は…コクがあるまろやかな甘みと裏腹の苦みが混在している。これは、オータムナルだな。)


「どうかな?」


「…ええ、とても美味しいです。」


「…そうか。」


「・・・」


「・・・」


「…君は転生したのか?」


なるほど。

それが知りたかったのか。


「どうしてそう思うんです?」


「君は月城の車から降りてきた。」


「月城さんを知ってるんですね。」


「ああ、昔一度会ったことがある。」


「でも、彼女は説明担当ですよ。僕は説明を受けに行ったと考えるのが普通では?」


「…君は昔の私そっくりだからね。」


なるほど。

多分、この人は転生したんだ。

自分と似た境遇だった僕も、きっと転生を選んだと思ってるのか。


「はは、答えになってないですよ。」


「…すまない。私のせいで。」


「どうして謝るんです?」


「私が転生という道を示さなければ、君の未来は死ななかった…」


「してないです。」


「えっ…」


「転生してないです。」


「なんで?だ、だって君は仕事がうまくいかず、友達だってあまりいない、順風満帆にはとても程遠いだろう?人生がとても辛かったはずだ。転生で生まれ変わって、君の好きなアニメの主人公のようになりたいと思わなかったのか…?」


うっ、その通りなんだが、いざ人に言われると胸が痛いな…


「僕の人生ってなんか言われてみるとひどいですね…」


「あっ、すまない。」


「いえいえ、事実ですし。気にしないでください。」


「僕も転生しようと思ってたんですよ、最初は。だって、転生で仕事がうまくいかない原因を消してもらえば僕の悩みはなくなる。同期の背中を見ることも無くなるかも知れない。でも約束したんです、たった一人の友人と、転生はいらないってことを証明するって。」


「ダメな僕が僕自身の力で人生を豊かにすることで証明になる。だから転生しませんでした。」


「…強いんだな君は。」


「強くなんてないです、カッコつけてるだけです。」


「それと、アニメの主人公のようになれるかもって言ってくれましたが、無理ですよ。今のアニメの主人公は悲しい過去と恵まれた血筋を抱えてなきゃいけないんですよ。」


「はは、そうか。」


「はい。どこを見ても悲しい過去、生まれながらの特殊能力ばっかりで飽き飽きします。僕は僕のくだらない退屈な人生の主人公で満足です。劇的でもない、感動的でもない、羨望されるようなものは何も無い人生の主人公でね。あともう一つ、気になったんです。」


「何が気になったんだ…?」


「転生を言う水を注がれた茶葉。見ている分には華やかな香りに黒みがかった橙色、とても美味しいと思います。誰がどう見たって成功の味、変える必要なんてない、同じように淹れればみんなうまくいく。でも僕は、転生以外が注がれた同じ茶葉はどうなるんだろうって気になるんです。」


「美味しいのか、まずいのか。黒いのか、朱いのか。正しいのか、間違っているのか。」


「幸い、同じ茶葉は手元にあるみたいなので。ですよね、灰谷さん。」


「…尊敬するよ。」


「私はね、転生で完璧になることを選んだんだ。大切なものを失ってしまうことに気づかずにね。」


(…“完璧“ね。)


「そうですか。じゃあ、僕は帰ります。」


「えっ…」


「どうかしましたか?」


「いや、あまりにもあっさりしていてね…私が転生で消した悩み気にならないのか?聞いたりしないのか?」


「うーん、灰谷さんが転生を使ってまで逃げたかった悩みは、僕が聞いてもどうにもできないですよ。それにきっと、灰谷さんにはもっと僕なんかより話すべき人がいることを分かっている気がします。」


「…ああ、そうだな。君は変わらないね。」


「そうですね、人間簡単には変わりませんから。それじゃあ、失礼します。」


「あ、最後にいいですか、灰谷さん。」


「なんだい?」


「さっき灰谷さんは『完璧になった』と言っていましたが…」


「オータムナルはもっと美味しく淹れれますよ。」


「…はは。さっきの言葉取り消させてくれ、君は変わった。」


「苦節二十七年、やっと味が染み出してきたんですよ。」



はあー眠い。

さっさと家帰って寝よう。


「プルルルル…」


(誰からだ…?)


「あっ……今日って…」


第三週の日曜日…月一の日曜出勤の日だ…


「…もしもし」


『“もしもし“じゃねえ桐野!今どこにいんだ!早く出勤しろ!』


「す、すいません!今すぐいきます!」


「・・・」


「はぁ…頑張れ僕。」

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