ピュアヒロイン√(物理)はスパルタでございます
「殿下、こちらへどうぞ。楽になりますよ」
にこやかな笑みで俺の腕を取るのは、
王宮専属 精神魔導医・ヤブ=イシャーズ
名前がもう信用できない!
「ちょ、ちょっと待って!? オレは正気だってば!! この世界がゲームってわかっただけで!」
「ええ、わかりますとも。皆さんそうおっしゃるのです。『ここは夢だ』とか、『実はバーチャルリアリティ』とか」
「言ってる人いるんかよ!? 俺だけじゃないのかよ!?」
(やべぇ! このルート、ゲーム本編にないぞ!? サブイベントか!? それとも……隠しダンジョンへの導入イベント!?)
……と、混乱する中、俺はふと、ヤブ先生の後ろにいるリリィとエミリアの顔を見る。
エミリア:微妙に目を逸らしてる
リリィ:若干口元が笑ってる気がする
(……ん?)
「……あの、もしかして俺、騙されてる?」
「ようやくお気づきですか、殿下」
エミリアが申し訳なさそうに言う。
「この精神鑑定、王族の護衛目的の“建前”でして。あまりにも突然にキャラ変されたので、リリィ様が“どこかの誰かに洗脳でもされたのでは”って……」
「いやいや! ちょっと待って! 俺、洗脳されてないし! むしろ正気取り戻したのこっちだから!!」
「なるほど、つまり“これが本当の俺だ”ということですね?」
「うん、そう!!」
「ではやはり、殿下は以前から壊れていたという結論に――」
「いや違う違う違う!!!」
(だめだ、この世界の住人……言葉が通じねぇ!!!)
そこへ突然、ヤブ先生が言った。
「……ふむ。興味深いですね。殿下、ゲームの記憶があるとおっしゃいましたが……では、この“エミリア嬢”が実は攻略対象だということにもお気づきですか?」
「……は?」
隣で、ミエリアが「えっ」って顔をして固まった。
「そ、それは……えっ? だって……お前、庶民枠の、いわゆるヒロインで……」
「そのとおりですが、隠しルートがあります」
ヤブ先生がサラッと言い放つ。
「なお、攻略条件は『リリィ嬢との婚約破棄直後に、正気を失っても一途に彼女を守ろうとした場合』です」
「ええええええええ!?!?!?!?」
「おめでとうございます、殿下。隠し√:精神崩壊王子とピュアヒロインルート、開放です」
「こんなの攻略条件に書いてなかった!! 俺、バグ利用でルート解放しちゃったの!?!?」
なぜか俺は今、森の中でエミリアと一緒に全力で走っていた。
「まってムリムリムリ! この身体、王子仕様だから貧弱なの!!」
「殿下! さっきから魔物の足音がどんどん近づいてきてるんです! サボったら喰われます!!」
「マジでこのルート、どこが“ピュアヒロイン”なんだよ!! もっと花とハートが飛び交うイベントくれよ!!」
──そう、数時間前。
「殿下が精神に異常を来している可能性がある」と王宮に記録され、
謎の「ヒロインとともに人里離れて心身を癒やす合宿ルート」へ強制分岐。
公式には
『王子の静養(エミリア監督つき)』
というとっても聞こえのいい名前がついていた。
実態:
筋肉痛+魔物+素泊まり野宿+謎のイベントフラグ満載の苦行ルートである。
「はあ、はあ……なんで俺、第二王子なのにモンスターから逃げてるんだ……」
「逆に今、第二王子がいちばん自由に動ける時期かと」
「たしかに!! 兄貴(第一王子)なら絶対こんな泥だらけのイベント踏まねぇ……」
「そのかわり、兄上ルートは“最後にヒロインに刺される”バッドエンドがあると記憶してますが」
「うん、俺このままでいいや!!!」
そして夜、キャンプファイア的なものを作って、二人で並んで座る。
エミリアがぼそっと呟いた。
「殿下……ほんとうに、前世の記憶があるんですか?」
「うん。お前が“庶民から一発逆転で真実の愛を見つけるヒロイン”ってことも、俺が“絶対破滅する第二王子”ってことも、ぜーんぶ知ってる」
「……それ、最初から言ってくれてたら、わたしも遠慮せずぶん殴ってたのに」
「ええ!? なんで!?」
「庶民をダシにして婚約破棄するやつ、ゲームでも最低だってレビューで見ましたから!」
「メタい! ゲーム内でレビューとか聞きたくなかったー!!」
でも、エミリアはすぐに真剣な表情になった。
「でも……わたし、殿下がこうやってバカなこと言ってても、逃げずに本気で生きようとしてるの、嫌いじゃないです」
「……え、もしかして今、ちょっと好感度上がった?」
「今さらですけど、初期値がマイナス300だったので……ようやく±ゼロです」
「高っ!? 結構上がってた!!」
その頃、王都のリリィ嬢。
書斎の机に置かれた大量の書類と、国の印章。
「……これで準備は整いました。アラン殿下が“保護下”にあるうちに、“あのプロジェクト”を進めましょう」
「リリィ様、これは……まさか“フラグ修正プログラム”の稼働を?」
「ええ、私が“この物語の筋書き”を、書き換えます」
裏ルート:システムハッキング√、開幕。