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しのぶれど。  作者: 朝月夜
◆『懐古』編
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20.黒い思惑

 夏生さんや祖父の死に衝撃を受けた僕は、伯父さんを長として認めないと抗議した。けれど伯父さんは自分が手を汚したことを認めず、2人とも霧の門の中、侵入者に襲われて命を落としたと主張した。


 それは誰もが嘘だとわかるものだったが、僕以外、誰も指摘することなく伯父さんを長として認めてしまう。僕は結局、何も出来なかった。


 あの時もし、僕が鬼灯たちと共に門の外へ出ていたら。あるいは、もっとずっと早くに夏生さんの手を取れていれば。結末は違ったのかもしれない。それでも後悔しても命が戻る訳ではなかった。すべては選べなかった、選ぶ覚悟のなかった僕のせいだ。


 霧の門で唯一心休まる場所だった夏生さんを失い、陰ながら僕を守ってくれた祖父を失った。そうして、長には伯父さん。ー伯父さんは、僕が夏生さんに重なって見えたのか、執拗に僕を追い詰めるようになった。最終試練は特例で無効になったというのに、まだ一人前として扱われてはいないはずなのに、一人前しか行わない暗殺任務も押し付けられる日々。当然、僕はそれに拒絶を返したが、伯父さんはいつも雛菊を天秤にかけた。天秤にかけて選べなかった僕が失ったものを思い出すと、僕はもう、選ばないことが恐ろしくて仕方なかった。


 ー僕は、選ぶしか無かった


 そんなある日、僕が暗殺任務に出かけた次の日。帰宅した僕を出迎えた雛菊は、目を真っ赤にして顔を歪めていて、僕を見るなり泣き出した。そうして僕の着物の裾を掴んですがりついた。


 話を聞けば、その夜、雛菊もまた最終試練を言い渡されたらしい。自分の父親の暗殺を。けれど雛菊が僕にその話を打ち明けたのは、もう既に、父の命をその手で奪った後だった。伯父さんに押し付けられる任務の数々に忙殺されていた僕は雛菊を助けてはやれなかった。目の前で泣き崩れる雛菊と、傷んだ心臓に、僕はその時ようやく夏生さんが僕を選べてしまった理由に気がついた。


 夏生さんは、僕に雛菊のような思いをさせたくなかったのだろう。


 僕は何も言うことが出来ず、ただ縋りつかれるままに雛菊が泣き止むのを待った。そうして泣き止んだ後、雛菊は僕が期待したとおり、本当の意味で僕の味方になる。


 霧の門、ひいては忍びを憎む、白音となって。


 ○○○


「綾目さま、四条家です」


 白音の言葉に、僕は無意識に動かしていた足を止め、前を見た。白音が指さした先に、暗い夜の中灯りを抱えた賑やかな屋敷が見える。


 牛車の行き着く先、四条家。


 暗い森林の中、僕は四条家を見つめて目を細めた。それは光り輝く屋敷。まるで、あの頃の朱塗りの門の向こう側。物思いにふけってしまったことを後悔するほど、それは似ているように思えた。


「ーそれで、どうしますか」


 白音は僕の方を見ると、首の傷に眉をひそめながらそう尋ねた。僕は隠すように首を手で覆い、その血を拭う。もうだいぶ血が止まったらしい。乾いた血はかさぶたのように剥がれ、僕の手にばらばらになって張り付いた。


「…まぁ、四条家に入り込むのは用意がないから難しいし、そこまでのリスクを取りたくないかな。ー普通だったら」


 近くにあった木の幹によりかかり、月を見ながらそう答えた。ほんの僅かに顔を覗かせた二日月も雲におおわれ、今ばかりはこちらを照らしてはくれなかった。


 ー『二条家令嬢の暗殺はお前だけの任務じゃない。俺や牡丹、椿も()()()()()()()()()()()()()()()から受けている』


 鬼灯の言葉。僕たち全員が同じ任務を最終試練として言い渡されている。それが意味するのはこの任務はただ令嬢の情報を集めて暗殺するだけのものではなくなったということ。これはもう、誰が一番最初に令嬢を殺すかという勝負になっている。けれどただ殺すのではなく、情報が必要になる。そのためには、ある程度の時間も。


 長ー伯父さんの、僕に最終試練を言い渡した時のあの妙に得意げな黒い笑み。あれがもし、あの惨劇を唯一生き残った僕への挑発だったなら。


 鬼灯はプライドが高い。だからいつだって正面から正々堂々向かってくる。僕への嫌悪感を隠すことは無いが、それでも対等な立場を好んで僕にくれた情報だ。きっと、そこに嘘は無い。


 鬼灯、椿、牡丹。そして僕。4人同時に同じ任務。


「…白音」


 呟いた声に、白音は僕を見た。


「お願いが、あるんだけど」


 伯父さんが考えそうな事だ。あの人は夏生さんを憎んだ。そして、彼の姿を追いかけた僕を。伯父さんなら、祖父のように身内を思いやることなんてしないし、何より強さが全てで、残虐さはその象徴であるかのように勘違いしている。


 伯父さんには、大きな欠点がある。彼に長の椅子に座る資格がなかった理由。それは、手段を選ばないことだ。


 彼に霧の門の掟は通用しない。彼が言うことが全てで、そして強さだけが正義だ。僕が最終試練を終えていないのに暗殺を担わせたことも、最終試練に使う任務を全員で揃えたことも。僕の考えが正しければその理由ははっきりする。そして僕は、その考えはきっと正しいという妙な確信があった。


「僕を()にしてくれないかい」


 僕の言葉に白音は目を瞬いた。驚きに染った表情。なかなか見ることの出来ない間抜けな顔に、僕は思わずお腹を抱えて笑った。


「あっはは…っ!!」


「ーそんなに面白いですか綾目さま」


 僕の笑い声に機嫌を損ねたらしい。威圧感のある笑みを浮かべ、低い声で白音はそう言った。僕はひとしきり笑ったあと、目の端に滲んだ涙を拭いながら口を開く。


「いやぁ、随分面白い顔だった。ーでもね、僕は真面目だよ」


「…もう少し、分かりやすく話してくれませんか」


 不満気な目がこちらを見る。僕はそれに口角を上げて笑った。


「君が言ったんじゃあないか。どうせなら女物の着物を着れば公家の令嬢に見えて接触しやすいって」


 僕の言葉に納得したのか、白音は僅かに目を見開き、それから額に手を当てて深いため息をついた。


「それで?公家の令嬢に扮して四条家に入ろうって言うんですか。ー身分はどうするんです?」


「正面から入るには当然身分確認されるだろうね。でも身分はいらない。忍びらしく、忍び込めば良い」


 四条家に忍び込む難易度やリスクを考えていないわけじゃあない。それでも、今日は月の薄い、暗い夜。加えて社交会があるから外への警備は厳しくても中に入ってしまえば常よりも動きやすいだろう。


 それに、リスクを犯すだけの理由がある。


 白音は僕を探るような視線を向けた。長いこと向けられ続けてきたその視線は慣れたものだった。僕か軽く肩をすくめて笑って見せる。


「君は、僕の右腕だろう?」


 一音一音、確かめるように言葉を紡いだ。僕はその言葉への白音の返答を知っていながら、それをもう一度言わせようとする。白音もそれをわかっていて、呆れたような笑みを浮かべた。


「綾目さまのためならどこまでも。—そう、言ったじゃないですか」


 決まった問いと、決まった答え。まるで寸劇のようなそれは、僕らの間にわずかな優しさを落とした。鬼灯の襲来でひりついた空気がほんの少しだけ和らぐ。


 伯父さんの考えそうなこと。それは最終試練と長決定戦の同時開催。同じ任務を与えれば、僕らは互いで潰しあうことになる。任務に情報収集が含まれているから、時間稼ぎに互いを殺し合うかもしれない。そうなれば最終試練の条件である身内殺しも含まれることになる。


 手段を選ばない残虐な伯父。僕を、夏生さんを憎んだ伯父。彼の狙いは僕への嫌がらせであり、僕の排除だろう。


 雲が風に流されて、再び二日月が顔を覗かせる。僕はそれに手を翳し、目を細めた。


 長の座に興味はない。そこに座るつもりはないし、そこに座ろうとした夏生さんの背中まで追うつもりもない。夏生さんですら成し遂げられなかった一族の終焉を、僕にできるとも思えない。それでも僕は負けるわけにはいかない。


 僕は、僕の中の優先順位を守るだけ。ただ、もう二度と身近な人間を失いたくないだけだ。

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