0.ある忍びの独白
—世界は、どうしてこうも、歪なのだろう。
それはこの世に生をうけ、そしてこの世界で生きてきて、僕が何度も思ったことだ。そして、口にすることが一切許されなかったことだ。
何も考えるな、ただ従順であれ—
幼い頃から聞かされ続けてきた言葉。耳の奥で祖父のしわがれた声が反響する。
教えられた通りにした。そうすることでしか、僕はあの家で生きていけなかったから。浮かんだ疑問から目を背け、心の奥底に溜まった黒い何かを押し込めて蓋をした。そうしなければ、いつか、自分の中にあった大切なものが壊れてしまう気がしていたから。だからずっと、汚いこの世界からも、そんな世界に嫌気がさしながらも自ら身を沈めている僕自身からも目を背けて、そうしていつの間にか、僕が嫌っていたものに僕自身がなっていた。
どうして、世界はこんなにも汚いのだろう。
どうして、綺麗に生きていくことが辛くて、汚れて生きていくことはその何倍も楽なのだろう。
気高い信念は打ち砕かれ、嫌われ、弾かれる。こんな腐った社会にまともな人間なんかいるものか。ずっと、そう思っていたのに。
もしも、この腐った社会の中に命をかける価値があるものが存在するのなら。もしも、このどうしようもない社会で自分を救ってくれる光があるとするのなら。もしも—…
もしも、この汚れた世界を変えられる人がいたのなら。それはきっと、彼女以外にあり得ない。
僕の生まれてからの唯一にして最大の幸運は、きっと、そう思える彼女に出会えたことだ。